決断と譲歩
「祐、お前本当に言っているのか」
と、青髪で蒼の瞳の持ち主である神海祐の前にある立派な
椅子に座っている髭を生やしていかにも強そうなオーラを放って、ガタイの良い
今年40歳になる現役使徒聖ではトップの炎神一輝が机に肘をつき、頭を抱えていた。
「本当に退役するつもりなのか」
と、祐の真意を確かめてくる。
しかし、祐は首を縦に振った。
「しかしだな、お前のような使徒聖が軍からいなくなってしまえば、
戦力がかなり削がれることになってしまうのだ」
と、一輝はそう言ってどうにか祐が退役をしなうように説得を試みている。
しかし、祐の意思は変わることはない。
「一輝さん、別に僕以外にも優秀な使徒聖なんているでしょ」
と、祐は反論をする。
「いや、確かに他に使徒聖は何人かいるが使徒聖の人数は決められているんだぞ」
と、一輝はどうしても祐を退役させたくはないのだ。
若干、9歳にして強力な魔導士として見いだされ使徒聖に昇格した魔導士
今まで毎年のように人間界を襲撃してくる神たちをたった一人で退けている本物の
天才、それが神海祐なのだ。
使徒聖--
それは、100年前に地球に降り立ちその力で日本をたった一人で壊滅させた神を殺したため、神が報復攻撃に来た際にそれを撃退する機関の事であり、使徒聖は魔法を主とし強力な魔導士たちを使徒聖として全国から集めているのだ。
数年前までは十年に一度程でしか神界から神が来なかったが、近年はほぼ毎年のように神が人間の世界にやって来るのだ。
しかも、祐が現在住んでいる使徒聖の宿舎がある国の中心である日本国特別区画の近辺に出現しているのだ。
「しかし、今君に使徒聖の座を開けられたら我々だけでなく国としても困るのだ」
と、一輝はどうにかしてでも祐を退役させたくないという意思が祐自身にも伝わってきた。
「それにしても、どうして使徒聖と退役しようとしているんだ」
と、一輝にその目的を問われた。
「そうですね、すこし馬鹿らしい理由に聞こえるかもしれませんが、
普通に学生をしてみたいんですよ」
と、祐は言った。
「しかしだな」
と、一輝は頭を抱える。
それもそうだ。
祐が一輝の立場であれば同じように悩むだろう。
今までで最も討伐数の多い使徒聖であるがために、その役職から、使命から本来は逃れようとする者はいないはずだ。
しかし、祐は小学校にすらまともに通っておらず、学生生活を送ったことがほぼないのだ。
そんな人間が学校生活にあこがれを抱くことは決して不思議な事ではない。
一輝もその気持ちだけは理解できた。
そこから一輝は
「分かった、学生生活を送りたいという願いはかなえてやりたい。
しかし、使徒聖として本当に出頭が必要であると判断されたときは出頭してくれ」
と、答えを出した。
流石に、これ以上言っても条件が変わることは無いと判断した祐は
「分かりました、それで妥協します」
と、答えた。
「しかし、学生になりたいと言っても、どこに行くんだ」
と、一輝は聞いてくる。
確かに、祐の頭の中では学生になりたいから退役したという考えは出来ていたものの、どこの学校に通うかは決まっていないのだ。
全国にある高校のうち、魔術を専門的に扱っている学校はそう多くはない。
大体の学校は魔術も学ぶが、現代文や数学などの学問を学ぶ必要があるのだ。
小学校と中学校を卒業している訳では無い祐にとっては、学問を高校から学ぶことは
困難なのだ。
そのため、魔術を専門としている『魔術高校』に通うしか選択肢はないのだ。
その事を一輝は一瞬にして判断し
「分かった、ここから一番近い魔術高校に許可を貰いに行こう」
と、一輝はそう言うと席を立った。
「それと、一応荷物をまとめておけ」
と、一輝はそう言って部屋から出て行った。
『言われた通りに準備するか』
と、祐も部屋から出て自分の部屋に向かった。
それにしても、長かった。
あまりにも長かった。
--10年前--
『なぜ、あいつらは僕たちを殺すのか』
大雨が降っている中、その少年は母親と父親の死体の前で膝をついて天を見つめていた。
誰かが、そこにいる訳でもないがどれくらい経ったか分からない程、天を仰いでいた。
すると、
「そこの君、早くここを離れた方が良いよ」
と、後ろから男の人の声が聞こえた。
「あなたは」
と、聞くがその男は名乗る事は無かった。
「もう一度言おう。早くここから離れろ」
と、男はもう一度少年に言った。
しかし、その少年はその場から動くことは無かった。
母親と父親の亡骸をそこに置いたまま去ることはしたくなかったのだ。
「お前、今どんな状況か分かってるのか」
と、その男はそう言うと手元に赤い魔法陣が現れた。
「来たれ、世界を覆いつくす炎の前にひれ伏せ、《炎ノ神剣》グランヌス」
と、手元にあった魔法陣から炎があふれて来た。
その炎は始めはただあふれているように燃えていたが次第に一つの形を
かたどっていた。
剣の姿へと。
「今からここは、最悪の戦場になる」
と、その男が言った瞬間、降っていた雨が急に止んだ。
しかし、空色は黒いまま。
だが、少年にも辺り一帯を包み込んでいる膜の存在に気付いた。
「現れたか、忌まわしき神よ」
男が呟くと、宙に光り輝くゲートのような穴が出て来た。
「あいつは?」
と、少年は声を震わせて聞いて来た。
「あいつは、炎の神だ」
と、男は言う。
『あれが、神....か』
少年はその事を聞いた瞬間、少年の中で何かが切れる感覚を感じた。
「俺も、戦おう」
男は、後ろから聞こえて来た先ほどまでとは全く違う重圧感のあるこれが聞こえて、
振り返った。
少年はその場に立ち、その右手には既に剣を持っていたのだ。
男は少年が神剣を持っているという事実を知って驚いたが、それだけでは無かった。
少年は左手にも灰色のようで、ほぼ無色の魔法陣が浮かんでいた。
そこから『もう1本の神剣が出て来た』
「この少年、一体...」
と、一輝が呟くと大きな爆発が起きた。
炎の神が二人を目掛けて攻撃をするはずなのに、
他の方向に、誰もいない方向に攻撃をしていた。
神が何かに怯えているように。
「一瞬で終わらせよう」
少年は左手に持っている神剣を地面に突き立てると半径に数キロにも及ぶほどの巨大な魔法陣が現れた。
「神術 ■■■■《 ・ 》」
と、謎の術式を唱えた瞬間...
