新しい世界
暗い。でも丁度良い光量にも感じる。
ここは一体どこなのだろうか。
取り敢えず探索をすることが一番最善に思われて、辺りを見渡す。
暗いことで分かるが、屋内であり、腐食した木製家具…?腐りすぎていてよくわからない。ただ気持ち悪い。さらに壁にこびりついている妖しい植物、さらに澱んだ空気。このことから、ここは廃墟の中だと推測する。
あの神様、どんなところに生み出してくれるんだ。まぁ転生と言えども、赤ちゃんスタートでないことに嬉しさと安堵を覚える。
そこで床に落ちていたものに目が行く。鏡、それも手鏡のようだ。それで今世の自分の姿を見ようと、鏡を自分に向ける。
「っ!?」
鏡に自分は映らなかった。不可思議な現象に頭を抱えていると脳内に神様の声が響く。
(あ、鏡で自分の姿でも見ようとしたのか?映らなくて吃驚してるんだな。すまないけどお前は鏡に映らない種族なんだ。ま、お前と同じように普通の鏡に映ることが出来ない種族は多いし、そいつらのために作られた特殊な鏡は普通に有るし、出回ってるんだ。今回は特別にそこに出現させてやるよ。オイラに感謝しろよー。)
すると、目の前に豪奢な鏡が出現する。流石は神様、これくらいは造作もないみたいだ。神様という存在に感銘を受けながら先程言われたことについて考える。
鏡に映れない種族とはなんなのだろうか。しかしこの世界、如何にも魔法とかありそうな雰囲気を醸し出している。先程の話でなんとなく種族が多そうだともわかるし、廃墟とか、豪華な手鏡。それらがファンタジーを彷彿させるからだろう。前世ではありえないことが沢山起きそうで期待もあるが、不安も募る。
そんな不安を余所目に、手鏡を持つ。漸く自分と対面だ(?)
「え?…ぁ…」
吃驚を通りこして、思考放棄してしまう。
「嘘でしょ?」
声は完全に自分の元の声とは違う。
「えええ?どうすればいい?あ?あ?うん?え?あああ?はぁ?」
肩まで伸ばしてある、少しふわっとしている黒髪。それにただの美少女の顔面。
それに赤い目と八重歯、色白な肌。今着ている服はローブのようなものだ。それも黒と赤を基調として赤と補色関係の緑の装飾がちらほらとあるすこし豪華なぐらいであまり目立たないようなもの。
「赤い目に八重歯と、こんなところで生まれたとなると、僕は吸血鬼か。それにしてもこの声、慣れないな。いや、この身体全身に慣れない。」
それもそのはず。なんせ
「性別が変わっているなんて、思いもしないよ。どおりでなんか変だったんだ。」
現在地の把握や、周りの妖しげな雰囲気に気を取られていて、自分のことに全く気づかなかった。
「取り敢えず、気味が悪いからこんなところは早くおさらばだ。」
手鏡はローブのポケットにしまっておいて、辺りを見渡す。
ここはどこかの一室のようになっていて、扉…があったはずであろう場所を抜けると、完全にぶっ壊れている廃墟をしっかり感じることができる。そのうえで差し込んでくる太陽光に自分はなんとなく畏怖を感じて、すぐに日陰になってるところに向かった。
「太陽光ですぐ死ぬわけではなくてよかった。でも、体も頭も太陽を畏怖してるみたいな感覚。本当に吸血鬼なんだなー自分。」
たまに見える自分の髪に少し気を取られながら、周りを見るが、日陰の場所が少なすぎる。どこもかしこも木漏れ日みたいに日が差してくる。仕方なくその場で座り込んだら、冷たい床と壁が想像以上に心地よくて…
「冷たくて、気持ちいぃ…」
その場で眠ってしまった。
* * * *
「にゅ?」
間抜けな声をだしながら目を開ける。外は真夜中の様だ。満月の夜で、その月光はいつもよりも明るく見えた。一応ここも地球みたいな感じなのだろうか。月と太陽があるみたいだし。
そう考えながら廃墟を出て、辺りを無作為に歩き回る。見渡す限りの草原、反対側は森。草原方面を歩いていく。
そこで自分の服を改めて見る。自分のローブは、ワンピースの様に上下一体型(?)だ。元男だから女物の服とか詳しくは知らない。ただ、少し心細い感じはする。靴は、黒色で可愛げのある印象を受ける。派手な装飾とかは無くて、シンプルなもの。
