表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
30/101

肉にたかる

「はいはいー」

「こんにちは、ジル。お肉を持ってきたよ」


 鉄扉の向こう側からクリエが言った。

 その声を受けてフェンリルがのそりと身体を起こし、同じように黒猫のルルカンもじわりと鉄扉へと近づく。

 今の時間は昼過ぎ。差し入れは、フェンリルにあてたお肉だ。

 とは言っても、同居人の物は皆の物。美味しいお肉は早い物勝ちでいいだろう。

 今日こそは、肉を一切れ以上食べたい。

 決意を持って扉へと足を動かすと、いつものように、扉の下に開いた隙間からお肉が差し入れられる。ふんわりとお肉の香ばしい匂いが漂う。

 偶然だけれど、今日の位置取りは完璧だ。

 扉にはボクが一番近い。あとは他の奴らをけん制しつつ扉へと近づくだけだ。

 ビカロはポカンとして眺めているから無視していいだろう。

 ルルカンはボクをジッと見ている。

 チャドは……姿が見えない。死角にいるようだ。

 そしてフェンリルは険しい顔だ。


『カタン』


 小さく肉の載った皿が鳴った。

 それが合図となって、ボク達は動き出す。

 ボクはフェンリルにタックルし、肉へと近づく。そしてチャドとルルカンを睨みつけた。

 今日は圧勝……の筈だった。

 だけれど肉は意外な人の手にわたった。


「なんだ肉を取り合っているのか」


 それはビカロ。彼はまるで鞭のように手を振るい皿をかっ攫った。

 完全に死角だった。いや、フェンリルに注意を向けすぎていた。

 ヘラヘラ笑った彼は肉を一切れつまむとポイと口に放り込んだ。


「返してよ。ビカロ!」

「いや。それは俺のだ!」

「ニャアニャア」


 部外者のビカロにボク達は非難を向ける。


「いや。悪かった。ほら、恵んでやるから落ち着けよ」


 モグモグと口を動かしながら、ビカロが皿をコトリと置いた。

 何が恵んでやるだ。偉そうに。


「ビカロ?」


 ボクが憤慨していると、鉄扉の向こうから小さく声がした。


「そうなんだよ。なんかビカロとかいう変な人が来ているんだよ」

「え? え?」

「なんだか脱獄したんだって」


 扉の向こうにいるクリエへと説明する。

 彼女はしばらくして「まぁ」と少しだけ驚いた声をあげた。


「いや……ちがう。すぐに戻る」


 その声にビカロが慌てて弁明する。


「ジルの独房は不思議で一杯だね」

「違うよ。なんだか勝手に来たんだ。情報収集らしいよ。クリエを傷つけたからお詫びしたいって」

「傷つけた?」

「クッキーが小さいとかなんとか」

「ちょっと待て……」


 ビカロがボクの肩に手を置くが、もう遅い。

 食べ物の恨みは深いのだ。

 たとえ肉一切れとはいえ。


「でも、食い意地張ってるよね。クッキーが小さいって苦情言うなんてね」

「ふふっ。でも、ビカロ様が元気そうで良かったです」

「いや、クッキーが小さいというのはな……」

「あっ。ごめんなさい。すぐ仕事に戻らないと。ジル、ビカロ様も、またね」


 クリエは急ぎらしく、ビカロの弁明を聞く間もなく去って行った。


「ジル・オイラス。お前なぁ……」

「良かったね。これで仲直りだよ。ほら、ボクに感謝して欲しいくらいだよ。どうせクッキーが小さいとか……大した事じゃないんだからさ。これで解決っと」

「他人事だと思って」


 困惑した様子でビカロがボクを見る。

 苦々しい彼の顔を見て、気分がスッキリした。

 いい気味だ。反対にボクはニンマリとビカロを見返す。

 だけど、そんなビカロの顔が突然に曇った。

 違う。

 彼はボクを見ていない。その視線は、ボクの背後……。

 振り返りビカロの視線の先、採光窓を見て「あっ」と声がでた。

 立て続けに数匹の斥候虫が見えた。


「おいおい、まさか」


 ビカロが小走りに窓際に駆け寄る。

 ボクは、彼のあとを追いながら手を動かす。それは同調と服従、二つの魔法の詠唱印。


「斥候虫、しかも羽の色が……」


 手を動かしながらも、自分の眼前にあった異様な光景をボクは呟く。


「どうなっている?」

「空から見る!」


 呆然と呟くビカロに答えつつ、ボクは窓からチャドを飛び立たせる。

 独房の窓からチャドは飛び出て、高く高く舞い上がる。


「100匹以上いる!」


 監獄を一望できる高度まで上がったチャドの視線にあったのは、斥候虫の群れ。

 六角形をした灰色に、赤い羽根の斥候虫が飛び回っている。

 それはまるで、腐肉にたかるハエのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