クリエの相談
「紙とペンの差し入れは、万が一の事があったらと思うと心配です」
鉄扉ごしにクリエが言った。少しだけ辛そうな声音に、申し訳無い気持ちになった。
それにしても昨日のウルグからの依頼は簡単にいかない案件のようだ。
よくよく考えれば、自力では無理だと判断して頼んだわけだし、もっともな話といえばもっともだけれど。
紙はともかく筆記用具は差し入れ禁止らしい。
魔法の力をもつ鉄扉が、火を噴くかもしれない品を差し入れしたくないという。万が一の事があって、ボクが死ぬのが怖いというのが理由だ。
ちなみに、ボクからクリエに渡すものには禁止物はないそうだ。
どんなものをくぐらせても鉄扉は反応しないという。
「気にしないでいいよ」
ボクは努めて陽気に返す。
クリエは悪く無い。というより無理をして欲しくない。彼女には気楽に……そして元気でいて欲しい。
「ひょっとして、ウルグ様からの頼みですか?」
「なんで分かったの?」
「ここに来た時と……あと最近にも頼まれましたんですよ」
最初は正攻法で頼んだのか。それで断られて、ボクを頼った……と。
続けて彼女の語ったエピソードが気になった。
昔は看守が差し入れ時に同行していたらしい。
それは必ずというわけではなくて、投獄して15日間だけという。
この日数から、ローベに襲われ無気力になるまでは看守が見ていたと推測できる。
やはり看守達はこの監獄の特殊性を知っている。
場合によっては、悪神の信徒ということも考えられる。
経験則という理由も考えられるし、そっちの確立が高いか。
「ごめんなさい」
ボクが悪神と監獄について考えているとクリエが言った。
恐る恐るといった口調に、心底申し訳無い気持ちが伝わってくる。ボクのお願いなんて、もっと軽く考えてもいいのに。
とは言っても彼女の律儀さが嬉しい。
「大丈夫。他の対応は考えているから大丈夫」
「さすがジル。すごい!」
対案は、品質の問題とモラルの問題があるけれど、仕方が無い。
差し入れの魔道書から適当なページを切り取って、洗濯の魔法でインクを取り除いて白紙を作ろう。
誰もみていない魔道書だし、監獄から出たあとで埋め合わせするから許して欲しい。
あとはペン。出入り口に記帳台があった。黒猫ルルカンをあやつって、借りてくればいい。
見つけたあとは、空いている独房に採光窓から投げ込んで、実験して……それから渡せば……。
「ジル……もしよければ、お願いがあるの」
ボクが対応を考えているとクリエが消え入りそうな声でいった。
「了解。まかせて」
遠慮しなくてもいいよと、明るい声で答えた。これは芝居ではなくて、本音。なんだかんだ言って、クリエに頼られるのは嬉しい。
「もぅ、まだ何も言ってないよ」
「でも請け負うことは決まっているからね」
「えへっ、ありがとう」
照れたようにクリエが笑い、それからお願いについて語る。頼られるのは嬉しい。
「料理長のお子さんが病気らしいの」
彼女の話はこんな一言から始まった。
心の底から心配しているという気持ちが伝わってくる。彼女がどのような表情で語っているのか見えるようだ。
話によると、監獄の料理長をしている彼の子供は8歳の男の子で、最近は寝込みがちだという。
神官による治癒をうけても、またすぐに体調を崩す状況に、不安でしょうがないそうだ。
そして、急に咳が止まって元気になったクリエに相談があったらしい。
「囚人の誰かに、病気に詳しい奴がいるんだろう? ちょっと聞いてくれねぇか……って頼まれたのです。それで、ジルに……」
彼女はそう話を終える。
そこまで聞いて、疑問が芽生える。
「ちなみに神官は? 何て言っているのか聞いてる?」
「不摂生だと言われたらしいです。治癒するだけ無駄だと」
神官の治癒が甘くて、完治に至らなかったと考えたのだが、そうでは無いようだ。
しかし、普通の神官はムキになって再治療にかかわりそうだけれど、ここの神官は違うらしい。
だけど神官が手を焼く状況。話だけでは対応が出来そうもない。
「少し情報が少ないや。それで、もし、できれば……だけど、クリエが状態を見てくれれば助かるんだ」
そこでクリエに提案することにした。
黒猫ルルカンと、鳥のチャド。同調と支配をかけた二匹の動物と一緒に、彼女が少年のお見舞いに行く事を。
「いいよ。頼んでみるね。ジルが見てくれるなら、私も嬉しい」
クリエの声は弾んでいた。




