お金物語 【02 ファンタジー】
「ちょっと、少しはちゃんとしなよ。一日中寝てばっかで、ブクブク太っちゃって」
男よりずっと太った女が言う。
説得力ゼロだ。
「あん? おめーが働くなっつったんだろうよ」
男が死んだ目で答える。
ヤル気も覇気も目的もなにもないゼロの目をしている。
若いのに嘆かわしい。
「そうだけど」
「だから、俺はホストを辞めて」
「ああ、もう、わかった、わかった、わかりました」
若くて格好はいいが、知識も思いやりもなさそうな若い男と向かい合っているのは、派手で小太りな中年女だった。
この不釣り合いな関係を仲介しているのが、自分だと思うと消えたくなってくる。
「じゃあ、お願い」
男が女に手を差し出す。
「もう使ったの? 昨日、五万あげたでしょ?」
「あんなの一日で吸い込んじゃうよ」
「吸い込んじゃうって、また、パチンコ?」
「女とか酒よりいいでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・はあ、仕方ないわね」
女は大袈裟にため息をついて、ゴールドの色をまとった長財布に手を伸ばす。
選べ! 選べ! 早く、選んでくれ!
この二人の生活を見るのはもうたくさんだ!
「じゃあ、今日はこれで」
女が僕の体をもちあげる。
やった! いいぞ!
「ええー、五千円じゃん」
「最近使いすぎだから」
「せめて、あと一万」
男が女の前で拝むフリをする。
すると、女が大袈裟にため息をついて、札を追加するのだ。
この光景は何度も見た。
男は女が出ていった後、若い女に電話をかけ、このことをおこずかいを引き出すための毎日のプレイと言って、笑っている。
「じゃあ、これで」
ええ? 嘘? ちょっと、ちょっと、待って~
女は僕を財布に戻し、一万円の先輩を引き出した。
『やったー、お先ー』
『ちょっ、待てよ』
先輩に対して思わずイケメン俳優のような口をきいてしまう。
先輩は満面の笑みで、僕から離れていった。
嗚呼・・・なんて無情な。
ああ、もう少しこの家でこの二人を見守らなければいけないようだ。
出世しても、これか・・・(出世が足りないのか?)
僕は女の財布の中で誰にみせるともなく、大袈裟にため息をついてみせる。
新宿という街はどうなっているのだろう。頭がおかしくなりそうだ。
真面目に働くまともな人間はいないのだろうか?
早くこんな街を出たいと思っても、僕たちに自由に動く権利はないのだ。
ただ、流されるのみ。
人は僕たちを求め、恋しがり、その割になんの感情ももたず手放す。ただ、それの繰り返し。
こっちも悲しんだり、別れを惜しんだりしてはいけない。無駄に疲れるだけだから。
元ホストや女社長、そして売れないホステスにIT社長。
新宿での出会いはどれも苦いものだった。大事に扱われないと、自分の中の何かが壊れるようで、胸がざわつくようになってしまった。
情緒不安定ってやつだ。
そんなときに出会った男は静かだった。
タワーマンションの高層階の殺風景な、仕切りを取っ払った真っ白の広い広い部屋で一人、男は暮らしていた。
必要最低限の家具に家電。色がついているものは、パソコンや鍋ぐらいだ。
白にこだわっているのか?
でも、男はいつも黒ずくめの服装をしていた。
黒い服を来た、背の高い痩せた男は、細長い指でパソコンのキーボードをたたく。
五つも並んだパソコン画面に、いろんな市場のグラフや数値が並ぶ。
男は僕たちをほとんど使わず生活している。だから、男との生活は思いもよらないほど長く続いている。
男は静かだ。感情も表情も持たないようだ。
どこか、僕たちと似ている。というか、僕は男のようにならないといけないのだろう。
男の部屋に住む間に、男の部屋の大きな窓から見える景色はどんどん変わっていった。
近くに何本も背の高いマンションやオフィスビルが建ち、窓からの景色は狭苦しいものに変容していく。
男もそれに気づいたらしく、それが気に入らなかったらしく、引っ越しするようだ。
次はどこに行くのだろう。こんなに無機質な生活をしている男の行く末を見てみたいと思っていたのに、男は僕を手放した。
僕はいったん眠りにつく。持ち主を変えるときはいつもそうだ。
そして、目覚めたら、僕は変わっていた。
ついに一万円札になったのだ。
『極めたな』
一人でにやついてみるが、何を極めたのか、何を身につけたのか、何もわからないのだった。