お三の人柱伝説 【01 ファンタジー】
「ねえ、なんであの神社ってお三の宮っていうの?」
日枝神社を参った後、関内に向かってゆっくり歩きながら冬子は丸尾に尋ねる。
付き合いはじめたばかりの丸尾は横浜の出身なので、市内に詳しい。
地方出身の冬子は神社巡りが趣味なので、デートでは丸尾に市内の神社を案内してもらうことが多かった。
「昔むかし、お三って女の人がいたんだ。恋人を殺されて、その仇討ちをしたくてさまよっているときに横浜の大金持ちの勘兵衛さんと出会った。勘兵衛さんの手助けもあって、お三は仇討ちを果たすんだよ」
「へえ。女の人が仇討ち。すごいね」
「そうだね、勇ましいよね」
隣で微笑む丸尾を見て、私も丸ちゃんが殺されたらやるわと思う。丸尾が再び口を開く。
「勘兵衛さんは横浜の土地を作った人なんだ、埋め立てで。このあたりもそうなんじゃないかな?」
「すごいね」
「そう、すごいことなんだよ。でも、なかなか工事がうまくいかなかったらしい。水に流されたりして」
「そりゃそうだよね。今みたいな機械も技術力ないし」
リケジョの冬子が深く頷く。
「それで、お三が人柱を買って出たんだ」
「人柱?」
「生贄だね。人柱を差し出して、神様にお願いしたら、工事がうまくいくって信じてたんだよ」
「愚かだね」
「だね」
「お三、かわいそう・・・」
「でも、そうでもないかもしれない」
「え?」
「仇討ちを果たして、勘兵衛さんに恩を返して、恋人のもとに旅立ったんだから。少しは幸せな気分もあったんじゃないかな?」
そうかもしれないけど・・・
冬子は反論したい気持ちを抑える。そんなふうに考えることができる丸尾が好きだと思って、笑顔を作る。
「丸ちゃんったら、ロマンティックぅ」
冬子は体を弾ませ、隣の丸尾に肩をぶつけた。
その夜、冬子は不思議な夢を見た。
冬子は群衆の中で、暗い海を見ていた。浜では冷たい風が舞って、何度も人々の着物の裾をめくりあげようとする。
「なに、これ?」
皆の視線の先には、白装束の女の人が立っていた。女は十字に張り付けられ、水の上に立っている。
人々が盛んに口にしている「お三」というのは、女の名前のようだ。
「お三?」
昼間に訪れた日枝神社を思い出しながら、冬子はお三と呼ばれる女を凝視した。