002 私の初めてのキスが女のひとに奪われました
ガックリと肩を落とし、私は結婚相談所を後にする。
これから私は結婚相手のシャーリーレイド・オルタナティヴさんと結婚式場で会い、誓いの口づけを交わし、永遠の愛を約束するのだ。
「……絶対おかしい……。何かが色々と間違ってる……」
ブツブツと独り言を言いつつも、足は勝手に式場へと向かっている。
ここで逃げてしまっては、この世界では法律違反と見なされ牢獄行きになってしまう決まりだ。
そもそも相手のシャーリーレイド・オルタナティヴさんは、どうして私のプロポーズを承諾したのだろう。
「まさか……。男遊びに飽きて、今度は女遊びに目覚めちゃったとか……?」
全身に悪寒が走る。
そんな人と私は今後、【合体】とか【愛の育み】とかをするのだろうか……。
無い無い。絶対に無い、そんなの。
私の初めてが女の人とか、一体どんな拷問なのか。あたまおかしい。
村の中央にある噴水塔を素通りし、その先にある結婚式場が視野に入る。
ああ、もう後戻りはできないのだ。
こうなったらもう、覚悟を決めるしかないわよ、ユウリ……!
とりあえず結婚式さえクリアすれば、すぐにでも離婚を申し込んで、もう一度コウジロウさんにマッチングの手伝いをしてもらわなきゃ……!
……バツイチとして登録されちゃうけど。
「お待ちしておりました。『ユウリ・グラムハート様』ですね?」
式場に到着した私は執事服を着ているお爺さんに連れられて待合室へと案内される。
そこでドレスアップをして、神父様の前で初めて相手と顔を合わせるのだ。
「私も長らくこの仕事をさせていただいているのですが、女性同士の結婚のお手伝いをさせていただくのは初めてですよ」
無数にある礼装を吟味しつつ、お爺さんは私に笑顔でそう語り掛けてくる。
普通だったらここで引きそうだけれど、流石はプロ。
私もこのおじいさんに迷惑を掛けたくないので、それとなしに笑顔で返事をする。苦笑いだけど。
「ですが、オルタナティヴ卿の御令嬢の御婚礼を担当させていただくのは、かれこれこれで……五十回目くらいでしょうか」
「ぶっ……!! や、やっぱり、その、シャーリーさん? その方って、離婚歴が百回もあるっていうのは本当なんですね……」
つい鼻水が吹っ飛んでドレスに引っかかりそうだったが、どうにかハンカチで防ぐことに成功。
ていうかこのお爺さんも冷静にそんな話題を私に振らないでください……。
「はい。世間では彼女の評判が良くないことは存じております。ですが、本当の彼女は繊細で、相手を思いやる素晴らしい女性なのですよ」
「へ、へぇ……」
私の長い髪をセットしてくれたお爺さんの顔は至って真面目だ。
冗談でも忖度でもなく、本気でそう思っているふうにもとれる。
「準備が整いましたね。それでは、こちらへ――」
お爺さんの差し出した手にそっと自身の手を添える。
ああ、ここまでは本当に新婦的な雰囲気を味わえてて最高に幸せなんだけど。
……ていうか、この場合はどっちが新郎で新婦になるんだろうか。
式場の扉がゆっくりと開く。
神父の前には、既に一人の女性が婚姻の準備を終えて立っていた。
「……うわ――」
その姿を見て、私は息を呑んだ。
エメラルドブルーの長い髪は綺麗に纏め上げられ、天井から降り注ぐ光に照らされている。
純白のドレス姿の彼女はまるで女神と喩えられてもきっと信じてしまうほどの、溢れんばかりの神々しさを周囲に振り撒いていた。
「ふふ、初めまして。そして、宜しくお願いしますね。ユウリ・グラムハートさん?」
「あ、え、あ……はい」
透き通るような柔らかい声。
聞き心地の良い彼女の声には魔性の力でも宿っているのだろうか。
確かにこれでは世の男性陣は皆落とされてしまうだろう。
でもどうしてそんなにすぐ離婚をしてしまうのか。そこが不気味で怖すぎる。
……ていうか私、どうしてこんなに緊張してるのよ!
そんな趣味はこれっぽっちも無いに決まってるのに!!
「それでは、新郎新婦。前へ」
神父様の声で我に返った私はガチガチに緊張しながら一歩ずつ前へと歩いていく。
完全に右手と右足が一緒に動いてるし。なんか足が震えてて全然歩いている感覚も無いんだけど……。
「大丈夫、緊張しないで下さい。私がリードしますから」
「あ、はい……。すいません、ありがとございます……。って、リード?」
ついお礼を言った私だったが、この先に何が待っているかを思い出し、顔面が茹蛸のように赤く染まってしまった。
ヤバい。心臓の音がバクンバクンいってる。いやいやいや待って。帰りたい。おうち帰りたい。
「新婦、シャーリーレイド・オルタナティヴ。あなたはユウリ・グラムハートを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも。悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも。夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
――バクンバクンバクン……!!
ああもう、どっちが新郎で新婦とか、そんな細かいことはどうでもいい。
早く終わって……! もう嫌だ。眩暈してきた……。
「新郎、ユウリ・グラムハート。あなたはシャーリーレイド・オルタナティヴを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも。悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも。妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「ちちちちち誓いまふ!!!」
……噛んだ。完全に、噛んだ。
もう穴に入りたい。恥ずかしい。死ぬ。もう死んだ方がましかもしれない……。
「――では、誓いの口づけを」
「!!!」
もう泣きそう。どうしてこうなったの?
これはイジメ? 罰ゲーム? 神様は私を救ってくれたんじゃないの?
「……」
目を閉じてる!? シャーリーレイド・オルタナティヴさん目を閉じてる!?
ちょっと!? リードしてくれるんじゃなかったの!?
えー?? あー、あー、ええええ?? すすすするの??? キス、するのマジで!!??
「……新郎殿?」
「ああああああ! もう、はい!!! します、します!! やってやらぁ、この野郎ーーー!!!!」
一歩前へ。
もう膝に力が入りません。
シャーリーレイド・オルタナティヴさんの吐息が掛かります。
ああもう逃げられない。駄目。死んじゃう。
初めてのキスが女のひと――ああ、お父さん、お母さん、ごめんなさい――。
シャーリーレイド何とかさんが薄く目を開けました。
もう何だったら目を瞑っててくれたほうがマシだったのに。
彼女は余裕の笑みを浮かべて、ゆっくりと私に顔を近付けてきました。
私はもう岩石みたいに固まってて、ぎゅっと目を閉じるしか出来ません。
「……あ」
唇にふっくらとした温もりを感じます。
まるでマシュマロみたい。柔らかくて、でも嫌な感じじゃない。
ああ、しちゃった。初めてのキス。
男の子としたかったなぁ……。でもまあ、仕方ないよね――。
――パタリ。
「ゆ、ユウリ・グラムハートさん!!」
私は薄れゆく意識の中、執事のお爺さんが慌てて駆け寄ってくる姿が見えたわけでして――。
【合体】使役者の呼びかけにより行使者毎に異なる様々な形態に変化し、使役者に特別な能力を付与させる事。
【愛の育み】使役者と行使者の互いの信頼度や経験が積まれ、熟練度を上げていく行為。熟練度が最大になると行使者の持つ能力を最大限に引き出すことが可能。