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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
25/101

調査

『カンカン』


 朝早く、鉄扉が鳴った。

 クリエがやって来たのだ。フェンリルの食事を持ってきたのだろう。


「はいはいー」


 鉄扉に背を向けたまま、ボクはちらりと後ろをみて返事をする。


「ジル、おはよう。フェンリル様は?」

「今、ちょっと手が離せないって。朝食なら差し入れておいてって」

「わかった。ジルにお願いされたとおり、今日から切った状態だよ」


 鉄扉の下から、白い皿がズズっと差し出される。

 焼きたての肉がのった皿。肉は既に一口サイズに切られたものだ。

 ジュウジュウと唸りをあげる肉は、とても良い香りがする。バターとニンニクの匂いだ。それに表面にまぶされているのは何かの香辛料。

 ここ数日、毎日見ている肉だけれど、やはりおいしそうだ。


「ありがとう、クリエ。フェンリルも喜んでいるよ」

「ングググ」

「またね、ジル」


 タタタと軽い足音が聞こえた。

 クリエは朝の仕事があるのだろう。朝から仕事。純粋に凄いと思う。


「ンググ」


 肉がのった白い皿をみて、フェンリルが唸った。

 フェンリルは目の前にいるが動けない。尻尾をわずかに動かす程度が限界だ。

 ボクが呪縛の魔法で動きを封じているから、動けない。


「は……はなせ」


 フェンリルが小さな声をあげる。必死に声を出したという感じ、苦悶の声だ。

 やはり幻獣、ここまでやってもまだ動ける。

 さらに追撃とばかり、子犬サイズのフェンリルに対して、ボクは広げた両手を向ける。そして左右合わせて10本の指先に魔力を集中し、呪縛の魔法に全力を注ぐ。

 強力なフェンリルは、ここまでしないと動きを封じられない。


「肉を……独り占め、するな」


 ボクはさらに力をいれて、本件の趣旨を伝える。

 それから力をこめたまま、左手を鉄扉に伸ばし、少しだけ皿をひきよせるべく指を動かす。


 その瞬間「俺のだ」とフェンリルが唸った。


 少し指先をフェンリルから外しただけでこれだ。

 気をゆるめればフェンリルが解放される。一瞬で肉をたべるだろう。


「仲間じゃないか! 助け合おう」


 歯を食いしばったまま、口を笑みの形にかえてフェンリルに微笑んでみる。

 やはり辛い。だけれど肉を食べるためには、呪縛を維持したまま肉を頬張るしかない。


 そんな時、背後で「にゃ」とルルカンが鳴いた。

 え? 背後?

