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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
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閑話 最初の友人(クリエ視点・後編)

 料理長の頼み事はお使いでした。


「瘴気を抜く薬を、料理長の家に持っていくことです」


 私に説明し、料理長は「少し待ってろ」と言って調理室へと戻っていきます。


「偉そうだな」


 フェンリル様が首を静かに振ります。


「料理長はお忙しいですから」

「ふん」


 フェンリル様と調理場の前でしばらく待ちます。

 調理場の方々は、囚人の皆さんの食事をつくりおえて、今は看守の方々の食事を作っているようです。

 調理場へとゆっくり近づく人影がありました。

 白いコートを着込み、腕を後ろに回してゆっくりと近づいてきます。

 タンタンという足音が廊下になりました。


「おや。こんなところに……食欲がなくなりますな」


 神官のフェゴ様が私の髪を一瞥し言いました。

 顎を動かし、どこかへ行けと示します。神官の方々は私の髪色がお嫌らしく、あまり優しくはありません。

 今も白いコートを前でとめる金のボタンをハンカチで拭きながら、私を睨んでいます。

 神官の方々は監獄でもお偉い方です。随分前に、署長でさえも逆らえないと聞いた事があります。

 私は静かに頷き少しだけ離れることにします。

 そんな時です。


「俺がいると食欲がなくなると?」


 フェンリル様が言いました。それはまるで唸るような声です。それに先ほどまで私の腰くらいのサイズだったフェンリル様は、私とフェゴ様を見下ろす程に大きくなりました。

 突如として大きくなったフェンリル様に見下ろされ、フェゴ様が後ずさりして調理場へと踏み入りました。


「あぁ、いえいえ、フェンリル様の事では……。そこの、アレです」


 そのまま胸のボタンをギュッと握ったフェゴ様が、青い顔で言います。


「アレでは分からぬ」

「それはその……」


 フェゴ様は口をパクパクさせ「ふぇ」と息を吐きました。そして震える声で続けます。


「あのわたくし、料理を、いや用を思い出しました。おい、ノーベル。あとで取りに来る。料理は冷めていてもいいから、いいから」


 言い終わるやいなや、パタパタと軽い足音をたてて去って行きました。


「ふん。慌てすぎだ」


 フェンリル様は再び小さくなると、私を見上げて二ヤリと笑いました。

 それから、料理長か水筒を預かりました。羊の腸を利用して作ったそれは金の細工がしてあって高価なものです。

 触ると、少し熱いです。タプンタプンと揺れる水筒の中身は作りたてのようです。


「それを持って行ってくれ」

「かしこまりました」


 すぐさま料理長の家へと行くことにしました。

 前と同じように、鉄柵をすり抜けて街道へと出ます。フェンリル様が一緒だからでしょう、兵士の皆さんが槍を掲げてくれました。無事を祈るという意味合いの仕草です。

 ここ最近は、監獄の人達が全員元気です。何がきっかけなのか……私はジル様が何かを成したのだと考えています。

 それが何かはわかりませんが、きっとそうです。


「瘴気抜きか。瘴気など俺が喰らってくれよう。されば薬などいらぬ」

「そのような事がおできになるのですか?」

「容易い事だ。他にもいろいろできるぞ」


 私の膝丈サイズのフェンリル様が「ふふん」と鼻を鳴らして言いました。

 尻尾がパタパタ動いて可愛らしい……いえいえ、失礼な事を考えました。勇ましいです。


「凄いのですね」

「何が出来るのかを聞かないのか……」

「あっ、どのような事がおできになるのですか?」

「そうだな。例えば、こういうことだ」


 フェンリル様の瞳が光りました。

 すると私の頭に模様が浮かび上がります。


「これは?」

「お前の精神世界……キャンバスに魔法陣をはり付けた。氷弾の魔法だ。何かあればそれで身を守れば良い」


 魔法は魔道書を読むことで、魔法陣をキャンバスに焼き付け装備します。

 そこまでやって、ようやく魔法を使用出来るわけですが……幻獣様は、魔法を装備させてくださるようです。


