表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄中賢者の世界再生記  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
21/104

ケーキ

 その日、クリエが運んできた食べ物は、いつもより豪勢だった。

 パンと水、それとは別にステーキがついてきたのだ。

 香辛料を効かせた四角い肉を焼いたもの。

 いわゆるサイコロステーキだ。

 しかも緑の鮮やかな付け合わせ付き。

 香りからしてこの独房には場違いな豪華さ。

 とても美味しそうだ。


「これは?」


 予想外の品物が鉄扉の向こうから差し出されて、言葉に詰まった。

 ボクの驚きが伝わったのだろう。

 扉の向こうにいるクリエは、嬉しさが抑えきれないとばかりに「フフッ」って言った。


「料理長のお礼です」と。


 彼女が言うには、料理長の息子は、みるみる元気になったそうだ。

 根本の原因である斥候虫は退治したし、それに瘴気を体内から取り除く煎じ薬のレシピを教えた。

 さらにはダメ押しで、他の斥候虫が近くにいないかまで確認をした。

 あれだけすれば、料理長の息子ぐらいの症状は確実に完治する。


「元気になって良かったね」

「うん。ジルのおかげ。それから……」


 さらに鉄扉の向こうから、小さな皿がもう一つ差し出された。

 皿にはケーキがのっていた。

 それは二切れあって、真っ白い生クリームで飾られたケーキ。

 クリームは分厚く塗ってあるようで、皿の動きに連動しプルプルと震えた。

 これもまた独房には似合わない代物だ。

 

「これもお礼?」

「ううん。これは私から。ずっと食べたかったケーキだったの。でも量が多すぎて、小分けでは売ってくれないし……。それでずっと買わなかったのだけど、ジルがいるでしょ。買ってみちゃった」


 悪戯っぽくクリエは言う。

 生クリームはすごく繊細で傷みやすいと聞いた。

 形から、ホールケーキを八等分したもののようだ。

 一切れが手の平サイズ。

 サイズから逆算すると大きなケーキなのだろう。

 確かに一人で食べるには厳しい量だ。

 いままでは諦めていたけれど、ボクがいるから買うことに決めた……か。

 少し嬉しい。


「おいしそうだ。ありがとうクリエ。一緒に食べられたら良かったね」


 その話を聞いて思ったままを口にする。

 食事のデザートとしてではなく、クリエと語らいながら食べたい。


「だからね、今日は私もここに持ってきたの。ケーキだけ」


 それは予想外だった。

 でもいつも以上にボクは嬉しかった。

 食事を他の人とするのはいつぶりだろう。

 何年振りだろうかと思わず考えた。

 ということでステーキは後回し。

 冷めようが知ったことでは無い。


「だったらお茶を用意するよ」

「わぁ、ありがとう」


 クリエが弾んだ声で応えてくれた。

 そうして始まったお茶会。

 ケーキはとても甘かった。

 甘いのは苦手ではない。好きな方だ。

 ところが生クリームは予想以上に分厚くて、一切れ食べるだけでも苦労した。

 彼女も最初こそはおいしいと弾んだ声で言っていたが、しばらくすると口数が減った。

 

 どんなに美味しくても、濃い味の代物が大量にあると飽きてしまう。


「おいしかったね。ジルが用意してくれたお茶も素敵。まるでお貴族様みたいな食事」


 もっとも味なんてどうでもよかった。

 楽しげなクリエと一緒に話をしながらケーキを食べて、それでのんびり過ごした一時は代えがたい。


「でも困っちゃった。ケーキって実はまだまだあって……」

「うーん。腐らせない魔法は装備してないしな」


 もう少し頑張って食べるかな。

 少し飽きはしたけれど、おいしいケーキだしな。


「私もお腹いっぱい。そうだ! 他の皆さんにも分けてあげよう」


 余ったケーキをどうしようと考えていると、彼女がそう提案した。

 他の皆さん……おそらく他の独房にいる人だろう。


 なぜなら、監獄の職員に疎まれている彼女にとって、他にお裾分けできる人は独房の人しかいないから。

 クリエにとって監獄はすべてで、独房の囚人は、かりそめの家族のようなものではないかと感じる。

 きっと彼女には、囚人が抱えている罪は意識の外にあるのだ。

 独房に来てからの、彼女との語らいの中でボクはそう考えた。

 しかし心配にもなる。

 なぜなら監獄にいるのは罪人で……。


 そういえば今の監獄は特殊な状況だったな。

 本来は罪人を収容し更生させる施設。

 だけれど、運営者の神殿が資金難で、無料の奴隷として囚人を使っているらしい。

 なので、暴れそうな人は諸侯に対処を任せて、従順な人間だけを引き受けている。

 あとは諸侯が持て余す人間。

 きっと、ボクはこちらだろう。


「罪人を労働させて、その儲けは折半なんだっけ」


 師匠がそう言っていたのを思い出す。

 クリエはそんな監獄しかしらない。

 監獄以外の世界を見せてあげたい。


「でも、ボクも偉そうな事言えないか……」


 賢者の塔に引きこもっていたボクも同じようなものだ。

 外の状況を知っていても外に出る気はない。


「何か言った?」


 ボクの呟きが彼女に聞こえたようだ。慌てて首を振り「なんでもない」と付け加えた。


「ケーキ、本当においしかったね。それからね」


 クリエが教えてくれる。

 料理長はクリエにもお礼をしたという。

 それは今後に繋がるもの。

 毎日の食事が変わるというのだ。

 パンに加えてスープが付くことになったらしい。


 話の内容から、囚人と同じメニューから、看守を含めた職員と同じメニューに変わるのだろう。


「それは良かった」


 ボクは心の底からクリエの待遇改善を賞賛する。

 それから2人で笑いあったのち、クリエは去って行った。

 パタパタと足音が鳴る。

 いつもとは違う足音。リズミカルなテンポの足音だった。

 スキップをしていたのかもしれない。


「さてと、食事にしよう」


 しばらくして、肉を食べようと思って振り返る。

 そこには、チャドとルルカンがバクバクと肉を食べている姿があった。

 ボクはクリエとの話に熱中していて、それに気づかなかった。


「ボクのだ!」


 すぐさま、チャド達を手で払いのけて肉にありつく。

 向こうも負けじとボクの手をすり抜けて肉に食らいつく。

 おかげでボクは、久しぶりの肉をほとんど食べられなかった。


「まぁいいや。今日のボクは寛大だからな。命拾いしたな」


 綺麗になった皿をみて、二匹を睨む。

 ところがボクの抗議はやつらに通じない。

 ルルカンはゴロリと横になって、チャドはバサバサと採光窓から出て行った。

 なんてやつらだ。


「コイツらはともかく、明日はクリエとどんな話をしようかな」


 鉄扉に背を預け、採光窓をぼんやりと見つめて明日のことを考える。

 なんだかんだといって、お腹はいっぱいで、今日は楽しかった。


 だけどその時のボクは知らなかった。

 彼女と二人で語る日々が……今日で終わりということに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