プロローグ(少女の視点)
「カハ、カハッ」
乾いた咳が止まらない。
暗い牢獄に、私の咳と、台車の車輪が床を叩く音がひびく。
幼き頃、がんばっていれば報われると聞いた。あれはどのくらい昔だろうか。
何かを信じるとすれば、その言葉。
「いつかはきっと救われる」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
良い未来を信じていたが無理なのかもしれない。
それどころか悪化している。私の体調だけではない、この監獄の全てが悪い方へと向かっている。
もしかしたら世の中全部が悪くなっているのかもしれない。
ずいぶんと昔、囚人の言った「希望は毒」という言葉が頭に浮かぶ。
「おい、牢を掃除しておけ」
台車を引く私に、兵士の一人が鍵を投げた。
鍵のマークは最奥の部屋を示していた。一番質素で、たまに悲鳴が聞こえる部屋だ。
きっと新しい人が入るのだろう。
大きな鍵を使い、分厚い鉄の扉を開ける。
部屋は静かだった。天井近くの採光窓から差し込む光が、苔で滑る床を照らす。
そこには干からびた死体もあった。
それはまるで未来の私に見えて、涙が出た。
頬につたう涙を無視して、乾いた死体を、いつもは囚人の食べ物を運ぶ台車に乗せる。
それは酷く軽くて、酷くもろい死体だった。
今度ここに入る人はどのような人なのだろう。
その人は、今の私のように涙を流すのだろうか。
「カハッ。カハカハ」
再び咳が出て、私は現実に戻された。
物思いに耽る暇さえないようだ。
すっかり片付いてがらんとした部屋を後に、私は台車を押して帰ることにした。