タキの春 【02 ヒューマンドラマ】
「アレがでかいのは最初は驚いたけど、今じゃ日本の男のじゃ、ちょっと物足りないねえ」
店に出る前に化粧をしながら、女たちはそんなことを言いながら笑い合っている。平和な日常に、タキも笑顔を浮かべるようになっていた。
そんなタキの前に、一人のアメリカ人が現れた。外国人の中でもとびきり体の大きなケビンという男は、貿易で大きな成功を収めていた男だった。
金髪で青い目をしているが、その目は柴犬のように黒目がちで優しかった。
ケビンはなぜか器量のよくないタキのことを気に入り、何度も店に通ってきた。
タキは最初はケビンを受け入れるのに必死だったが、そのうちケビンの訪問が待ち遠しくなっていった。
多くの妓楼の多くの遊女がそうであったように、タキも妻帯者である外国人の客に本気で恋をした。
客を好きになったのは初めてだった。
ケビンは真面目な男で財力があったため、タキを早々に水揚げした。
ケビンに買ってもらった小さな家に暮らしながら、タキはケビンが仕事で横浜を訪れるのを待つ日々を送るようになる。
「うまくやったねえ、タキちゃん。こんな家まで買ってもらって」
タキが出した茶で買ってきた饅頭を流し込みながらカネが言う。
同じ妓楼で働いていたカネは、タキと同じように外国人の客に借金を払ってもらい店を出たが、カネを水揚げした客はしばらくしてカネを離れ、他の遊女に夢中になった。
港崎遊郭の最大の妓楼、岩亀楼の花魁に惚れたのだ。
「馬鹿だねえ。ケツの毛までむしり取られるよ。あんな花魁に本気になって」
男に去られたばかりの頃、カネはそんなことを言って男をなじっていが、すぐにそれもしなくなった。
そして、本牧にある外国人遊歩道に立って客をひくようになった。
カネのような女たちは、曖昧屋、もぐり屋などと呼ばれた。
とびきりの美人ではなかったが、カネは賢く強い女だった。自分にないものを持つカネをタキは慕い、年嵩のカネはタキを妹のようにかわいがった。
「ケビンさんにはほんとに感謝してます」
そう言ってほほ笑むタキを見て、カネは苦笑いした。
「タキちゃんは、ほんとに心がキレイだね。そんな女に、あんな商売をさせるんだから、ほんとにひどい親だ」
「仕方ないですよ。貧しいのは誰のせいでもありゃしません」
「そうかもしれないけど、じゃあ、私たちは誰を恨んだらいいんだい?」
「それは・・・わかりませんけど・・・男の人、ですかねえ」
「男? だったらケビンも悪人かい?」
「いえ、あの人は私にとって神様みたいなものです」
「神様かい!」
カネが大声をあげて笑った。
タキはおかしなことを言ってしまったと思い、耳まで真っ赤になる。
「ごめん、ごめん。確かにあの人はあんたにとっちゃ神様だ。私もそんな男に出会いたいよ、まったく」
カネはそう言って、湯飲みに残っていた茶を一気にぐいと飲み干した。
タキはカネにもケビンのような客が現れたらいいのにと思いながら、急須に湯をとるために立ち上がった。