004 私のユニークスキルは【一夫多妻】みたいです
「だからー、無理だって言ってるだろう、ユウリちゃん」
「そこをなんとか! コウジロウさんだったら裏技とかいっぱい知ってるでしょう!? 今夜までにどうにかしてもらわないと、私初夜を迎えちゃうんだから!!」
結婚相談所の待合室に響き渡る私の叫び声。
もう半分泣きべそを搔きながらコウジロウさんに頼み込んでいます。
「ご両親には相談したのかい?」
「するわけ無いでしょうが!! コウジロウさんだって最初にあのシャーリーさんがオルタナティヴ卿の娘だって教えてくれなかったじゃない!! 責任取ってよ!! うわあああん!!!」
「おいおい……。こんなところで泣かれたって、俺にはどうすることも出来ないって何度も――」
「見捨てないでえぇぇぇぇ!! コウジロウさんしか頼れる人がいないのよぉぉぉ!! うわあああああん!!!」
「参ったな……」
頭を掻き真剣に悩むコウジロウさん。
私の噓泣きが功を奏したのか。
上手くいけば何か良い方法を考えてくれるかもしれない。
コウジロウさんは手元の資料を捲り、シャーリーさんの履歴書に目を凝らす。
「問題なのは、何故オルタナティブ卿の御令嬢がユウリちゃんの離婚の申し出を拒否するのか、だが……。恐らくこの履歴書に記載されている登録情報によって検出された『結婚相手の条件』が鍵だろうな」
「結婚相手の……条件?」
私はカウンター越しにコウジロウさんの持つ資料を覗き見ます。
そこにはシャーリーさんの情報がびっしりと書いてあるんだけど、そんな条件はどこにも見当たりません。
「探したって見つからねぇさ。『条件』は履歴書の登録情報を元にこの魔導仲人機器が自動で判断してマッチング結果の一覧を表示するだけだからな。まあ、資料は渡しておくから、後は自分で考えな」
「え、ちょ、ちょっと――」
「ホレ、帰った帰った。はいはい、お待たせー。次の人、どうぞー」
シャーリーさんに関する資料を半ば強制的に渡された私は、そのまま背中を押されて相談所の外に押し出されてしまいました。
◇
「条件……。条件とか言われたって……ぶつぶつぶつ」
中央通りを歩きながら、私は独り言を呟きつつシャーリーさんの資料に目を落とします。
年齢は私より一個下の二十八歳、離婚歴は百回、オルタナティヴ卿の娘、身長、体重、その他諸々。
「と、年下なんだシャーリーさん……。なのにこの私との色気の差は一体……」
ガックリと肩を落とした私はそのまま来た道を帰っていきます。
本当は自分の借家に戻りたいんだけど、お金が無くて家賃を滞納し続けてきたせいで今現在、家財を全部差し押さえられた挙句に出入り禁止にされているんです。
なのでとりあえずシャーリーさんの自宅に戻るしか方法がありません。
村の中央にある噴水塔から東の街道を進み、高級住宅街に向かいます。
ここに足を踏み入れられるのは村に住む人でもごく一部の人しかいません。
本来であれば私のような行き遅れの半ニートみたいな人間が立ち入れる場所ではないんです。
住宅街の中心にある一際目立つ魔高層マンションに到着した私は、転送装置に乗り最上階を選択します。
ふわっと身体が浮いたような感覚に襲われた直後、目の前には最上階のフロアが出現しました。
転送装置から降りた私はその階に一つしかない部屋へと向かいます。
「ただいま帰りましたー。シャーリーさん」
扉の前に立ち彼女の名を呼びます。
すると扉はすっと消え、部屋の中へと入れるようになります。
うーん、ホント科学の力は怖いよね。どんどん魔導具が進化していってるから全然付いていけないわ……。
「お帰りなさい、ユウリ。……あら? その資料は?」
「ギクリ」
目ざといシャーリーさんは私が手に持ったままの彼女に関する資料をコンマ二秒で発見しました。
咄嗟にそれを背中に隠したけど、時すでに遅し。
「……またあの『コウジロウさん』という方に相談に行かれたのですね」
「え? あ、いや、その、何というか……」
何故か私はどもってしまい全身には大量の汗を搔いている。
どうしてだろう……。別にやましいことなんかこれっぽっちもしていないのに。
「離婚の相談でしょう? どうしたら私と別れることが出来るのか」
「なんか空気が重い……!! いや、決してシャーリーさんのことが嫌いとかそういうんじゃなくて……!!」
「良いんです。もう、慣れていますから」
そう言ったシャーリーさんは寂し気な表情のまま後ろを振り向いて行ってしまいました。
……何だろう。この全身にずっしりと圧し掛かるような罪悪感は……。
とりあえず彼女の機嫌を直しておかないと、この家を追い出されてしまうかもしれない……。
半ニートで居候の私がこの家から放り出されたら、本当に身体を売るしか道が無くなってしまう……!
