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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
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処刑魔法

 敵の攻撃は、大きく分けて3つ。

 巨体による体当たり。高熱を伴う炎の息……つまりブレス。

 そして黒い衣から飛び出るかぎ爪。

 遠近両方において隙が無い。

 威力も桁違いで、防御魔法も魔力による強化も完璧ではない。幻獣に寿命を捧げていなかったら、一瞬で殺されていた。


『ダッダッダッ』


 何もない空中にボクの足音が響く。空中歩行の魔法で空を蹴った音だ。

 脚力にものを言わせ、空中を蹴り、距離をとりながら考える。

 小回りが利くのでボクはまだなんとか戦えるだろう。

 攻撃手段があれば……という条件つきだけれど。

 チラリと地上をみる。

 眼下には土煙があって、その中に倒壊した中央塔が見えた。

 クリエは無事だろうか。ビカロや他の人も……。

 地上の様子を知りたいが、あまり近づきすぎるわけにもいかない。


「ブレスが地面に当たったら……余波で酷い事になる」


 地上の人を巻き込むわけにいかない。

 ボクは考えながら衣を着た金竜からつかず離れず飛び回る。

 注意力をひきつけ、地上に被害を出さないように。

 それでも何度か地上すれすれを飛んで、必死になって上空へと誘導した。

 かなり神経を使う戦いだ。


『ガァァァオォォォ』


 ヤツが吠えた。翼をはためかせ、強風がボクを襲う。

 意識を強くもって、飛翔の魔法を重ねがけして飛ぶ力を強める。

 フェンリルに寿命を支払い強化しているが、それも限界が近い。どこかのタイミングで……さらに寿命を支払わないとならない。


『バサリ』


 再びヤツは羽ばたいた。黒い衣が大きく翻り、竜の羽も広がった。再び強風が巻き起こりボクを襲う。

 対処は先ほどと同じ。大きく足を動かし、空中を踏み込む……つもりだった。

 しかし、それは叶わなかった。

 飛翔魔法も、空中歩行の魔法もかき消されていた。


「羽ばたきに魔力を込めていた?」


 理由を考えるのは後だ。すぐさま飛翔の魔法をかけ直す。

 ボクの機動力を奪ってからブレスでとどめをさすつもりだ。一瞬だけヤツの開いた口に火花を認め、冷や汗をかきつつ慌てて、上昇する。


『ゴォォォッ』


 次の瞬間、細いブレスがボクを襲った。

 背後が赤く染まった。

 遙か先、地面にぶち当たったブレスは、巨大な爆発をともない、遠くの山をえぐり取っていた。

 方角的には北……あっちは確か……。


「いや、違う。今はヤツに集中しなくては」


 ブンブンと頭を振る。余計な事を考える暇は無い。

 倒すなり、怯ませるなり、対処しなくてはならない。

 せめて地上の皆が逃げるまでの時間を稼がなくてはならない。

 踊る炎剣、電撃、火球、憶えている魔法を矢継ぎ早に試すが、どれも効いていない。

 両手に魔力を過剰に集中して殴る方法が一番利いている。


「使える魔法が欲しい」


 片目をつぶり自分のキャンバスに装備している魔法を再確認する。


「処刑釘? 処刑魔法?」


 ボクは見慣れない魔法を装備していた。

 こんな魔法を何処で……そうだ、あの妙な空間で憶えた魔法だ。

 他には、円形ギロチンという魔法も憶えていた。


「試してみるか」


 ボクは小競り合いをしつつ隙を探る。

 効かない事は理解しつつ、初歩的な攻撃魔法を使いつつ牽制する。

 賢者の塔に置いてきた魔道書があれば、状況は違ったのかなと考えつつ戦う。


「今だ!」


 そしてようやく距離をとることができた。

 まずは処刑釘の魔法を使う。

 魔法の完成と同時に、ヤツを取り囲むように不気味な釘が出現した。手首から指先ほどの長さ、指ほどの太さをした錆びた金属製の釘だ。それが大量に、何百本もの釘。

 それらが襲いかかる。


『グォォォン』


 釘がズブリと刺さり、ヤツは叫び声をあげた。凄まじい悲鳴だった。とんでもない声量で耳が痛く、大気の震えでバサバサと来ている服が振動した。

 ヤツは金色の体躯をよじりの口をパクパクとさせた。


「効いている……効いている」


 処刑釘というのはかなり強力な魔法だ。処刑という文言が少し怖いけれど。

 やや魔力を食い過ぎな点が問題だけど……しょうがない。


「あと……何年支払えばいい?」