辺りが、明るいとは言えない灰色の光に包まれた。
男は、それが爆発だと思ったが、何も聞こえない。
まあ、至近距離で爆発が起これば音が多きすぎて、鼓膜が破れてしまうから聞こえない事は自然である。
しかし、地面がえぐれていない以上、爆発は起きていないと確信できる。
どれほど立っただろうか。
光に覆われ、目元を隠していた男は目元を隠していた手をどけて、
目を開いた。
そこには何の変哲もない街並みが広がっていた。
「君、今のは....」
と、男は少年に問う。
しかし、少年はその場に倒れて何も言葉をはっさない。
その事にすぐ気づいた男は近くにある軍の病院に連れて行った。
---1週間後---
「さて、目覚めてすぐで悪いんだが、聞きたいことがいくつかある」
と、ベッドに横たわっていた、否、上体は起こしていた少年に男は問う。
「その前に、あなたの名前...聞いてない」
少年は小さいながらも男にはギリギリ聞こえるほどの声で言う。
「そうだったな、俺の名前は炎神一輝だ」
そう答えると
「それで、君の名前は」
一輝はそう問い返してきた。
「僕は...神海..祐」
なぜだろうか。
祐と名乗った少年は特に外傷はないが、なぜか体を震わせている。
何かに怯えているかのように。
『流石に、この精神状態ではなにも聞けないか』
と、思った一輝は
「それじゃあ、また来るよ」
そう言い残して病室を後にした。
『いやー、あんな感じでお互いに緊張していた面影はどこにいったのやら』
と、一輝は歩いていた足を止めた。
その正面には祐の使っている部屋があった。
1時間ほど前に荷物をまとめるようにと言って一輝は準備が終わったと思い
祐の部屋を訪問してきたのだ。
「祐、入るぞ」
と、一輝はノックをして中にいるであろう祐に入室する許可を求めた。
「いいですよ」
祐の返事はあまり元気の無いものだった。
『荷物をまとめて疲れたのか』と、一輝は思ったが、今まであれほどきつい訓練を
こなしてきた人間が引っ越しの荷物まとめごときで疲れるはずがない。
「それじゃあ」
そう言って一輝は祐の部屋に入ると...何も変わっていなかった。
「いや、準備したんじゃないのか」
一輝は部屋をもう一度見渡し状況を確認した。
「一体、どういうつもりだ」
一輝はため息交じりで祐に質問をする。
「この部屋のもの全部持っていこうかなって」
と、祐はそれが普通だと思っているのか、常識はずれの、訳の分からないことを言って来た。
確かに、一人暮らしをする人はそう言った家具は引っ越しの時もすべて持っていくかもしてないが、高校は全寮制であるため部屋の中にベッドやソファーくらいは用意されている。
「お前、ベッドごと持っていくつもりか?」
そう言いながら一輝はベッドを、しかも一人で寝るには大きすぎると思う
くらいのベッドを指さした。
「え、ダメですか?」
と、祐は聞いて来た。
「いや、『逆に何でダメなの?』みたいな雰囲気を醸し出すな」
と言って一輝は祐に一度座るように指示した。
「いいか、今から引っ越しについて説明させてもらうぞ」
祐はその一言を聞いてため息をついた。
しかし、一輝の説明が始まってしまったため、仕方がなく聞いていた。
---翌日---
「お前は常識を知らなすぎる。
だから学校で魔法を学ぶのも是非ものだが、社会常識も教わってこい」
そう言うと一輝は国立魔術高校の寮の目の前に車を止めた。
「それじゃあ、本当に必要になった時は呼ぶから、それまでは楽しめよ」
と、祐が車から降りようとした、降り際に一輝はそう言って来た。
祐は何も言葉を返すことなく、手だけ振って車の後部座席のドアを閉めた。
そして、車が行くのを確認すると巨大な白塗りの壁の建物を見上げた。
『そんじゃあ、行きますか』
と、心の中で決意をして歩き始めた。