 目の前のフェンリルが両目を大きく開いて、ボクの背後にある皿をみていた。

 ゆっくり振り返ると、肉をばくりと加えているルルカンと眼があった。


「カァ」


 さらにチャドが目の前で肉を一切れ咥える。


「あぁぁぁ!」


 フェンリルとボクの声がかぶった。


「やつらが食べおった!」


 恨みがましくフェンリルが吠えた。

 その状況で、猫はペッと肉を吐き出した。そして床に落ちた肉を睨んでいる。

 熱かったようだ。

 そういえば猫は、熱いものが苦手だったと思い出す。


 チャドも肉を咥えたまま首をフリフリしている。

 そして、そこでボクの呪縛が振りほどかれた。

 肉に目が行って、フェンリルから目を離したのが理由だ。

 呪縛が解けた瞬間、凄まじい速度で皿から肉が消えた。


「結局、肉が食べられなかった」

「もともと俺のものだ」


 こうして朝の戦いは終わった。魔力操作に集中したので、息があがる。朝からジョギングに励んだ感じだ。お腹が少しすいたので、ツボに保管していた果物をたべることにした。

 モグモグと食べながら、明日はもっとうまくやると心の中で呟く。


「それで、ジル坊は何をやっているんだ?」


 食べていると、独房の壁際に寝っ転がったフェンリルが質問を投げてきた。


「調べ物だよ」

「なんだ勉強か、意外だな」

「ボクはこう見えても真面目だからね」


 一つ食べ終わって、二個目に手を伸ばす。

 これで果物も終わりか、またチャドを操って果物を補充しなきゃいけない。

 ジャムも作りたいし、多めに収穫しようかな。


「冗談が上手くなったものだ」

「いやいや、最近は調べ物に、人助けと、真面目に頑張っているよ」


 ウルグにペンと紙を渡した。フェンリルがいるので、同調の魔法陣だけを描いてもらった。

 ついでに彼が憶えている他の魔法陣を描いてもらう予定だ。

 そして彼が書いた手紙は、神官が定期報告をあげる手紙類に紛れて送ることにした。

 これはウルグの案だ。さすが大貴族領の上級役人。こんな監獄でも、スラスラと対応策が出てくる。

 ウルグの手伝いだけではない。クリエの薬に、料理長の息子への対処、ついでに斥候虫も倒した。

 こうしてみると、ボクは頑張っている。


「ふーん。どっちでもいいがな」


 そんなボクの頑張りをフェンリルは適当に流した。


「いまは看守室をルルカンで探っているよ。毎日、少しずつだけどね」


 看守室はさすがに厳重だった。ルルカンも、見つかり次第追い出されてしまう。

 もっとも、看守達にはただの猫だと思われているようで、追い払われるだけだ。

 かわいがるような言動もあるので、それにつけ込んでもう少し調べたいと思っている。

 ルルカンも嫌がっていないし、それに昨日は肉をもらったし……あと少しは大丈夫だろう。


「何にせよ。ギル坊が前向きなのは良いことだ」

「スタンピードが怖い」


 不意にフェンリルが真面目な声を出したからか、つい弱音を吐いた。

 なんだか、言葉が止まらない。


「クリエを頼むよ」

「死なぬようにはする。だが、クリエ嬢の意志は尊重する」

「いいよ。それで」

「お前がここを破壊してクリエ嬢と逃げればよいのでは?」


 やはり気付いていたかと、ギクリとした。

 最悪、ボクは独房を壊せる。きたばかりの頃はその自信が無かった。

 だけれど、この監獄をしらべていくうちに、魔力阻害が弱まっていることに気がついた。

 そして今はフェンリルがいる。

 つまりフェンリルから破壊にかかる魔法を受け取る事ができるのだ。

 だから、独房を破壊することができる。

 独房から出れば、スタンピードがあってもクリエを守れる。


「それは……最後の、最後の手段だよ。それをやったら本物の罪人だ」

「まぁ、確かに」

「そういうわけで、調べ物。この監獄の守りが大丈夫なのか……とか、誰が信用出来そうなのか……とか。それらも知りたいからね」


 そう言って、監獄の地下の調査を始める。

 きた当初から定期的にやっている魔力による調査だ。


「魔力による調査か。地下を調べているのか?」


 ボクが床に手をやって、魔力を地下に向かって伸ばしている様子を見てフェンリルが言った。

 フェンリルもまた地面をグッと凝視する。


「スライムもどきのローベを調べて……ここが悪神ズィボグにかかる施設であると確信できた」

「ほぅ」

「そして、何度かの調査で、地下に悪神の陣とよばれる独特の魔法陣が張られている可能性を見いだした。これにより悪神の敵は全ての魔法が抑制される。消えかかってはいるようだけれど、本当に消えかかっているのかを知りたい」


 スタンピードを待ち構えるとしても、ここが危なければ方針を変えざる得ない。

 ボクは安心したかった。

 一刻も早く。

 だから、少し冒険をすることにした。フェンリルがいるというのも冒険する理由だ。

 いつも以上に勢いをつけて魔力を地下へ放つ。

 意識を集中して、放った魔力の変化に注意する。


「これは……」


 それは唐突だった。ボクの魔力が何かにふれた。

 その瞬間、フッと意識が遠くなりかけて……気がついたら、ボクは不思議な場所にいた。

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