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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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のんびりとした時間

 「3体目」


 ボクはつぶやいて、ほどなくして閉じていた目を開けた。

 ひんやりとした現実の風が頬をなでる。瞑想の世界から意識が戻り、視界が外界へと向かう。


 精神世界から帰還したのは、かすかな気配を感じたからだ。

 やがて足音が近づき、「ジル、起きてますか?」と、か細い声がした。


 「もちろん」


 ボクは短く答える。


 「良かった」


 後ろでに銀の長髪を束ねたクリエが籠を両手に抱えて入ってくる。いつものように鉄格子の向こう側に正座し、やがて横座りに崩して、籠を前に差し出した。


 「お昼にはちょっと早い気がするけど」


 ボクが鉄格子際に座ると、クリエは軽い調子でそう言った。

 彼女は布を外し、籠の中を見せる。丸いパイがいくつも並んでいる。


 「これはセリーヌさんが持ってきたお芋で作ったお菓子」

 クリエが扉の方を振り向きながら言う。

 遅れて、玉ねぎ頭の幻獣アルウラネが、お盆にお茶を乗せて入ってきた。


 「サツマイモパイだ」

 「そうそう、サツマイモだったね。ありがとう、あーちゃん」

 クリエはトレイを受け取り、白い蓋付きの壺と小さなコップをそっと置いた。

 カタカタと蓋が揺れ、ほのかな香りが漂う。


 「お茶だね」

 「ええ、少し濃いめに入れてもらったの。沢山のお茶の欠片をつかって」


 贅沢だと笑うと、クリエも笑顔で応えた。

 ほんの数ヶ月前まで食べ物にも困っていたのに、今では少し贅沢ができる。

 このお茶も、ソレル領に自生する木の根を刻んで煮詰めた特産だ。

 普段は薄めにしてもらうけれど、今日はパイが甘いから苦めにしてくれたらしい。


 「とっても合うのよ」

 クリエが笑いながら、壺の蓋を取ってお茶を注ぐ。

 濃い色の液体が湯気を立てた。

 同じお茶でも、薄ければ緑色、濃ければ茶色になる。不思議なものだ。


 「何だっけ? このお茶の名前」


 ソレル領でよく飲むお酒だけれど、名前が出てこない。

 クリエが好きなお茶なんだよな、これ。

 首をかしげるボクに、アルウラネが鉄格子をすりぬけ近寄り見上げてきた。


 「おしえてやろうぞ。トウトウ茶だ」

 「そうそう、それ」


 最近は新しいものが増えて、頭の中でごっちゃになっている。

 お茶の名前も3日前に聞いたばかりだったのに。

 そんなボクに、ビカロは「年寄りか」と笑い、セリーヌは「お酒、飲みすぎなんじゃない?」と冷やかす。

 アルウラネまで「賢者なのに物を知らぬやつだ」と言う始末だ。


 気にはしていない。けれど、三日前に言われた「年寄り」という言葉だけは、少し癪に障る。

 ボクはビカロより若いのに。あいつだってお茶の名前を忘れていたくせに。

 そんなことを思い出していたら、クリエがくすっと笑った。


 「結構みんな忘れちゃうのよね。だからいつもリーリに聞いちゃうの」

 「それで、ジルは何をしていたの? 瞑想?」

 「瞑想、その前は……」

 「その前は?」

 「チャドの目を使って周囲の探索。さっき作りかけの大きな建物をみてびっくりしたよ」

 「あれ、神殿なんですって。葬送士の方がリーリに頼んで、建てることになったみたい」

 「へえ。どうやって作っているんだろう。昨日まで無かったよね、たしか」

 「不思議よね、瓦礫を集めて組み立ててるらしいんだけど」


 きっといろいろな人が知恵を出し合って、なんとか早く神殿を作ろうとした結果なのだろう。葬送士はソレル領で人気がある。荒れた時期に無償で治療や水を分けてくれた人だ。

 町の人が感謝していて、きっとその人望が復興を後押ししているのだろう。


 「でも、それもジルたちの活躍があったからだよ」


 クリエが笑って言う。

 確かに、いろんなことが動いた。


 セリーヌ姉さんの力による食料の確保。

