使い魔の儀式
「ようやく完成だ」
ボクは四角く赤茶色の祭壇を見下ろして呟く。
サイズは広げた手よりも一回り大きい程度の小さいものだ。
鳥のチャドに集めてもらった土で作った赤茶色の祭壇。
「器用なもんだ」
用も無いのにやってきたビカロが言った。
「ジル坊は意外と器用だ」
「ミャーミャー」
「意外って何だよ……って、ルルカンは祭壇をひっかくな!」
作りあげた祭壇をひっかき始めたルルカンを引き剥がしつつ、次の作業に入る。
「ちょっとビカロ持ってて」
「猫を投げるな。それでこれが使い魔契約の祭壇なのか?」
「そうだよ。祭壇と魔法……あとは少々の触媒。今回は幻獣の助けもあるから、準備はこの程度で十分」
「へぇ。小説で読んだことがあるが、使い魔契約を見るのは初めてだ。いや、使い魔自体を見るのも初めてになるな」
「使い魔はリスクのある存在だから……使う人が少ないんだよね」
ボクはツボの破片を手にした。
一番準備が嫌な触媒……自分の血を用意するためだ。
使い魔は、術者と魂の一部を融合させた存在だ。そのため、血やそれに準じた体組織が必要になる。
なので自分の腕を切って、血を出さないといけない。
「儀式が終わったら、この猫……ルルカンの見た目が変わったりするのか?」
「第一段階では変わらないよ」
「段階があるのか」
「いろいろとね……。弱いつながりの第一段階でも、使い魔は普通の動物より遙かに強靱になるし、ボクの魔法の発動点にもできるからね。スタンピード対策には不可欠だよ」
ただし、使い魔が死ねば、重いペナルティがある。
魂の一部を失う。寿命が大幅に減ったり、身体の一部が麻痺したり……シャレにならないレベルのペナルティだ。
だから使い魔を使役する人は少ない。
しかし、今はそう言ってはいられない。スタンピードまで時間が無い。やれることは全てやる。
『ザクリ』
陶器で腕を刺したとき、生々しい音がした。
うへぇと周りの面々を見たけれど、皆は平然としていた。それほど音が大きくなかったのか、薄情者の集まりなのかはよくわからない。
ボクとしては思いっきり刺しすぎたと思った。刺し傷からジワリと血が漏れ出てきた。
そんなに痛くないのは幸運だけれど、あまり自分の血はみたくないものだ。
「ビカロ、ルルカンを祭壇に置いて」
ビカロが頷いて、ルルカンをそっと降ろした。
黒猫のルルカンは、ボクの目をチラリと見た後、祭壇に置かれたソーセージの切れ端を食べ始めた。
「今のうちだ」
ルルカンが動かないうちに契約を済ませてしまおう。
そう思って、サッとルルカンの頭上に右腕をかざす。腕からは滴った血は、ルルカンの頭へとポタリポタリと落ちた。
続けて魔法の詠唱。
心に思い浮かぶ言葉を手早く唱える。
詠唱が終わると、祭壇の四隅から青い炎が立ち上った。
それは天井すれすれまで立ち上る。
ゴーッという音を響かせ部屋を青白く照らした炎。ややあって、
それはグニャリと曲がって見えた。
同時に気分が悪くなる。
一応予想していた状況だけれど、実際に起こると嫌な状況だ。
グッと目をつぶり、スーハーと深呼吸する。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせる。目を開くと炎はまっすぐになっていた。
炎が動いたわけではない。視界が歪んだだけ。儀式により発生した軽い酩酊状態だ。
気持ちの悪さは、すぐに消えた。
立ち上った炎と一緒に。
「おしまいっと」
ボクはパンパンと手を叩いた。
「案外簡単な儀式なんだな」
祭壇のそばにしゃがみ込んだビカロが言った。彼はルルカンを観察するように眺めている。
当のルルカンは儀式前と変化無し。この契約では外見が変わる事は無い。
「幻獣の助けがあったからだよ。本来ならもっと時間がかかるよ」
自分で傷跡の手当をしつつ答えた。傷薬が思ったよりしみて「いてて」と声が出た。野草の下ごしらえが足りなかったようだ。
「へぇ。面白いものがみれて良かったよ。それで、こいつが使い魔か……本当に見た目の違いはないようだな」
「でも、ルルカン自身は自分が強くなったことを実感しているはず。ボクにも感謝していると思うよ」
ビカロと話をしながら、同調と服従の魔法を使用する。
少しだけルルカンを操って外を散歩するのだ。つまりは試運転。
「ちょっと外に散歩」
ボクが呟いたと同時、ピョピョンとルルカンは跳ねるように動き、瞬きするほどの間に、採光窓に立っていた。
「早いな」
思わずといった様子でビカロが呟いた。
ボクはそんな彼に頷く。その間に、ルルカンは外へと飛び出て監獄の壁へ直進し、駆け上がった。
『カカッ、カカカ』
石の壁にルルカンは小さな爪をひっかけて、垂直の壁を軽々と登っていく。
周りを注意深く観察しながら登っていく。
それから偶然近くを飛んでいた斥候虫へと飛びかかった。
壁を蹴って空中に飛び出したルルカンは、前足で斥候虫の羽を弾く。続けて空中でグルリと身体を捻り、斥候虫の頭と羽の付け根に齧り付いた。
『ガッ』
鋭い音がして斥候虫の首を折った。
息絶えた斥候虫は、小さな音をたてて地面に落ちる。
攻撃したルルカンは、斥候虫を足蹴にして壁につかまり、虫の落下を視線で追っていた。
兵士が苦戦する斥候虫を瞬殺。
勝てるとは思っていたけれど、ここまで楽勝になるとは思わなかった。
「良い意味の誤算……だけど、肉の取り合いが厳しくなるなぁ」
ボクは独房で、ルルカンのパワーアップにほくそ笑んだ。




