戒め 【02 恋愛】
男と深くつながることは望んでないが、体の欲求は三十代で枯れるものではない。
だから、ホストクラブに通っている。
夫を亡くした後、夫がトップに座っていた零細の薬品会社で健康食品を扱うようにした。
これがあたった。いまでは、女性用の健康食品、化粧品を中心に販売する会社となっている。
社会人経験は五年ほどあったが、専業主婦だった私が会社の経営を継ぐことに批判的だった社員たちも今では誰も私に逆らわない。
実力で周囲の者たちをねじ伏せる快感を得て、夫が私に何を求めていたかわかった。
五年ほど家庭内暴力に悩んでいた私は、夫が死んで心の底からほっとしていた。
結婚するまでは、夫はとてもやさしかった。
慶応を出て、銀行に勤め、支店や本部に十年ほど勤め家業を継いだ人だった。
私は二十八で、三十八の彼と結婚した。
いい人を捕まえたと思った。
「そんなにいいひとがなんでその年まで一人なんだろ」
同じ女子大を出たちょっと変わり者の美智子がそんなふうに難癖をつけてきても、まったく気にならなかった。
しかし、美智子は正しかった。
彼の暴力は結婚後、八か月ではじまった。
きっかけは、料理の味だった。
「辛い」
「そう? 私これぐらいが好きなんだけど」
特に激辛好きでもない自分がちょうどいいというぐらいなのだから、たいして辛くしたものではなかった。
しかし、彼は激怒して、炒め物ののった皿を私に投げつけてきた。
皿は、私の右肩を直撃した。
陶器の皿がこんなに痛いものだなんて、私はそのときまで知らなかった。
自然と涙がこぼれる。
夫を見ると、無表情でまっすぐこっちを見ていた。
「ごめんなさい」
恐怖のあまりに出た言葉だった。
夫は眉ひとつ、動かさなかった。そのまま席を立ち、リビングへ移動し、ソファでテレビを見始め、二十分ほどしたら風呂に入りにいった。
その間、私は呆然と固まっていた。
彼がリビングダイニングを出てから、やっとちゃんと呼吸ができるようになった。
地獄の日々は予想外に長く長く続いた。