対応策
「二つ……ですか?」
独房の鉄扉ごしに、看守が気弱に言った。
最初あった強気の態度はすっかり息を潜めている。
「えぇ、二つ。1つ目は、スタンピードに備えて守りを強くすることです」
「守り……」
「監獄の壁を補修し、武装を整備します。中に向けているバリスタも、外に向けましょう」
この監獄は年季が入った建物で設備も古い。そのせいかボロボロ。だから、まずはそこから手を付けるべきだと思った。守りを固めれば、中の防衛もやりやすい。
「それは今でもやっていますが……」
看守が言う。確かに、武装の整備などは進めている。だけれど、それでは間に合わない。
「ですので、壁の修繕などは囚人にも参加してもらいましょう」
ボクは囚人も利用すべきだと進言する。囚人といえど、すでに近隣の鉱山に派遣したりしている。やる事が鉱山労働から壁の修繕に変わるくらいだ。
「ですが、囚人が暴動を起こしでもすれば……」
「そこは任せる仕事に気を付ければいいのでは? 武器の整備は看守などが集中しておこない、壁や柵の設置を囚人にさせればいい」
「いや。やはり、囚人にさせるのは駄目です」
途中まで納得しかけていたアイデアを看守が否定する。
ボクはやはりと思ってしまう。
この考えが採用されない可能性は考えていた。
「鉱山労働がおろそかになるからですか?」
「そうです。そうですとも。上位の方々が理解してくれるとは思えません」
理由も思った通りだ。
囚人を働かせて利益をかすめ取る。一部は中央神殿に、そして残りは上級看守を派遣している諸領に。
上の立場にとっては監獄の維持よりも明日の上納金だろう。
どうせ監獄が駄目ならば、ギリギリまで利益を生んで貰おうという判断だ。
「それなら大丈夫ですよ。上級看守にこう言えば良い。私達は囚人達と守りを固めます。上級看守の皆さんは諸領への助力をお願いに行って欲しいと」
「助力……ですか?」
ボクは頷いたあとで慌てて「えぇ」と言った。
ここ数日の間、神官を始めとして上級看守が逃げている状況を知っている。
でも、逃げていない人もいる。おそらく持ち場を放置して帰るか、このまま残るか考えているのだろう。
持ち場を放置して逃げれば命は助かるが、多少は罰をうけるのではないかと考えている。
だから直ぐに逃げないのだ。
仕事にプライドを持っている可能性もあるけれど、プライドがあるならもう少し真面目に仕事をしているだろう。
なのでボクは看守へ説明を続ける。
「上級の看守は、逃げる言い訳を欲しています。それを提供できるのであれば、必要以上に囚人の仕事について反対はしないでしょう」
「逃げる言い訳……」
「そうです。言い訳とは助力を願うために監獄を離れたという事。どうせ逃げていなくなるのであれば、最後に役にたってもらえばいいでしょう。それにこれは2つ目のアイデアに繋がります」
「それは?」
「諸侯への助力です。武器や食料を援助してほしいと願うのです。なぜならば、スタンピードを恐れて商人は監獄へ近づかなくなると思います。ですので、輸送を諸侯にお願いします。各地の領主にお願いするのです」
「助けてくださるのでしょうか?」
「そこは上級の看守へ期待するしかないでしょう。ですが、きっと大丈夫だと思います。故郷にもどった彼らは、自身の行為を正当化するために、過剰に危機を煽るでしょうから……。それに、逃げた罪悪感を和らげるために、一回くらいは援助物資を送るように手配するでしょう」
「そうかも……そうかも、確かにそうかも」
「どうせ逃げる人です。役にたってもらいましょう」
「ははっ、そうですなぁ」
少しだけ緊張が和らいだのか看守が笑いだす。
この調子だとボクのアイデアは採用されそうだ。
しばらくして「皆にも頂いた二つの考えを伝えます」と看守は残して去って行った。
後は彼次第だ。
両方は無理としても片方だけでも採用されれば先行きが明るくなる。
「誰か来ていたのか?」
看守が去ったあとで、ようやくフェンリルが目を覚ました。
「さっきまで看守が助言を求めてやってきたんだよ。緊張感が無いなぁ。もし敵だったらフェンリルは大怪我していたよ」
「ジル坊がいるから安心しているのだ」
フンとフェンリルは鼻を鳴らす。とっても偉そうに。
「フェンリルもさ、ちょっとくらい手伝ってよ」
「何をだ?」
「スタンピード対策」
「ん、あぁ。クリエ嬢は助ける。後は肉次第だ」
「その肉の輸送ルートが危ういんだよ……って、そうだ! フェンリルがここにやってくる商人を護衛してあげれば?」
「面倒くさい」
「まったく役に立たないなぁ」
「フン。俺は俺で好きにやるのだ。それに俺が手を貸さなくても上手くいく」
また適当な事を……。
「何を根拠に?」
「ジル坊が楽しそうにいろいろ画策して動いているからな」
楽しそうに?
どうやらフェンリルには苦心するボクが楽しそうに見えるらしい。
「大変な状況なのに……楽しくなんてやってないよ」
「そうかな」
「そうだよ。もし楽しそうなら……ボクは酷いヤツだ。確実にやってくる不運な出来事を前に楽しんでいるのだから」
「人とはそう言うものだ」
「いや。違うよ。きっと……」
二ヤリと笑うフェンリルに、ボクはどうにも言い返せず、寝る事にした。




