タキの春 【01 ヒューマンドラマ】
どうせ貧しく生まれるなら、せめて美しく生まれたかった。
ツルはそう思いながら暮らしていた。生家は八歳で追い出された。遊郭に売られたのだ。
器量の悪いツルは下働きを経て、局見世で客をとる最下級の女郎になった。
汚らしい男たちに安い金で休みもなく抱かれ続けながら、ツルはいつしか自分の運命を呪うこともなくなっていった。
若さという唯一の取り柄さえすっかり失ってしまった二十五歳の秋、ツルは横浜に売り飛ばされる。
横浜に大きな遊郭ができたからだった。
海にほど近い港崎遊郭は外国人の客を相手にしなければならないということで、遊女たちに敬遠され、人が集まらなかった。
だからツルのような器量の悪い女でも、局見世ではなく妓楼で働けることになった。
ツルはそれだけでうれしかった。毛深く大きな体の外国人に抱かれることを想像すると足が震えたが、貧しく卑しい男たちに好き勝手に体を弄ばれる日々に戻りたいとも思わなかった。
ツルは新たな妓楼、玉川楼では、タキと名のった。借金は消えないのはわかっていたが、せめて名は捨てたかった。
安い女郎として奴隷のように働いていたタキにとって、玉川楼での生活はとても快適だった。
客である外国人たちは、皆、タキたち女を丁寧に扱ってくれた。飯も食わせてくれたし、酒も勧めてくる。そんな客を相手にするのは初めてだった。
寝る前に食事や会話を楽しむ。タキは自分が花魁になったかのように錯覚し、うっとりと酔った。
仲間の女たちは、そんな外国人客らを「ジェントルマン」と呼び、笑顔を作ってしなだれかかったが、タキはそこまでは染まりきることはできなかった。
しかし、苦しかった時代には絶対に戻りたくないと思うようになった。