 竜騎士たちによる、逃げた人々の説得。

 アンバーとクィントスは森に入り、避難者を街へ案内してくれている。

 焼け野原だった街が、少しずつ息を吹き返していく。

 だが、森や洞窟には魔物もいる。領地が荒れると、悪人が増えるものだ。


 「ボクたちはきっかけに過ぎない。皆の力だよ。やっぱり」


 照れ隠しにパイをかじった。

 サクッとした音とともに、甘い香りが広がる。黄色い中身はほくほくしていて、バターの匂いがする。

 お茶をひと口。苦味が甘さを引き締めて、絶妙だ。


 「本当だ、よく合う」

 「よかった」


 クリエが手を小さく叩いて喜んだ。


 「こうしてると、昔のことを思い出すよね」


 ウエルバ監獄の頃も、こんなふうに話したことがよくあった。

 忙しい日々が続いていたから、こんなにのんびり過ごすのは久しぶりだ。


 「監獄の時は鉄の扉があったね」

 「そうね。ちょうどこの辺りに懐かしいわ」

 クリエがほんの少し天井をみあげ、そっと鉄格子に触れる。

 今の格子は細く形ばかりのものだ。ボクが本気を出せば、簡単に曲げて出られる。

 これはただの“区切り”であって、牢ではない。


 「椅子に座ってもいいんだよ」


 ボクは背後の椅子を示す。


 「だって、あれに座るとジルが立っちゃうじゃん」

 「じゃあ、リーリに頼んで新しい椅子をもらおうか」

 「それもいいかもね」


 床は整えられた絨毯で、座っても心地いい。

 ボクは三つ目のパイを口に運んだ。サクサクして、つい手が伸びる。


 「おかわりする?」

 「でも、物資が少ないしね。いや、それより晩御飯が入らなくなる」

 「そうかも」


 二人で笑い合う。まだ復興の途中だ。食料は貴重だし、使いすぎは禁物だ。


 「そういえば、ロアドはどうしてるんだろう?」

 「湖の町に行ったきりで、まだ時間がかかるって」

 「そうなんだ」


 ボクは窓の外、ロアドの向かった方角を見た。

 湖の町、揚げ物の賢者ロアドが商交渉に向かった先だ。

 チャドを飛ばして様子を見ることもできるが、往復に二日はかかる。

 今はゴーレム探しをしている最中だし、復興状況も気になる。無理はできない。

 そういえば、ゴーレムのことを誰にも言っていないな。


 「最近、森でアンバーたちが見かけたっていうゴーレムを探してたんだ」

 「危なくないの?」

 「まあ、ボクはここにいるし」


 そこで一呼吸おいて、笑みを浮かべる。


 「遠隔でゴーレムを支配できたんだ。つまり、今、三体のゴーレムを――」

 ボクは指を三本立てた。「――所有してるってわけ」

 クリエは目を丸くしたあと、柔らかく笑う。


 「なんだか、すごいことなのね」


 彼女にはゴーレムという存在が実感できていないのだろう。

 巨石の魔導生物。その迫力は、見なければ分からない。


 「一体、ここに呼んでみようかな。扱いにも慣れてきたし、リーリに相談してみよう」

 「だったら、リーリ呼んでくるね」


 クリエが中腰になったが、ボクは手で制した。


 「急がなくていいよ。パイの続きを食べよう」

 「そうだね。ちょっとせっかちだったかも」

 クリエが笑う。

 その時だった。

 外の空で風が鳴り、飛竜に乗ったリーリが塔の窓辺に現れた。

 彼女は軽やかに飛び降り、部屋に入ってくる。

 小柄な彼女はピョンと飛竜の背から飛び降りて、窓をくぐる。


 「ちょうどよかった。リーリに相談が……」


 満面の笑みを浮かべたリーリがボクの言葉に「お客さんだ」とかぶせた。


 「お客さん?」

 「姉妹で賢者ということだ」


 姉妹の賢者。その名を思い浮かべ、ボクは一瞬だけ黙った。

 ――まさか、あの二人が?

 首をかしげるボクに、クリエが笑みを浮かべて立ち上がる。


 「きっと心配だったんですよ」


 パイの籠を片手に、彼女はテーブルへと歩いていった。

 テーブルにパイをおきつつ背伸びして窓から外を見る。


 「一人、寝てるようだけど……病人?」


 窓の外を見下ろしたクリエが振り向いて言った。

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