トラウマと気出魔族
「吸血鬼って言った?」
そんな声が街の方からして、門番の騎士と僕はそっちのほうに目を向ける。
「どうしたんですか?外は夜で、魔物もいますので危ないですよ?戻ってください。」
門番が危険を伝えて戻るように伝えるが、その人には聞こえてないようだ。
「ふーん?」
街から出てきたのは女の人だ。すこしやつれていて、貧しそうな雰囲気が服などからも分かる。
僕のことを、目を、ちょっと見えてる八重歯を、見て確信したように言う。
「本当に吸血鬼じゃん。」
その瞬間、僕は急激な寒気を覚えた。段々と、その女の人は抑えきれなくなったように表情が変わっていく。
「私がなんでやつれてるかわかる?」
「それは、お前らの所為だよ…吸血鬼!」
激昂は、僕単体に向けられる。自分はその氷よりも冷たい視線に恐怖を覚え、足が竦んでしまう。一瞬にして死を覚悟するほどの空気になり、耐えられなくて逃げ出したい気持ちになる。でも足が竦んでいて何もできない。
「お前らの所為で私の夫は!子供は!無残な姿になったのよ!」
「だから私は癒やしもなく一人で仕事をしないといけない!」
「私のこの復讐心と、この何か足りない虚無なんかあなたには分からない!」
「…吸血鬼なんかいなくなればいい。死ねばいいのよ。」
明確な殺意を向けられて、驚愕と共に逃げないと!という気持ちが溢れる。
よく見ると、復讐に燃える彼女の手には一つのナイフが握られていた。
「いつ吸血鬼が現れてもいいように持っててよかったわ。」
「は、良い様じゃねえか吸血鬼さんよぉ。」
「人生を台無しにした奴なんか許せねぇよなー。」
いつの間にか門番は武器を手に持ち、僕の後ろに回り込んだ。逃げても殺せるようにだろう。見逃すと言ったのは嘘だった。酷い手のひら返しによって裏切られた。
「…ゎ…っ…」
私は何も知らないし、そんなことやってない。そんな言葉も恐怖で発することが出来なくなっている。
呂律も回らないし、足も動かない。動かそうと何度も何度も試しているのに。
「絶 対 に 殺 し て や る !」
「ひゃっ!」
大振りの袈裟斬りをされる。普通なら簡単に避けれる様な振りかぶりを見せていたが、さっきまで動けなかった自分をどうにか動かすのに必死であったうえに、恐怖で震えていた足は傷を負ってしまった。それで尻餅をついて、彼女の目を見る。その目は憎悪と憤怒と殺意の目をしていて、世界が終わるような気がした。周りの騎士もそれと似たような目をしている。
「あっ…あ…う…い……いやあああああああああああああああああああああああああ!」
「!?なんだこれは!」
「俺も何が起きているかわからない。」
「っ!」
自分の周りに黒い霧が発生して、自分を守ってくれるように囲った。そしてそのまま周りに多大なる風圧をかけながら消滅する。
「ふ、吹き飛ばされた?」
「痛ってー。」
「何が起こったのよ…。」
そこには、何が起こったのか分からなくて呆然としている三人だけが残された。
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気づくと自分が出現した場所に来ていた。真っ暗で心地よい明るさの場所。この場所に安堵する時が来るとは思っていなかった。
「転生までしたのにまたこんな地獄を見るなんて、この世界だったら人間もなにか違うかと思ったのに。」
人間に対する恐怖が増しただけだった。
「…とても…疲れた。」
さっきのあれが体力を多く使ったのかそのまま寝てしまった。
***
「……て……だい……ぶ?…」
何か聞こえる。誰かの声?こんなところに来るなんて物好きな奴もいるもんだ。
「お……て」
「起きて!」
「わ!な、何?」
目を開けると目の前に誰かの顔がある。吃驚して叫んでしまった。
「わ!こっちが驚いたよ。」
「あ、ご、ごめん。」
「別にいいよ。ちょっと近すぎたもんね。」
なにこの子。白いフリフリした服を着ていて、銀髪を腰くらいまで伸ばしている。どこかのお嬢様の様な相貌だし、美人だ。
「それよりこんなところで寝てるなんてどうかしてるよ。あなた、怪我してたし、私みたいな頭おかしい人が来るような場所なのに。」
「僕に何か?」
「…そこまで警戒しなくていいでしょ。寝てるところを襲ってもないわけだし。なんなら応急措置してあげたくらいなのに。」
怪我?あぁ、あれか、あれ結構深かった気がするけど…包帯が巻かれている。ありがたいね。
