肉にたかる
「はいはいー」
「こんにちは、ジル。お肉を持ってきたよ」
鉄扉の向こう側からクリエが言った。
その声を受けてフェンリルがのそりと身体を起こし、同じように黒猫のルルカンもじわりと鉄扉へと近づく。
今の時間は昼過ぎ。差し入れは、フェンリルにあてたお肉だ。
とは言っても、同居人の物は皆の物。美味しいお肉は早い物勝ちでいいだろう。
今日こそは、肉を一切れ以上食べたい。
決意を持って扉へと足を動かすと、いつものように、扉の下に開いた隙間からお肉が差し入れられる。ふんわりとお肉の香ばしい匂いが漂う。
偶然だけれど、今日の位置取りは完璧だ。
扉にはボクが一番近い。あとは他の奴らをけん制しつつ扉へと近づくだけだ。
ビカロはポカンとして眺めているから無視していいだろう。
ルルカンはボクをジッと見ている。
チャドは……姿が見えない。死角にいるようだ。
そしてフェンリルは険しい顔だ。
『カタン』
小さく肉の載った皿が鳴った。
それが合図となって、ボク達は動き出す。
ボクはフェンリルにタックルし、肉へと近づく。そしてチャドとルルカンを睨みつけた。
今日は圧勝……の筈だった。
だけれど肉は意外な人の手にわたった。
「なんだ肉を取り合っているのか」
それはビカロ。彼はまるで鞭のように手を振るい皿をかっ攫った。
完全に死角だった。いや、フェンリルに注意を向けすぎていた。
ヘラヘラ笑った彼は肉を一切れつまむとポイと口に放り込んだ。
「返してよ。ビカロ!」
「いや。それは俺のだ!」
「ニャアニャア」
部外者のビカロにボク達は非難を向ける。
「いや。悪かった。ほら、恵んでやるから落ち着けよ」
モグモグと口を動かしながら、ビカロが皿をコトリと置いた。
何が恵んでやるだ。偉そうに。
「ビカロ?」
ボクが憤慨していると、鉄扉の向こうから小さく声がした。
「そうなんだよ。なんかビカロとかいう変な人が来ているんだよ」
「え? え?」
「なんだか脱獄したんだって」
扉の向こうにいるクリエへと説明する。
彼女はしばらくして「まぁ」と少しだけ驚いた声をあげた。
「いや……ちがう。すぐに戻る」
その声にビカロが慌てて弁明する。
「ジルの独房は不思議で一杯だね」
「違うよ。なんだか勝手に来たんだ。情報収集らしいよ。クリエを傷つけたからお詫びしたいって」
「傷つけた?」
「クッキーが小さいとかなんとか」
「ちょっと待て……」
ビカロがボクの肩に手を置くが、もう遅い。
食べ物の恨みは深いのだ。
たとえ肉一切れとはいえ。
「でも、食い意地張ってるよね。クッキーが小さいって苦情言うなんてね」
「ふふっ。でも、ビカロ様が元気そうで良かったです」
「いや、クッキーが小さいというのはな……」
「あっ。ごめんなさい。すぐ仕事に戻らないと。ジル、ビカロ様も、またね」
クリエは急ぎらしく、ビカロの弁明を聞く間もなく去って行った。
「ジル・オイラス。お前なぁ……」
「良かったね。これで仲直りだよ。ほら、ボクに感謝して欲しいくらいだよ。どうせクッキーが小さいとか……大した事じゃないんだからさ。これで解決っと」
「他人事だと思って」
困惑した様子でビカロがボクを見る。
苦々しい彼の顔を見て、気分がスッキリした。
いい気味だ。反対にボクはニンマリとビカロを見返す。
だけど、そんなビカロの顔が突然に曇った。
違う。
彼はボクを見ていない。その視線は、ボクの背後……。
振り返りビカロの視線の先、採光窓を見て「あっ」と声がでた。
立て続けに数匹の斥候虫が見えた。
「おいおい、まさか」
ビカロが小走りに窓際に駆け寄る。
ボクは、彼のあとを追いながら手を動かす。それは同調と服従、二つの魔法の詠唱印。
「斥候虫、しかも羽の色が……」
手を動かしながらも、自分の眼前にあった異様な光景をボクは呟く。
「どうなっている?」
「空から見る!」
呆然と呟くビカロに答えつつ、ボクは窓からチャドを飛び立たせる。
独房の窓からチャドは飛び出て、高く高く舞い上がる。
「100匹以上いる!」
監獄を一望できる高度まで上がったチャドの視線にあったのは、斥候虫の群れ。
六角形をした灰色に、赤い羽根の斥候虫が飛び回っている。
それはまるで、腐肉にたかるハエのようだった。




