お金物語 【03 ファンタジー】
生まれて、何年が過ぎ、何人の人の手を渡ったのだろう。いったいどれだけの出会いと別れを繰り返してきたのだろう。
僕もさすがに疲れてきた。
どんな人に出会っても、もう見慣れたもののような気がして(実際に見慣れた景色の繰り返しなのだ)、心が揺れることも熱くなることもない。
そんな日々を送っていたら、あの人に出会ったんだ。
「優生、おまえいくつになった?」
「なんだよ、じいちゃん。もうボケたの? 孫の年を忘れるなんて」
「孫も五人もいるんだ。全員の年を正確に覚えちゃいないさ。二十二だっけ?」
「二十一です、ひどいなー」
二人は笑い合っている。仲の良い孫と老人。
都心には珍しい大きな大きな一軒家の中の豊かな風景だ。
格差という言葉を一番実感しているのは僕たちかもしれない。
老人が大きなリビングを横切り、サイドテーブルの中にあった財布に手を伸ばす。
そして、黒い地味な、でもこの上もなく上質な動物の皮でできている財布から、僕はいつものように取り出された。
いつものことだ。
でも、驚いた。とてもとても。
その老人の手の平の真ん中には、大きな、黒い黒子があったからだ。
「おっ、こずかい? ありがと。ラッキー」
青年は老人へと手を伸ばす。老人は手をひいた。
そして、青年に問うた。
「この一万で、お前は何をする?」
「え?」
「できるだけ有効に使うとしたら?」
「有効に?」
「俺が納得いく使い方を言えたら、これはおこずかいだ」
「マジかー」
青年は考え込む。素直で真面目なことがその姿勢からよく伝わってきた。
「じゃあ俺、じいちゃんの会社の株を買うよ」
青年の目が輝く。正解を見つけた目だった。
「五十点かな」
「えーっ」
「うちよりもっと利益を出せる会社に投資すべきだ。投資というものはそういうものだ」
「だったら、俺、コインを買うよ」
「コインか。コインはちょっとなあ、博打性が・・・」
「古いよ、じいちゃん。投資は変わってるんだから」
「うーん、でも、あれは・・・」
「わかったよ。コインは止める。で、じいちゃんの会社より、もっと株価があがりそうな会社の株を買うよ。だから、その一万円を・・・」
「まあ、いいだろう」
老人の手から、僕は青年の手へと優しく手渡される。
「ありがとう、じいちゃん!」
青年は声を弾ませた。
こいつ、ほんとに株式投資するのか?
疑いながらも、思わず笑みがこぼれる。
青年の手はつるつるで熱く、白く輝いていた。
その手に操られ、僕は青年の財布へと丁寧に収められた。
新しい住処での生活は楽しくなりそうだ。
僕はワクワクしながら、あの日の少年のことを思い出していた。
あの日の酢豚弁当は美味しかったかい?
少年の手は厚くなり、皺ぶいたけど、清潔な温かさはあの日のままだった。
ありがとう、元気で。ありがとう、幸せでいてくれて。
気づけば、なぜか泣いていた。こんな気持ちは初めてだった。
冷静さを失ってはいけないと思う。いくつもの出会いのひとつではないか。
再会だって初めてではない。でも・・・
ひろちゃんが幸せになっていて、僕は心底ほっとした。
それに、幸せになったひろちゃんを見ていると、自分も幸せになれた。
そんな気がするのは初めてのことだった。