ケーキ
その日、クリエが運んできた食べ物は、いつもより豪勢だった。
パンと水、それとは別にステーキがついてきたのだ。
香辛料を効かせた四角い肉を焼いたもの。
いわゆるサイコロステーキだ。
しかも緑の鮮やかな付け合わせ付き。
香りからしてこの独房には場違いな豪華さ。
とても美味しそうだ。
「これは?」
予想外の品物が鉄扉の向こうから差し出されて、言葉に詰まった。
ボクの驚きが伝わったのだろう。
扉の向こうにいるクリエは、嬉しさが抑えきれないとばかりに「フフッ」って言った。
「料理長のお礼です」と。
彼女が言うには、料理長の息子は、みるみる元気になったそうだ。
根本の原因である斥候虫は退治したし、それに瘴気を体内から取り除く煎じ薬のレシピを教えた。
さらにはダメ押しで、他の斥候虫が近くにいないかまで確認をした。
あれだけすれば、料理長の息子ぐらいの症状は確実に完治する。
「元気になって良かったね」
「うん。ジルのおかげ。それから……」
さらに鉄扉の向こうから、小さな皿がもう一つ差し出された。
皿にはケーキがのっていた。
それは二切れあって、真っ白い生クリームで飾られたケーキ。
クリームは分厚く塗ってあるようで、皿の動きに連動しプルプルと震えた。
これもまた独房には似合わない代物だ。
「これもお礼?」
「ううん。これは私から。ずっと食べたかったケーキだったの。でも量が多すぎて、小分けでは売ってくれないし……。それでずっと買わなかったのだけど、ジルがいるでしょ。買ってみちゃった」
悪戯っぽくクリエは言う。
生クリームはすごく繊細で傷みやすいと聞いた。
形から、ホールケーキを八等分したもののようだ。
一切れが手の平サイズ。
サイズから逆算すると大きなケーキなのだろう。
確かに一人で食べるには厳しい量だ。
いままでは諦めていたけれど、ボクがいるから買うことに決めた……か。
少し嬉しい。
「おいしそうだ。ありがとうクリエ。一緒に食べられたら良かったね」
その話を聞いて思ったままを口にする。
食事のデザートとしてではなく、クリエと語らいながら食べたい。
「だからね、今日は私もここに持ってきたの。ケーキだけ」
それは予想外だった。
でもいつも以上にボクは嬉しかった。
食事を他の人とするのはいつぶりだろう。
何年振りだろうかと思わず考えた。
ということでステーキは後回し。
冷めようが知ったことでは無い。
「だったらお茶を用意するよ」
「わぁ、ありがとう」
クリエが弾んだ声で応えてくれた。
そうして始まったお茶会。
ケーキはとても甘かった。
甘いのは苦手ではない。好きな方だ。
ところが生クリームは予想以上に分厚くて、一切れ食べるだけでも苦労した。
彼女も最初こそはおいしいと弾んだ声で言っていたが、しばらくすると口数が減った。
どんなに美味しくても、濃い味の代物が大量にあると飽きてしまう。
「おいしかったね。ジルが用意してくれたお茶も素敵。まるでお貴族様みたいな食事」
もっとも味なんてどうでもよかった。
楽しげなクリエと一緒に話をしながらケーキを食べて、それでのんびり過ごした一時は代えがたい。
「でも困っちゃった。ケーキって実はまだまだあって……」
「うーん。腐らせない魔法は装備してないしな」
もう少し頑張って食べるかな。
少し飽きはしたけれど、おいしいケーキだしな。
「私もお腹いっぱい。そうだ! 他の皆さんにも分けてあげよう」
余ったケーキをどうしようと考えていると、彼女がそう提案した。
他の皆さん……おそらく他の独房にいる人だろう。
なぜなら、監獄の職員に疎まれている彼女にとって、他にお裾分けできる人は独房の人しかいないから。
クリエにとって監獄はすべてで、独房の囚人は、かりそめの家族のようなものではないかと感じる。
きっと彼女には、囚人が抱えている罪は意識の外にあるのだ。
独房に来てからの、彼女との語らいの中でボクはそう考えた。
しかし心配にもなる。
なぜなら監獄にいるのは罪人で……。
そういえば今の監獄は特殊な状況だったな。
本来は罪人を収容し更生させる施設。
だけれど、運営者の神殿が資金難で、無料の奴隷として囚人を使っているらしい。
なので、暴れそうな人は諸侯に対処を任せて、従順な人間だけを引き受けている。
あとは諸侯が持て余す人間。
きっと、ボクはこちらだろう。
「罪人を労働させて、その儲けは折半なんだっけ」
師匠がそう言っていたのを思い出す。
クリエはそんな監獄しかしらない。
監獄以外の世界を見せてあげたい。
「でも、ボクも偉そうな事言えないか……」
賢者の塔に引きこもっていたボクも同じようなものだ。
外の状況を知っていても外に出る気はない。
「何か言った?」
ボクの呟きが彼女に聞こえたようだ。慌てて首を振り「なんでもない」と付け加えた。
「ケーキ、本当においしかったね。それからね」
クリエが教えてくれる。
料理長はクリエにもお礼をしたという。
それは今後に繋がるもの。
毎日の食事が変わるというのだ。
パンに加えてスープが付くことになったらしい。
話の内容から、囚人と同じメニューから、看守を含めた職員と同じメニューに変わるのだろう。
「それは良かった」
ボクは心の底からクリエの待遇改善を賞賛する。
それから2人で笑いあったのち、クリエは去って行った。
パタパタと足音が鳴る。
いつもとは違う足音。リズミカルなテンポの足音だった。
スキップをしていたのかもしれない。
「さてと、食事にしよう」
しばらくして、肉を食べようと思って振り返る。
そこには、チャドとルルカンがバクバクと肉を食べている姿があった。
ボクはクリエとの話に熱中していて、それに気づかなかった。
「ボクのだ!」
すぐさま、チャド達を手で払いのけて肉にありつく。
向こうも負けじとボクの手をすり抜けて肉に食らいつく。
おかげでボクは、久しぶりの肉をほとんど食べられなかった。
「まぁいいや。今日のボクは寛大だからな。命拾いしたな」
綺麗になった皿をみて、二匹を睨む。
ところがボクの抗議はやつらに通じない。
ルルカンはゴロリと横になって、チャドはバサバサと採光窓から出て行った。
なんてやつらだ。
「コイツらはともかく、明日はクリエとどんな話をしようかな」
鉄扉に背を預け、採光窓をぼんやりと見つめて明日のことを考える。
なんだかんだといって、お腹はいっぱいで、今日は楽しかった。
だけどその時のボクは知らなかった。
彼女と二人で語る日々が……今日で終わりということに。