それで可愛さを表現できてるから、プロのデザイナーの技量が伺える。
そこ気にするんだってなるかもしれないけど。
…芸術的なものは一人で楽しめるものだから多少は嗜んでいた。そうしていたらいつしか、こういう考え方をするようになってしまった。イラストを見て、補色がしっかり考えられているだとか、音楽ではこのハイハットの音が気持ちいいだとか。
そんな思考を巡らせながら歩き回って、足が疲れそうだったので草のところで寝そべってしまおうと考え、仰向けになり空を見る。
「月が綺麗だなー。」
「あ、いや、別に好きって意味とかじゃなくて。って誰に言ってるんだ?はは。」
そんな阿保みたいな独り言を喋り散らかしていると、知らず知らずのうちに小動物がすり寄ってきていた。
「かわいい。」
もふもふしていて触り心地がいい。僕は小動物を見ると思考力が著しく低下してしまう。それは傍から見たら、ただの可愛い女の子が小動物と戯れている凄く微笑ましい光景なのだが、そんなことは全く考えずにいる。
「は〜かわいい。最高の癒しだわ。」
人間と関わることが苦手だったから動物はすごく好きだった。猫とハムスターは、特に好きだった。この動物はハムスターのような小さくて可愛い生物だ。三匹が僕に寄り添ってくる。ほんとにかわいい。
そうして、数分動物と戯れていると、急にこのまんま過ごしてていいのか?とそんな疑問が自分の脳裏をよぎる。これはリラックスすると、ふと思いつく謎の効果か。
「…ここにずっといてもいいけど、流石に家とか、知識とか欲しいし、まずは街を見つけた方がいいかなー。」
常識も何もこの世界では知らない。自分を守る術も知らない。でもこの世界は前世の世界より脅威が沢山ありそうだ。自分を守ることぐらいは出来るようにしたい。その知識を得るためのものも必要だ。いろいろやることが多そうだ。そう思い、立ち上がる。まぁちょっとこういうことを考えるのは早いかもとは思ったけど。でも立ち上がったからにはちゃんとやろう。
「バイバイ。またね。えーっと小動物ちゃん?」
そういうと、かわいい鳴き声をだして、三匹は解散していった。言葉が理解できるのか。凄いなー
* * * *
軽く走って街を探してみようと、少し足に力を入れて地面を蹴ると、予想を大きく上回るスピードが出てしまった。
「わわわわ!」
しっかり足でブレーキの役割をしたら急速に止まった。これは吸血鬼の力なのか?
「やっぱこの体、慣れない。」
少々呆れた様に愚痴を吐く。
ただ、少しくらいは練習する価値はありそうだ。逃げるが勝ちみたいなところあるし。
そんな考えをして、この体で軽く走ることくらいは出来るようにしようと何度かこれを繰り返した。少々怖さがあったがそれもやっていく内に消え失せて、走って止まってを繰り返す。そうして大分慣れてきた時、視界に街らしきものが現れる。
「見つけた。」
すぐ街の方向に向かう。見えてきたのは結界のようなもの。もう少し近くまで行って見てみると、所々に検問所みたいなのがあって、そこに人間が蔓延っている。言い方がちょっと悪いか。検問所みたいなところで人間が門番をしている。これでいいか。
門番のいるところをよく見てみると分かったが、中から出てくる分には何もなさそうで、外から入る時にちょっと面倒くさそうだ。外に出ようとする人間はなにも行われず外に出れて、入ってくる人間にはなにか門番と話してから入っている。
先程気づいたが、なんか五感が鋭くなっている気がする。これも吸血鬼の力か?見ようと思えば遠くのものでもよく見える。まぁその分スコープで見ているみたいで周りが見えないんだけど。それに聞こうと思えば遠くの物事のことも聞こえる。これもまたそれ以外の音を遮断しているようなもので、もし不意打ちされたらと思うと怖いが。
「街に入るためには、あそこでどうにか言い訳しないと。」
街に入るにはあの検問所を抜けないといけない。自分の見た目は、多分13歳程度の少女。それが真夜中に一人でいるなんて怪しすぎる。