「あ、そうそう! コウジロウさんに資料を貰いに行ったのは、ほら、アレよアレ! ええと……そう! シャーリーさんの【行使者】としての能力を確認しておきたいと思って!」
慌てて彼女の後を追い部屋へと入る私。
それが功を奏したのか。彼女はピタリと足を止めて私を振り返りました。
「私の能力を知りたくて、相談所に?」
「うんうん! ほら、今朝も言ったけど私、シャーリーさんの能力とか全く見ないで(間違えて)結婚を申し込んじゃったでしょう? やっぱりパートナーのことをちゃんと知っておかないと、これからの生活に支障が出ちゃうんじゃないかなーとか思って!」
ここで私の能力が発動。名付けて『頭で考える前に先に動く口』。
目が泳いでいる以外は、過去この能力に私は何度も助けられてきた。目が泳いでいる以外は。
「そうだったのですか。でしたら私に直接言ってくだされば良かったのに」
「で、ですよねー! ほら私っておっちょこちょいだから、そういうのにも気付かないしガサツだし料理も出来ないし気も利かないから、やっぱりシャーリーさんとは釣り合わないかなーって!」
「そこは全く問題ありませんわ。妻である私が全身全霊を込めて夫であるユウリをサポート致しますから」
「あ……うん! そ、そうだよね! 一体何を言っているんだろう私!」
……駄目でした。
せっかく自分をここまでディスったのに、シャーリーさんには何も響きません……。
むしろなんか喜ばせてしまった感もある……。
もしかしてシャーリーさんって、ダメ男好き?
「とにかく、私の能力を知りたいのでしたら、私が自らユウリにレクチャーを致します。このままでは時間も押してしまうかも知れないですし、さっそくそこのソファに座って始めましょうか」
そう言ったシャーリーさんは私をソファまで誘います。
……一体『何の時間が押す』のか、怖くて聞き返せませんでしたが。
死ぬほど座り心地の良いソファに身を沈め、私はシャーリーさんと横並びで座る形になります。
こういうのをカップルでやると楽しいんだろうね。カップルで、やると。
「ユウリはマッチングの際に、相手にどういう条件を入力したのですか?」
「え? あー、ちょっと待ってね。確か資料に残ってた気が……」
テーブルに放り投げた資料の束から自身が結婚相手の条件として入力した内容のものを取り出します。
そこに入力された項目は――。
①年齢は二十五歳から三十歳まで
②ランクはSSR以上
③ドレスは物理系の二刀流
④容姿端麗
⑤女っ気がなくてガサツでニートで三十路手前の私でも永遠の愛を誓ってくれる【行使者】
の五項目。
……⑤は余計だった気もするけれど。
「なるほど。だから私とマッチングができたわけなのですね」
「? それって、どういう意味?」
私は首を傾げたままシャーリーさんに質問します。
そういえばコウジロウさんも『結婚相手の条件』がどうのこうのって言ってた気がする……。
「私が入力した条件もユウリと同じなのです。――この部分です」
彼女の細い指が私の手元にある資料の一部分を指します。
そこには『永遠の愛を誓ってくれる』とありました。
「私は条件に『永遠の愛を誓ってくれる【使役者】』と入力をしておりました。しかし本来であればこの条件は魔導仲人機器により弾かれてしまうものなのです」
「え? そうなの?」
「魔導仲人機器は確定できない曖昧な条件は検索の対象外にしてしまいます。『永遠の愛を誓う』というのは、結婚した本人同士の誓いに起因するものですから当然だと言えます。……ですが、ユウリだけは違ったのです」
「……どゆこと?」
話が全く見えてこない私の脳内には『???』がいっぱい浮かんでおります。
でもたぶん、それが『鍵』なんだということだけは、なんとなくだけど理解はできる。
