戒め 【03 恋愛】
彼は外から見える部分は攻撃してこない。
顔はやめてよ・・・か
古い歌の歌詞のようだと思ったら、笑えたが、でも、外の人間には絶対にばらすな、ばらしたらどうなるかわかってるだろうな、という彼の無言のプレッシャーを感じた。
ただただ怖くて、思考が停止していた。
そんな私にある日、ギフトが降ってきた。
必死で私の臀部を蹴っていた彼が突然、うめき、倒れた。
何かの発作のようだった。
「救急車、救急車」
指示する彼を私は無視した。殴られていた恐怖で体がすくみ次の行動がとれなかったこともある。
まさか、それが脳梗塞で彼がそのまま死ぬとは。
彼が気絶していると思った私は、起きたら救急車を呼ばなかったことでまた折檻されるんだろうなと思って、彼の死体のそばで震えていた。
卓也の体は素晴らしい。
しなやかでしたたかな筋肉に覆われていて、温かくシャープなオスの匂いがする。
だめだ、くらくらする。
私はセックスが好きなほうで、したがって男にのめり込みやすい。
だから、夫のような男に騙されるのだ。
あの経験を通して、私は男を信用することを止めると決めた。一人で生きて行こうと。だから、批判があっても夫の会社を引き継いで、死に物狂いで頑張った。
いまの生活があるのは、すべて自分の努力の賜物だ。誰にも文句は言わせない。そして、もう誰にも頼らないし、信用しない。
それでも、こんなふうに男の腕に包まれていると誰かを信じたくなる。
騙されてもいいと、頭のどこかが緩くなる。
だめよ、だめ。せっかく踏み固め築いてきたものがあるのに。
私はいつもしているネックレスのヘッドに触れる。
そのなかには夫の骨の粉が入っている。
あんな人間なのに、骨は白くさらさらで海外の海岸の砂のように美しかった。
その皮肉に腹立ちを覚える日もあるが、これを手放すことはできない。
これは私の戒めだ。二度と一瞬のこと、温かいことに騙されないために。
小さなガラスの瓶を弄ぶ私の指先を、私の上で揺れる卓也が優しくつまんで、自らの口に浅く含んだ。