「凄いです」

「ふふん。そうだろう。そうだろう。どのような魔法でも……というわけにはいかぬが、あとは氷剣や氷の鎧、服従なんかの魔法陣も与える事ができる」

「さすがはフェンリル様です」

「クリエ嬢は素直で良いな。ジル坊ときたら、しょぼいなどと言いおったのだ」

「まぁ!」

「あとはそうだな。対象者……たとえばクリエ嬢の寿命を対価に、強い力を授けることもできる。まっ、こちらはほんのわずかの時間だけだがな」

「それは少し怖いです」

「ふふふん。そうであろう。もっともクリエ嬢には必要ないだろう。危険に際しては俺が助けてやるからな」


 フェンリル様がピョンとジャンプして「ワン」と吠えました。

 楽しそうです。


「ありがとうございます」

「感謝はまだ早いが、まぁ良い。ジル坊と違って守りがいがあろうというもの」

「ジルと違って?」

「あいつは強いからな。守りがいが無い。下手をすると、俺より強いから守りようが無いともいうか」

「お強いとは思っていましたが、ジルはやはり凄いのですね」

「俺は300年位前までしか憶えていないが、今までみた人間で最も強い」

「凄い!」

「だからジル坊は放置だな。クリエ嬢はそうではないから守りがいがある」


 そう言ってフェンリル様は、白い牙をむき出しにして見せてくれます。

 太陽の光を反射して牙が黄金色に輝きました。


「どうしてフェンリル様は私に良くしてくれるのですか? ジル様から頼まれたのでしょうか?」


 私を気にかけてくれる事が申し訳無く思い、つい問うてしまいました。

 フェンリル様が少しだけ大きくなって、私の前に出ました。そして語り始めます。


「ジル坊には頼まれていない。クリエ嬢がジル坊の友人だからだ」

「友人だから?」

「ラザムが死んで、皆が葬儀に集まった」

「えっと……ラザム様はジルの師匠様ですね」


 ジルは師匠の話になるととても楽しそうに語ります。

 懐かしそうに、楽しそうに語るジルの様子から、師匠のラザム様が大好きなのだと思います。

 そして、そのような人がいない私にとって、うらやましくもあります。


「そうだ。ラザムはジルに全てを教えた者だ。そしてラザムの葬儀が終わりジルは一人になった。そんなときだ。近くの村にオウムベアが現れた。大型で、家畜を食い荒らし、家が壊された。村人に頼まれたジルは、すぐさま駆けつけ、オウムベアを葬った。オウムベアは名のある冒険者や、騎士達が対処するレベルの魔物だ。あっさり倒したジルに驚いただろう」


 ジルはやはり優しい人です。

 家を壊すような魔物を退治するジルを想像すると、胸が温かくなります。

 フェンリル様は、私を見ることなく語り続けます。


「その日は上機嫌だったよ。友達ができたと言っていた。そして次の日、早速遊びにいった。いろいろな種類の花火の魔法を装備して」


 鉄扉でいつも陽気にジルは話をしています。

 きっと、故郷でも同じだったのでしょう。陽気なジルの姿が見えるようです。

 お顔もしらないジルですが、なんとなく素敵な姿が想像できます。

 フェンリル様は淡々と続けます。


「だけどすぐに帰ってきた。友達と思っていただけだったと。その日、ずっと暗い部屋であいつは空を見て居た。ジル坊は”身分違いの眼”を持つ。そしてジルは強すぎた。その異形の眼を宿し戦う姿は、勇気を通り越して畏怖を与えたようだ。きっと村の者は、ジルに対して卑屈になったのだろう。それをジルは好意だと受けてしまったわけだ」

「そんな……」


 前に同じ眼をもっている私を仲間だと、ジルが言っていたことを思い出しました。

 前を進むフェンリル様が、振り返り私を見下ろしました。


「俺は人の心などわからぬ。なれどクリエ嬢がジルの友人だとはわかる」


 そして再び前を向きました。


「ジルの最初の友人だ。だから俺にとってクリエ嬢は特別なのだ」


 その一言は、不思議と重く感じました。

 ズシリと胸に響く言葉です。


「最初の友人……」


 私にとっても、ジルは最初の友人です。


「最初の友人とずっと仲が良くて、ずっと共にいられれば、良い事だと俺は思う。おそらくな」


 フェンリル様の言葉がずっと心に残りました。

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