「気づいたら外にいて、自分が何者かもわからない。とかで行けるか?」
「まぁ、やってみるしかないか。」
らしくもなく行動力を発揮して、門番の前に向かう。すると、酷くしかめっ面をして、執拗にこちらを見てくる。
「おい、そこの嬢ちゃん。親は居ないのか?どうしたんだよ、こんな夜中に。」
「こんなとこに一人なんて危なっかしいったらありゃしない。何があったんだ?」
門番は二人。社交的に話す相手に自分は戸惑いながらも、口を動かす。
「え、えっと…信じてもらえないと思うけど、気づいたら外にいて…その、自分が誰かもわからないの。」
我ながら結構良い感じに決まったと、心の中で少し自慢げにしていると、門番が言う。
「そりゃ困ったなー。入れてあげたいのは山々だが、誰かもわからんやつを街に入れる訳にはいかねえからな。というかどこから来たんだ?」
「え?えっと、目が覚めたら、木の下にいて、よくわからないまま歩いてきたのでよくわからないです。」
予期していない質問にどうにか対応する。流石に廃墟で目が覚めたと言うと魔物とかと関連付けられそうだったので、それは避けた。
「木なんてここら辺じゃ森にしかないから、森か。でもそれじゃ魔物とか魔族に襲われてないのもおかしいな。」
「森周辺ならまだ木はあるし、魔物とかも弱いものしかいなかった筈だ。そこで目覚めたってことじゃないのか?」
「あー、それならあり得るか。森だったら森としっかり言うはずだもんな。」
そんな小声の会話も全部聞き取れてしまったが、少し危なかったようだ。というか入れる訳にはいかないならどうしようもないが。
「うーん、上に報告してみるか?流石に俺たち一般騎士の一存で勝手に決められる問題じゃないからな。」
取り敢えず門番は突破できそうだが、流石にそう簡単にはいかない。お偉いさんを呼ばれたからそいつをどうにかしないといけなさそうだ。
でも、なんだろうか。この謎のむずがゆさは。
「取り敢えず上に報告かー。こんなことで呼ぶなとか言われるかなー、こえーよ。」
「はぁ、まぁ仕方ないさ、こいつのためだ…って…ん?」
門番の一人がこちらを見る。何かに気づいたようだった。まさかバレた?いや、大丈夫なはず。そう、大丈夫なはずだ。
「お前の赤眼、異様に光ってるな。」
「どうしたんすか?え?目が光ってるって?…そうだな、これはこれは。」
やばい。絶対やばい。大丈夫だって思われていた筈なのに、完全に怪しまれている。
「ちょっと口開けてみろ。」
ここで拒否したり、逃げたりしたら、即殺される気配がして言われた通りに口を開けるしかなかった。
「…やはり、立派な八重歯だなぁ。吸血鬼さん。」
「あー。」
あー。しか言えない。終わったかもしれない。ただ、すぐ殺される感じはしなくて、見逃されるのかもしれない。これは人間も捨てたもんじゃないな。
「ま、偽って街に入ろうとしたことはちゃんと吸血鬼であることを白状したような行動で、チャラにしてやるよ。ただ、もう来るな。お前が俺たちを襲うつもりが無いのは、お前の雰囲気でわかる。それに、気が付いたらそこにいた発言から、あれか。なんだっけ?」
「気出魔族のことか。あいつらは結構強いからな、すぐにでも殺したほうが良いんだが。」
怖い。
「しかし、こんな弱そうな吸血鬼は初めてだな。」
「ま、さっさと行け。吸血鬼なんてよく知らねえし。逃がしてくれるだけありがたく思え。」
その声には威圧感があったが、逃がしてくれるみたいで本当に助かった。きっとこれはまたここに来たら次は容赦なく殺すということなのだろう。頭の中にそれを焼き付けていた最中、街の方から声が聞こえた。
「…吸血鬼って言った?」
補足
気出魔族とは、気質が異様に濃い場所で生まれる、というより出現する魔族のことを言う。普通、気出魔族は多少の知識を持ってから生まれて、一人で活動する。例として、太陽が当たらない場所で闇の気が多く集まってる場所では、吸血鬼が出現する。他にも、寒い気質が集まる場所では氷魔人が、熱い気質では炎魔人が出現する。氷魔人や、炎魔人の話はまた。