「ユウリはまだ自身の『ユニークスキル』を理解していないのですか?」
「ユニークスキル? ……あー、なんか、そういうのがあるっていうのをコウジロウさんに説明してもらった記憶があるような、無いような……ははは」
何となくシャーリーさんの視線が怖かったので、私は慌てて資料の束を捲りました。
ええと……あったあった。ユニークスキルについてのマニュアル。
『【行使者】が様々な能力を宿しているのに対し、【使役者】はたった一つだけ、世界に一つしか存在しない能力をその身に宿しています。それを使役者のユニークスキルと言います』。
「……うん。で、私に宿っているユニークスキルは……【一夫多妻】。……。…………。一夫多妻??」
「はい。本来であれば一度結婚をした者同士は離婚をしなければ、次の結婚をすることは不可能です。使役者と行使者の相性や熟練度によって優劣が決まるこの世界において、最大の問題点はそこにあると言っても過言ではないでしょう。一度離婚をしてしまえば、それまで培ってきた愛の誓いは解かれてしまう――。つまり愛の育みによって獲得した熟練度がゼロに戻ってしまいます」
「ちょ、ちょっと待ってね……。ええと……あー、これか。『離婚により、行使者に蓄積した熟練度はリセットされます。同じ行使者と再婚をしたとしても、再び熟練度はゼロからスタートとなります』。へー、そうなんだぁ」
私は資料の巻末にあるマニュアルのページの端を少しだけ折りました。
大事なことが書いてある場所は目印を付けておかないとね。
「恐らくユウリに宿っている【一夫多妻】によって、魔導仲人機器は『永遠の愛を誓う』という条件をクリアしたと判断したのでしょうね」
「一夫多妻が、永遠の愛……? なんかむしろ逆のようなイメージがあるんだけど」
「いいえ、そんなことはありません。そのユニークスキルの情報を見てください」
シャーリーさんに指を指してもらった場所に私のユニークスキルの情報が書かれていました。
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【一夫多妻】
一人の使役者が複数の行使者と同時に結婚をすることが可能となるユニークスキル。複数の行使者の熟練度を同時に上げることが可能となるが、一度結婚をしてしまうと使役者か行使者が死亡するまでは離婚が出来なくなる。
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「…………うん。…………うん???」
「これが私が貴女を結婚相手に選んだ理由です」
私は口が開いたまま、塞がらなくなってしまいました。
え? うん? なにこれ。死なないと離婚できない?
いやいやいや。え、だってコウジロウさん、何も教えてくれなかったよこんなの。
嘘でしょう? じゃあ私が今まで頑張ってきたのって――。
「改めて、ここで、言わせて頂きますわ」
もうシャーリーさんの言葉が耳に入ってきません。
どうしよう。お父さん、お母さん。
私――。
「――シャーリーレイド・オルタナティヴ。本日より私はオルタナティヴ姓を捨て、『シャーリーレイド・グラムハート』と名乗らせていただきますわ。誠心誠意、貴女様にお仕えいたします。私の身体は貴女のもの――。どうか、宜しくお願いいたしますね。ユウリ」
「い――」
笑顔でそう語り掛けたシャーリーさんは、ちょっとだけ頬が赤くなっておりました。
……いや、私の頭の中はそれどころじゃないんですが。
「嫌あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
――当然、私の叫び声が高級マンション中に響き渡りました。