 思わず考えてしまう。処刑釘を連射すれば倒せる手応えはあった。足りない魔力を賄うために寿命をいくらフェンリルに捧げればいいのか……。


「もう一つも試すか」


 寿命の事は、出来る事を全て試してから考えることにする。

 試すなら敵の動きが鈍っている今だ。

 円形ギロチンを詠唱する。


『ドドドド』


 大太鼓を連打したような音が響いた。竜の長い首を囲むように、円形の木枠が出現する。

 円形の木枠の内部には四角形の木枠があって、その一辺に巨大な刃物が付いている。

 つまりは円形の木枠の中にギロチンが設置されているわけだ。


『ガコン』


 小さな音がしてギロチンがそれぞれ動きだす。刃物が竜の首を切断すべきスライドする。


『ズズ……ン』


 刃物は鈍い音をならして首に刺さった。


『ゴゴッォォオォ』


 声にならない声をヤツはあげた。

 首を切断こそ出来なかったが、ギロチンの刃はそれぞれ深い傷跡を首に残す。

 魔法が完成して、ギロチンは霧のように消えたが、ヤツの竜の首にパックリと開いた傷は痛々しい。



 だけど、円形ギロチンの魔法はひどく消耗する。心臓がバクバク鳴って、無理をしていることをボクにわからせる。


「勝てる」


 ボクは自分に言い聞かせるように呟いた。

 大丈夫だ。

 偶然にもボクは切り札を得ていた。


「あと少しだ……」


 だけれどボクは油断していた。そのことを直後に思い知る。

 それは息が上がっていたせいか、それとも高度な魔法を連続使用したことによる疲労か。

 いずれにしても、ボクは敵の姿に注意を払っていなかった。

 敵の姿が変わっていることに、気付いていなかった。

 変化に気がついたのは攻撃を受ける直前。

 スッと辺りが暗くなった。


「手?」


 ボクは巨大な手に潰されかけていた。敵のブレスを警戒しすぎていて、その衣まで見張っていなかった。

 衣は倍の大きさに広がっていた。

 そして衣の端からは細い糸が何本も伸びていた。それは日の光に反射してキラリと輝いた。

 細い糸はボクのそばにまで伸びて、弾けるように膨らんだ。

 先端は手の形になった。2本ずつペアになった手の平は、両サイドから接近してくる。

 ちょうど拍手するように、はたまた飛び回る蚊でも叩き潰すように。


「チッ」


 舌打ちしてギリギリのところで避ける。


『パァン』


 大きな音がして、敵の攻撃は空振りに終わった……はずだった。

 だけれど、全て避けきれなかった。避けきれなかった手にボクは頭上から殴られた。


「バキッ」


 妙に軽い音に感じた。

 風景がグルグルと変わり、一気に敵から離れていく。

 敵の纏う衣は、すでにマントではなかった。ただの布きれにしか見えなかった衣は、敵の体躯を分厚い毛布のように包んでいた。そして衣からは4本の腕が生えていた。

 最初に見た姿は、まだ完全体ではなかったらしい。

 そしてボクは地面に墜落した。


「カハッ」


 口から息を吐いた。鉄の味が口内に溢れて、しばらくして血を吐いたことに気がついた。

 それから遅れて全身に痛みが走った。


「まず……い」


 こちらに向かってくる敵に対処しなくてはいけない。

 それどころか、ボクの近くにクリエがいた。

 ボクが殴り飛ばされた場所と、クリエの、皆の逃げていた先が同じ場所だったらしい。

 クリエが口をパクパクさせた。彼女の側にいたフェンリルも口を動かした。

 無音だった。ボクは耳が聞こえていなかった。そして、時の流れが酷く遅くみえた。スローモーションというやつだった。

 なんとかしないと。ボクの思考は空回りする。何も出来ない。

 体中が痺れていて、うまく声も出ない。身体を動かさなくては……。


『ズゥゥ……ン』


 ボクが身を起こそうとしていると敵が着地した。

 離れた場所にヤツは降り立っていた。衣から伸びる四本の手を足代わりにして地面に立っている。

 ヤツはボクを見失っていたようで、しばらくキョロキョロと頭を動かしていた。

 もっともすぐにボクを見つけて、カサカサと4本の足をうごかし接近してくる。その動きは、まるで昆虫のようだ。真っ黒な衣から金色の首と頭だけが見えた姿は、竜の生首を口に咥える蟻に見えた。


「フェンリル、寿命をじゅ……」


 なんとか声をひねり出して、契約の言葉を呟こうともがく。

 しかし、それは一瞬だけ遅かった。

 ボクは黒い衣から伸びる手によって押しつぶされてしまった。


『バシン』


 ヤツの手が地面を叩く音が聞こえた。

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