斥候虫(せっこうちゅう)
一匹いれば村が傾く。
二匹ならば村が消える。
五匹いれば街が消える。
十匹いれば軍を動かせ、領地が傾く。
斥候虫にはこんな文句がつきまとう。斥候虫が強いわけではない。
その名前のとおり、斥候虫は斥候のような挙動をしめすのだ。
スタンピードと呼ばれる現象がある。
それは、魔物の暴走で、襲われた場所は甚大な被害を出す。
斥候虫が姿を現す場所では、必ずスタンピードが起こる。
規模は斥候虫の数に比例する。
いろいろな説があって、斥候虫が放つ瘴気が理由だというものもある。
だけど、ボクの師匠は違うと考えていた。
理由は、瘴気を放つ魔物は他にも存在するから。
瘴気が原因であれば、瘴気を放つ他の魔物がいたときであってもスタンピードが発生しないとおかしい。
師匠は、斥候虫がある種の未来予知をしていると考えていた。
スタンピードの予知をして、そこへあらかじめ出現するというわけだ。
人間の死肉が好物の斥候虫の習性から、ボクは師匠の考えに賛成している。
死体が大量に発生する場所を予知して出現する。
戦争では出現しないのは、兵士が不味いからだろう。魔物は子供の死体を好む傾向が強い。
「キキッ、キキキ」
飛びながら斥候虫はしきりに鳴いている。奴は相変わらず追いかけてきている。
カブトムシに似た外見はチャドの目には脅威に映った。
同調の魔法ごしに見ると、チャドの何倍もの大きさをした斥候虫は、小さな家ほどのサイズに見えた。
特に、赤に青い斑点をまぶした硬い前羽は、不気味の一言だ。薄い後羽だけがカブトムシに色合いが似ていて、それはバサリバサリと羽ばたく度に音を鳴らした。
「キーキーッ」
一層高い声で斥候虫が鳴いて、スピードをあげた。
斥候虫はボクの操るチャドをからかうように動く。
急に近づいたかと思うと、離れたり、頭上で羽を閉じて落ちてきたり。
奴は勝ちを確信していた。
後はどうやってチャドを喰らおうかと、恐怖の上でとどめを刺そうかと、魔物特有の残忍な考えを頭に浮かべているに違いなかった。
「どうでもいいけどな」
ボクに焦りも恐怖も無かった。
これは予定通りだから。
ボクは釣りをしていた。
奴をおびき寄せて振り回し、手順を踏んで始末するための釣り。
「カァ」
向こうが縄張りから出て帰りそうだったので、辛そうに鳴いて見せる。
さらに、距離を取りすぎたので、わざと戻ってみせた。
そのうえで「カァ」と小声で鳴く。
斥候虫は最低限の知能を持っている。
なのでこちらが威嚇すればこちらを凝視し、馬鹿にすれば怒った。
「計算通り」
二ヤリと笑った自分に気付く。
ボクと奴の計算ずくの鬼ごっこは延々と続いた。
舞台は料理長の家から街道へ、さらには監獄の敷地内へと移っていった。
予定通り、監獄の兵士が騒ぎ出す。
監獄上空で飛び回る斥候虫を見て、兵士達は奴を倒すべく矢を放った。
もっとも斥候虫は甘く無い。その外皮は硬く、矢を弾く。
だから余裕なのだろう。
奴は兵士の元までいって「キキキ」と鳴いて見せていた。兵士達に無能と言いたげに。
それから奴は再び向かってくる。
兵士よりもチャドの方を優先したようだ。
「そろそろいいか」
ボクは最後の仕上げに入ることにした。
「カァカァ」
悲鳴とばかりに斥候虫に鳴いて見せた。
それに奴は反応した。
薄羽を大きく開き、バサリとはためかせ奴はスピードをあげた。
チャドと奴の距離はみるみる縮む。遊びは終わりということらしい。
トドメを刺そうとばかり、奴は両開きの牙をカチカチと動かした。
「問題ない。ゴールだ」
ボクのつぶやきとほぼ同時に、チャドは独房の採光窓に飛び込む。
独房の空気が揺れる。ボクは閉じていた目を開けて、採光窓から飛び込んでチャドを歓迎する。
「おかえり」
そして頑張ったチャドをねぎらう。
それから続けて飛びこんで来た斥候虫に視線を移す。
「さようなら」
斥候虫の目がボクをとらえたと同時。
『ズン』
鈍い音が独房に響いた。
魔力で強化したボクの手刀が、斥候中の胴体を貫いた音だ。
『ガァン』
斥候虫が鉄扉にぶち当たって音が鳴る。
腕を振り回したことで斥候虫はボクの腕からすっぽ抜けて、鉄扉に当たったのだ。
それで終わり。斥候虫は動かなくなった。
「さてと。これで終わりだといいんだけど……」
死んで動かなくなった斥候虫をみて考える。
一匹だけなら問題無い。しかし、もっと多かったら……。
兵士達も、斥候虫を目撃したから、監獄側も対応するだろう。ボクも付近のパトロールをしよう。まず優先すべきはスタンピードの規模を計るところから始めよう。