「ま、いいわ。何があったか知らないけど、私は、氷魔人のシアナよ。あなたは?」
…僕、この世界での名前なんて無いんだけど。流石に月明柚輝と言う訳にはいかないし。どうしよう。
「え?えっと僕は…」
「うん。」
そんな期待の眼差しでこっちを見ないでください。ただの名前でしょ。
「えっと…ムイラ。吸血鬼のムイラだよ。」
月のムーンと、輝きのシャイン、と明かりのライトを1文字ずつ引っ張って来た。柚の英語名なんて知らない。
「ムイラね。よく名づけたものね。」
「え?」
「そりゃ、こんなところにいるなんて気出魔族だと考える方が妥当でしょ?それだったら名前なんて普通持ってないはずだから。だって名付ける親すらいないでしょ?」
「なるほど?でも気出魔族って何?」
「知らないの?はぁ、まぁ簡単に言うと、ここみたいに気質が濃いところで出現する魔族のことよ。」
「じゃあ僕も気出魔族ってことか。」
なるほどですね。シアナさんは陽キャか。自己紹介まで知らないうちにやっていたし、しかも何故かすごく親しみやすくて普通に喋れてしまった。
少しの沈黙が流れてから、シアナさんが口を開く。
「あのさ…人間。どう思う?」
「え?え、っと、ど…どうって聞かれても。」
急にトラウマの原因のことをどう思うか聞かれてどもってしまった。
「ま、そうだよね。急に聞かれても困るよね。」
そう呟いてからシアナさんは、ゆっくり話し始める。
「こっちの話なんだけどさ、私は人間からしたら殺してでも退けたい邪魔なやつなんだって。私の家みたいな感じの領地があるんだけど、ちゃんと看板とかも立ててここから先は私有地だよって示したのに人間は材料を求めてすぐ入ってくる。プライベートの時間を潰されて嫌になるからすぐ追い返してるんだけど、何回も来るし、庭の花とか全部持って行こうとしたりしてうざすぎたから一人だけ殺しちゃったの。」
「そしたら知らないうちに私を殺すのが目当てで来るやつが出て来てさ。相当強くて、私の家は無くなっちゃったし、散々な目にあったの。だから私は人間のことは嫌い。」
そう言って治りきってない怪我を見せてくれた。顔とかは綺麗なのに体のいたるところに痛々しい傷が付いていた。美しい薔薇のようだった。綺麗な花とは裏腹に、茎には痛い棘があるという、そんなもののように感じた。
「だ、大丈夫なの?」
「ふふ、心配なんていらないわ。これでも私は気出魔族。普通の魔族よりは強い自信があるわ。」
「シアナさんも気出魔族なんだ。えっと、気出魔族って普通の魔族よりも強いの?」
「気出魔族が最初に持つ知識にもそのことは備わってるはずだけど…まぁいいわ、えっとその認識で合ってる。氷魔人と炎魔人だけは必ず気出魔族ってことも言っておくね。」
そうなのか。こんな、人間を怖がって逃げて来た僕が普通の魔族よりは強いんだ。
「ムイラにもなんかあったんでしょ?顔を見ればわかるわ。人間の話を仕掛けた時に酷く反応したし。」
そんなにわかりやすい顔してたかなー?
「…うんあったよ。そりゃもう色んなことがね。シアナさんは、なんか話しやすいし、話すよ。あと最初の質問に答えると、僕は人間が怖いよ。」
「怖い?吸血鬼なのに?」
「うん。」
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そして街での話と、前世の話も、神様の話もした。さすがに元男だとは言っていないが。シアナさんはなるほどといった表情で聞いていた。
「だから知識がなかったんだ。」
「うん、まぁそんなところ。」
「それにしてもルイス様と話すなんてね。ルイス様は私たち魔族が信仰する神様だからそのことは黙っといたほうがいいよ。変に目立ったりしても嫌でしょ?」
「そうなんだ。確かに目立つのはやだし、わかった。」
シアナさんと色々話したらだいぶ時間が経っていて、深夜だったのに朝日が昇ってきていた。それほど時間が経っているので、さすがに疲れてしまった。
「あれ、ムイラはもう眠いの?」
「うん……」
「ふふ、おやすみ。」
その声を聞いてそのまま眠ってしまった。ローブのフードを脱いで倒れるように眠る。僕は短期間で何度眠っているんだろう。
「ムイラ、そんな婀娜っぽく着崩しちゃダメでしょ。」
そうシアナが呟くと、シアナはムイラの着崩れていたローブをしっかり着せて、これでよしと言わんばかりの表情を浮かべると、そのままムイラの隣に寝そべって眠った。自分では気づいてなかったようだが、シアナも眠たかったみたいだった。
微百合…?