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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
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斥候虫(せっこうちゅう)

 一匹いれば村が傾く。

 二匹ならば村が消える。

 五匹いれば街が消える。

 十匹いれば軍を動かせ、領地が傾く。

 斥候虫にはこんな文句がつきまとう。斥候虫が強いわけではない。

 その名前のとおり、斥候虫は斥候のような挙動をしめすのだ。


 スタンピードと呼ばれる現象がある。

 それは、魔物の暴走で、襲われた場所は甚大な被害を出す。

 斥候虫が姿を現す場所では、必ずスタンピードが起こる。

 規模は斥候虫の数に比例する。


 いろいろな説があって、斥候虫が放つ瘴気が理由だというものもある。

 だけど、ボクの師匠は違うと考えていた。

 理由は、瘴気を放つ魔物は他にも存在するから。

 瘴気が原因であれば、瘴気を放つ他の魔物がいたときであってもスタンピードが発生しないとおかしい。

 師匠は、斥候虫がある種の未来予知をしていると考えていた。

 スタンピードの予知をして、そこへあらかじめ出現するというわけだ。


 人間の死肉が好物の斥候虫の習性から、ボクは師匠の考えに賛成している。

 死体が大量に発生する場所を予知して出現する。

 戦争では出現しないのは、兵士が不味いからだろう。魔物は子供の死体を好む傾向が強い。


「キキッ、キキキ」


 飛びながら斥候虫はしきりに鳴いている。奴は相変わらず追いかけてきている。

 カブトムシに似た外見はチャドの目には脅威に映った。

 同調の魔法ごしに見ると、チャドの何倍もの大きさをした斥候虫は、小さな家ほどのサイズに見えた。

 特に、赤に青い斑点をまぶした硬い前羽は、不気味の一言だ。薄い後羽だけがカブトムシに色合いが似ていて、それはバサリバサリと羽ばたく度に音を鳴らした。


「キーキーッ」


 一層高い声で斥候虫が鳴いて、スピードをあげた。

 斥候虫はボクの操るチャドをからかうように動く。

 急に近づいたかと思うと、離れたり、頭上で羽を閉じて落ちてきたり。

 奴は勝ちを確信していた。

 後はどうやってチャドを喰らおうかと、恐怖の上でとどめを刺そうかと、魔物特有の残忍な考えを頭に浮かべているに違いなかった。


「どうでもいいけどな」


 ボクに焦りも恐怖も無かった。

 これは予定通りだから。

 ボクは釣りをしていた。

 奴をおびき寄せて振り回し、手順を踏んで始末するための釣り。


「カァ」


 向こうが縄張りから出て帰りそうだったので、辛そうに鳴いて見せる。

 さらに、距離を取りすぎたので、わざと戻ってみせた。

 そのうえで「カァ」と小声で鳴く。

 斥候虫は最低限の知能を持っている。

 なのでこちらが威嚇すればこちらを凝視し、馬鹿にすれば怒った。


「計算通り」


 二ヤリと笑った自分に気付く。

 ボクと奴の計算ずくの鬼ごっこは延々と続いた。


 舞台は料理長の家から街道へ、さらには監獄の敷地内へと移っていった。

 予定通り、監獄の兵士が騒ぎ出す。

 監獄上空で飛び回る斥候虫を見て、兵士達は奴を倒すべく矢を放った。

 もっとも斥候虫は甘く無い。その外皮は硬く、矢を弾く。

 だから余裕なのだろう。

 奴は兵士の元までいって「キキキ」と鳴いて見せていた。兵士達に無能と言いたげに。

 それから奴は再び向かってくる。

 兵士よりもチャドの方を優先したようだ。


「そろそろいいか」


 ボクは最後の仕上げに入ることにした。


「カァカァ」


 悲鳴とばかりに斥候虫に鳴いて見せた。

 それに奴は反応した。

 薄羽を大きく開き、バサリとはためかせ奴はスピードをあげた。

 チャドと奴の距離はみるみる縮む。遊びは終わりということらしい。

 トドメを刺そうとばかり、奴は両開きの牙をカチカチと動かした。


「問題ない。ゴールだ」


 ボクのつぶやきとほぼ同時に、チャドは独房の採光窓に飛び込む。

 独房の空気が揺れる。ボクは閉じていた目を開けて、採光窓から飛び込んでチャドを歓迎する。


「おかえり」


 そして頑張ったチャドをねぎらう。

 それから続けて飛びこんで来た斥候虫に視線を移す。


「さようなら」


 斥候虫の目がボクをとらえたと同時。


『ズン』


 鈍い音が独房に響いた。

 魔力で強化したボクの手刀が、斥候中の胴体を貫いた音だ。


『ガァン』


 斥候虫が鉄扉にぶち当たって音が鳴る。

 腕を振り回したことで斥候虫はボクの腕からすっぽ抜けて、鉄扉に当たったのだ。

 それで終わり。斥候虫は動かなくなった。


「さてと。これで終わりだといいんだけど……」


 死んで動かなくなった斥候虫をみて考える。

 一匹だけなら問題無い。しかし、もっと多かったら……。

 兵士達も、斥候虫を目撃したから、監獄側も対応するだろう。ボクも付近のパトロールをしよう。まず優先すべきはスタンピードの規模を計るところから始めよう。

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