Let's start study! 【02 恋愛】
「どうして。お礼を言うのはこっちでしょ」
「ううん、僕のほうだ」
「なんで?」
「勉強する意味がわかったから」
「意味?」
「僕の親はいい大学を出て、電力会社に勤めている。地方ではエリートだ。いい生活もできている。だから、僕にも勉強しろと言った」
「いい親じゃん」
「うん、感謝してる。でも、僕は目標がないのに走り続けることに疑問を感じ始めていた」
「難しくなってきたぞ」
「もうちょっとだから聞いて」
「あい」
「でも、樹利亜ちゃんに勉強を教えはじめて、僕の才能が開眼した。人に勉強を教えるっていう才能が」
「たしかに上手いけど、才能とは大きく出ましたね」
「言いすぎかな?」
「ううん、合ってると思う」
「だろ? 僕は、樹利亜ちゃんみたく勉強ができるのに勉強が嫌いな子に勉強の楽しさを教えてあげたい。これを人生のゴールにしたい」
「決めるの早くない?」
「早くない。遅いぐらいだ。アスリートや音楽家は5歳とか6歳にスタートするんだよ」
「そうだけど」
「樹利亜ちゃんのお母さんに言われて気づいたんだ」
「何を?」
「勉強をすることで、可能性が広がるってこと」
「ああ、あれか」
彼が塾の帰りに遊びに来た時、スナックを営業中だったママは二階の自宅でお茶を飲んでいた彼に丁寧に頭を下げた。
そして、この子の可能性を広げてくれてありがとう、この子にはこの小さな町を出て行っていろんなものを見てほしい、自分とは違う人生を歩んでほしいと思っていたけどやり方がわからなかったから、勉強を教えてくれた裕太郎くんにはほんとに感謝していると、泣きながら頭を下げたのだ。
急な母の登場、そして号泣にドン引きする二人。
酔っぱらっていた母はすぐに下のお店に戻った。私にとっては日常の風景だったが、まともな家に育った彼にはあれが衝撃的だったらしい。
「いろんなことをして、いろんな人と出会って、いろんな話をするために、いろんな知識が必要なんだ」
そんなもんかね~。
彼に出会わなければそう言って鼻で笑っていただろうが、いまは彼の言っていることがわかる。
私は彼の目を見て、しっかりとうなずいた。
「裕太郎、ありがとう」
私も彼に頭を下げた。
「どういたしまして」
彼が笑う。
西日のさしこんだ教室の隅で、にっこりと笑った彼の笑顔を今もまだしっかりと覚えている。
つらいときや投げ出しそうなとき、疲れ切ったときに何度も引っ張り出して、取り出して眺めた笑顔。