対ストームジャイアント
ストームジャイアントが眉根を寄せて、使い魔である鳥のチャドを見つめた。
普通のカラスと比べて3倍程度のサイズとはいえ、チャドとストームジャイアントの体躯には大きな差がある。
とは言っても大丈夫。
ボクには十分な目算があった。勝利への目算が。服従の魔法でチャドを操り、ストームジャイアントの鼻先に突っ込ませる。
ストームジャイアントが小さく吠えた。
「あっ、あっ」
なんとも間抜けな声だ。
すぐさまヤツは、腕を振り回してチャドを叩き落とそうとした。
「遅いんだよ。雑魚が」
ボクは二ヤリと笑い、ギリギリまで攻撃を引きつけて急上昇する。
『バチン』
ストームジャイアントは、振るった手で自分の顔面をしこたま叩き、声にならない悲鳴をあげていた。
想像以上に、ヤツの知能は低いようだ。
それゆえに行動が読みやすい。
こう近づけば、こうリアクションする。考えたとおりに動いてくれる。
急な方向転換によって足をもつれさせれば、転ばせることも出来るだろう。
ストームジャイアントが壊したガレキの中には、鋭利な突起を残したものもある。
あれに向けて転倒させれば、大ダメージだ。
適当なガレキにヤツを誘導させつつ、隙をみて地上の魔物を巻き込んでいく。
ヤツの拳がバチンバチンと音をたてて地面を殴る。
その度に、ボクの操るチャドは無傷で、地面には不運な魔物の死体が残った。
簡単に同士討ちを誘発できることに笑ってしまう。
最初こそ驚いたけれど、コイツは雑魚だ。
多種多様な眷属を呼び出すので、このまま遊び続けるわけにはいかない。
早く倒さなくてはならない。だけれど、予定通り進めれば問題無く倒せるだろう。
今の方針を続けながら、喉を狙っても良い。
「武器を取れ!」
「陣を整えろ!」
あちこちで声があがる。
チャドがストームジャイアントの気を引いているうちに、周りも冷静になってきたようだ。
混乱は随分と治まってきている。
特に活躍している人は二人。
一人は外と監獄を隔てる壁に陣取った男だ。
「そこの囚人! 青い髪のお前だ! こっちに上がってこい! 武器がある。そうだ! そこのガレキをよじ登れ!」
うまく指示を出しつつ戦っている彼は、常人の倍近くの体躯をした筋肉の塊のような初老の男だ。彼は真っ赤な長髪を振り乱し、戦っている。
古傷だらけ全身は戦闘経験の豊富さを物語り、指示の出し方からみて、それなりの立場の人間らしい。
壁の上、伸びる歩廊に備え付けてあったバリスタを引っこ抜いて武器にしている。
あるときはぶん回し、余裕があれば一人で矢をつがえ、撃ち放って攻撃……戦い方は豪快だ。
「大丈夫だ。落ち着いて動け。ペアになるんだ。背中を預けつつ、安全地帯に向かう。落ち着いて進もう、助け合いながらだ」
凄い人はもう一人、こっちの人も筋骨隆々。髪も赤く真上から見ると似た印象をうける。
だけど、髪は薄い。
壁の上に陣取る男ほどではないが、巨漢で地上を歩き回りながら戦っている。人を助けながら戦い、彼の周りには人が増えていく。
この人はよく通る声で、号令というよりも、穏やかな依頼という調子で指示をだしている。
彼の周りにいる人達は、統制を持って動いていて、それは即席の軍隊だった。
服装から、その殆どが囚人で構成されているようだ。
「とはいえ多勢に無勢。監獄が落ちるのも……時間の問題だろうな」
ボクはチャドを操りつつ呟く。
もっともボクとしては、クリエが逃げ切れたら後はなるようになれって感じだ。
ストームジャイアントを始末して、クリエが逃げ切ってくれたあたりで、牢を破壊して逃げるか、このまま独房で過ごす。
どちらにするのかは、ゆっくり考えれば良いだろう。
悲鳴はほとんど聞こえなくなった。
人の流れはまとまっていく。
集団が進む方向は一定で、方角からして王領へと逃げるようだ。
それは最初に開け放たれた門とは逆の方角で、良い判断だと思う。
『ズズン』
そうこうしているうちに、ストームジャイアントを倒した。
チャドを操って、尖った破片に向けて転倒させたあと、バリスタでの一斉射撃。
何十本もの巨大な矢をうけてとどめを刺した。
意図せず連携した攻撃になった。
思ったより多くの人が監獄に残って戦っていたらしい。
ところが次の瞬間、安心できない事を知る。
