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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
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はじまりのおわり

 スタンピードが始まった?

 そんなはずは無い。チャドを使っての見回りは欠かしていない。

 強力な魔物の接近は無かった。斥候虫の羽の色もまだ真っ青になっていなかった。


「見落とし?」


 すぐさま、独房の片隅でパンをつついているチャドに服従の魔法をかける。

 外の状況を確認するためだ。

 窓から飛び出たチャドは急上昇し、監獄全体を見下ろす。


「ストームジャイアント」


 そこには予想外の存在がいた。嵐の巨人。

 嵐や雨、そして雲。天候現象に姿を変える事ができる魔物だ。

 それがいた。

 直前まで、魔物などいなかったはずの監獄に。

 ストームジャイアントの生態から推察するに、雲に姿を変えて接近していたのだろう。

 あれは雲や霧に姿を変えることができる。

 白いマントをまとった真っ青の巨人。虚ろな目、半開きの口。海のように真っ青な顔に、不気味に赤い目が光っていた。

 それが立っている。監獄を取り巻く二重の壁……その内側の壁の歩廊に。

 看守や囚人達……全員が、突如出現した巨人に面食らっていた。

 内壁の上、足場の不安定な場所でストームジャイアントは棒立ちしている。

 だけど壁は巨体を支えきれない。

 すぐに壁はガラガラと崩れ、ストームジャイアントは付近の壁や建物を巻き込んで仰向けに倒れた。

 見た目通り、あまり知能は高くないらしい。

 ストームジャイアントは現状が分からず手足をバタつかせ、付近の壁を破壊した。

 いまのうちに壁の上に備え付けられているバリスタを使え。狙い撃て!

 そう考えて、ボクは周囲の状況を再び見やる。

 だけど、反撃どころではない酷い状況が眼に映った。


「カァ!」


 ボクは門に向かって叫ぶ! だけれど、鳥のチャドの身体では、言葉が出せない。

 門にいた看守や人は混乱していた。真っ青な体躯をしたストームジャイアントから逃げようとして、とんでもない暴挙に出ていた。


「逃げろ、逃げろ!」


 彼らは口々に叫び、門を開けようとしていた。

 壁面を登ってバリスタへ向かわず、金属の門をあけようとしていた。その向こう側にも、沢山の魔物が潜んでいるにもかかわらず、開けようとしていた。


「なんで? 魔物が外に集まっているって知っているだろう!」


 ボクは独房で叫ぶ。

 焦りのあまり、チャドとの同調を切ってしまった。

 落ち着け、落ち着け、そう自分に言い聞かせ再びチャドの視界を借りる。

 ほんのわずか目を離した隙に、門は少しだけ開かれて、魔物の侵入を許してしまっていた。


「ジル坊!」


 ボクを呼ぶ声に気がつき、チャドから独房へ視界を移す。

 そこには異変に気がついたフェンリルがいた。


「もう監獄は駄目だ。フェンリルはクリエと一緒にここから逃げて」


 ボクに何かを言おうとしたフェンリルへ、言う暇を与えず訴える。


「よかろう。して、どこに逃げる?」

「ウルグと相談して! なんとかして安全な場所に!」

「わかった。ちょうどクリエ嬢はウルグと一緒だ」

「ルルカンは?」

「あれも一緒だ」


 そしてフェンリルは去って行く。


「ジル坊も状況をみて独房から逃げろ」

「わかっている。大丈夫だよ、ボクは」


 こんなやり取りを残して。

 そしてボクは再びチャドの視界で状況を確認する。

 ストームジャイアントは、かんしゃくを起こした酔っ払いさながらに、考え無しに暴れていた。

 その巨体は、監獄の城壁と同程度の高さで、腕を振り回すだけで石作りの物見塔に穴が空いた。

 そして、開け放たれた門からは、多種多様な魔物がなだれ込んできていた。

 ゴブリン、ホブゴブリン、ダイアウルフ。

 どこに潜んでいたのか。相当な数だ。


「ボクがチャドやルルカンを使って狩っていたのは、ほんの一部だった。いわゆる、つまりは、焼け石に水ってわけだ」


 ボクは自嘲する。

 それと同時、大気が再び震えた。

 よだれをたらし、視点の定まらない表情のストームジャイアントが空に向かって叫んだのだ。

 理解のできない言葉だった。おそらく巨人族の言葉だ。

 言葉は魔力を帯びていて、効果はすぐに判明した。


「あれはワイバーン……ハーピー……眷属を呼んだ?」


 空を浮いていた雲が禍々しく色づき、魔物の形をとった。

 それらはチャドより上空に出現していて、一斉に降りてくる。

 さらなる魔物の襲来に、監獄の混乱は増していく。

 壁の上で、弓を構えて応戦しようとしていた看守も、すでに戦意を失っていた。

 それどころではなく、恐慌状態になった人達は、高い壁の上から飛び降りていた。


「チッ」


 思わず舌打ちする。

 看守達のこともあるが、敵はチャドも標的にしていた。

 クリエの居場所を確認する間もなく、チャドに襲いかかる魔物の相手をしなくてはならない。

 もっとも、チャドはボクの使い魔となっている。

 つまり普通の鳥ではない。

 凝縮した力の解放をチャドに命じる。茶色いカラスといった外見はそのままに、サイズが大きくなる。

 大きくなるといっても3倍程度の大きさで、襲いかかるワイバーンやハーピーに比べれば小さい。

 それでも十分だった。

 飛びかかる魔物の群れをみて、ボクは笑みを浮かべる。


『サクッ』


 まるで果物を包丁で切り分ける時の音だった。

 すれ違いにワイバーンの喉を切り裂いたチャドの爪音は、簡素な音をたてた必殺の一撃だった。

 同じ音は、ハーピーなど他の魔物に対しても鳴った。

 その度にチャドへと襲いかかった魔物は墜落した。

 爪は魔力で強化されていて、大抵の魔物は相手にならない。今回もそれを証明したわけだ。

 まとわりつく面倒事を振り払い、ボクは再び周囲の状況を確認する。


「いた!」


 クリエを見つけた。混乱の中でもよく目立つフェンリルの側にいた。

 彼女は看守や囚人達と一緒に、比較的魔物が少ない方角へと逃げているようだ。


「あっちは任せておいても大丈夫だろう」


 ボクはとても気が楽になった。


「あとはクリエが無事に逃げられるように……」


 ホッとして気楽になったボクは、チャドをストームジャイアントへと近づける。


「こいつを何とかしなきゃね」


 独房の中でボクは苦々しく笑う。

 そしてあほ面をさげた真っ青な巨人へとチャドを突っ込ませた。

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