「限界だ! 逃げろ!」
壁の上にある歩廊に陣取った男が叫ぶ。
判断に至った根拠はすぐに判明した。さらに2体のストームジャイアントが出現したのだ。それぞれが離れた場所に出現している。
あの2体で終わらない……つまりストームジャイアントが増える可能性を考えて撤退を判断したようだ。
監獄はある程度の秩序を取り戻している。
落ち着いている状況で戦闘終了を判断し、撤退を考えたわけだ。
判断の速さと的確さは、素直にすごいと思った。
もっとも、ボクはまだ余裕がある。
上手く誘導すれば、まだなんとかなりそうだ。
チャド一匹だと、時間はかかるだろうけれど……。
注目を集めるには十分だ。
徹底的に魔物を監獄に止めて、クリエが逃げる時間を稼ぐ。
そう考えていた時だ。
「ジル!」
クリエがボクを呼んだ。
同調を切って、鉄扉を見る。
「クリエ! どうして? フェンリルは?」
「俺も一緒だ。クリエ嬢は、ジル坊を独房から出して逃げるらしい」
「まってて、鍵を……」
ボクは大丈夫といいかけて、言うのをやめた。
「ありがとう」
嬉しくなって自然にお礼を口にした。
「ごめんなさい。ジルはきっと大丈夫だとおもうけれど……。他の人も助けたくて……」
確かにそうだ。独房は複数あって、ボク以外の人もいる。
独房を破壊出来る人はいないだろう。
「他の人は?」
「ビカロさんが手分けしようって」
ガチャガチャと音がなる。
そういえば、直接クリエと顔を合わせるのは初めてだな。
心持ち、ちょっとだけ手ぐしで髪を整えて、鍵が開くのを待つ。
「あ、あれ? 開かない? どうしよう。鍵……鍵はあっているのに……」
ところがうまくいかないようだ。
「どうして? 鍵が古いから?」
クリエが涙声で言った。
「ボクが扉を吹き飛ばすよ。扉から離れてて」
最初から壊せば良かった。そうすればもっと気楽にクリエは動けたのに。
「そうだな。ジル坊がさっさと扉を壊せばクリエ嬢も余計な心配をせずに済んだのだ」
はいはい。ボクが悪いよ。まったくフェンリルの言う通りだ。
心の中で軽く悪態をついて、扉に手を向ける。
ところが口がうまく動かない。
どうしてだ?
なぜか、独房から出てはいけない……そんな気分になった。
「ジル、どうしたの?」
扉の向こうにいるクリエは何かを察したのか、恐る恐る聞いてくる。
「いや、えっと……」
ボクは答えられない。自分でも理由の分からない恐怖があった。
『ズン』
黙っていると、鈍い音がして独房が揺れた。
ゾワリとした。何かがボクを見つめている。地面の底から。
その気配はジワジワと膨れ上がる。何かが近づいてくる。
「クリエ! 逃げろ!」
ボクは叫んだ。声をいっそう大きくして叫び続ける。
「フェンリル、ここにいるのは不味い、ボクを置いて全力で逃げろ!」
「ジル?」
「斥候虫は、ストームジャイアントを予測したんじゃない!スタンピードでも無い!」
「ジル坊」
「もっと別の何かだ! 逃げろ! 全力で! 二人が離れたら、扉を壊して、ボクも後から追うから!」
ボクは必死になっていた。
「行くぞ!」
「ゴメン……ジル!」
フェンリルの足音がちいさくなる。
チャドの同調と服従を完全に切って、意識を地面に向ける。
もう逃げることはできない。
すでにとんでもない気配がボクを包んでいる。
殺気だ。
何かが向かってくる。
そして、ピシピシと地面に亀裂が入る。
心の中で、自分の本能が叫ぶ。
やばい! やばい! やばい!
「フェンリル! 寿命を3……いや5年支払う! 力を寄こせ!」
ボクは幻獣であるフェンリルへ宣言する。
幻獣との契約に距離は関係無い。
そして続けて魔法を唱える。両手を動かし、口を動かし、同一の呪文を使用する。
「ニタイマトメテ、ケシサッテクレル!」
「多重、球状防御壁!」
地面からせり上がる存在の叫びと、身体をつつむ球体で透明な防御魔法の完成。
それはほぼ同時。
一瞬で熱をもって足元の石畳が真っ赤になる。それは盛り上がり、バチンと弾け、破片がボクに襲いかかる。
破片は完成直後の防御壁にぶつかり『ガン、ガンガン』と音をたてた。
次の一瞬で、ボクは地面からの攻撃により、打ち上がる。
勢いは止まらない。防御壁ごとボクは天井に押しつけられた。




