001 焦って結婚を申し込んだら相手が女性でした
――強者が集い、愛が育まれる世界、【ハートルディア】。
様々な人々が暮らすこの世界で、神は二つの種族を創造した。
【使役者】と呼ばれた種族は物を使う能力に長け、世界の発展に尽力し。
【行使者】と呼ばれた種族はその身に神秘の力を宿し、世界の平和に尽力した。
互いが互いを愛し合い、協力し合うことで『力』を手にし、やがてそれらが『国』となる――。
これはオルビス皇国の最北地にある辺境の村ラロッカに住む一人の女性、ユウリ・グラムハートの儚くも心温まるハートフルな物語である。
◇
「…………もういい加減、結婚しないとヤバい!!!」
バンと机を叩き、椅子から立ち上がる私。
今までグータラして婚活をサボってきたツケが回り、とうとう私は地獄の淵まで追い込まれてしまった。
実家のグラムハート家からは追い出され、両親からは結婚相手を見つけるまで家には一歩も入るなと釘を刺され。
バイト先だった村の酒場からは女っ気が足りないからクビだと言われ、ついに日銭も底を突いてしまった。
今日も私は結婚相談所の門を叩き、相談員のおじさんにあれこれとマッチングの注文を付けている真っ最中だ。
「年齢は二十五歳から三十歳までで、ランクはSSR以上、ドレスは物理系の二刀流で容姿端麗、女っ気がなくてガサツでニートで三十路手前の私でも永遠の愛を誓ってくれる【行使者】の人と片っ端からマッチングさせてください!!!」
「はぁ……。なあ、ユウリちゃんよ。俺もそんなに暇じゃねぇのよ。もう少しマッチングの条件を広げるか変更してもらわないと厳しいと思うんだがよ」
カウンター越しに困った様子でそう答えるおじさん。
もうここに通い始めてそろそろ一か月になる。
今日こそ決めないと、お金が底を突いちゃったから、それこそ身体でも売らないとヤバい状況になってしまう……。
でも結婚前に汚れた身体になったら、それこそ二度と婚期が巡ってこないという八方塞がりの状態です。
「いや! でも! ここは妥協しない! 私は理想の旦那さんを絶対に、ぜーったいに、ゲットしてみせるんだから!!」
「……ユウリちゃん。おじさんの顔に、唾飛んでるんだよね」
私の唾まみれになった顔をハンカチで拭い、それでもおじさんは魔導具で出来たマッチングの機械を操作してくれている。
何だかんだで面倒見が良いおじさん。あ、ちなみにおじさんの名前はコウジロウさんって言います。
「……お? 今ちょうど一件だけヒットしたぞ。……ああ、でもこれは――」
「見せて見せて!! ……え? 何これヤバくない……!?」
画面に表示された簡易的な情報を見て私は身震いをした。
これはきっと神様が私に与えてくれた最後のチャンスなのだ。
「世界最強の名を欲しいままにした【行使者】!? ドレスタイプが【暗黒魔装】と【二刀魔神剣】!?? こ、この人に結婚を申し込む!!!」
私はコンマ一秒で申請画面から【結婚】を選択しタップする。
こういうときは他の誰かに取られる前に、すぐさま決断しないと絶対に後悔するから。
「あー……申し込んじゃったよ。でもまあ、流石に相手のほうが許可をしないだろうな」
「それ失礼過ぎない!? コウジロウさん!」
「いや、そういう意味じゃ無くてだな……ん? いや、まさか――」
コウジロウさんの見ている画面が桃色に点滅しているのが分かる。
え? これってアレだよね。最初に説明してもらったやつじゃん。
桃色に光ったら、それは相手がOKを出した合図だって――。
「や……やったの……? 私、ついに、結婚……?」
あまりの感動に膝から崩れ落ちる私。
ああ、ついに地獄のような日々ともおさらばというわけだ。
ここからが本番。私の成り上がり人生が幕を明けるのよ、ユウリ……!
「うーん……。これはどう対処したらいいんだ? ルール上は不可能じゃないが、過去に例が無いからなぁ……」
「? どうしたの? コウジロウさん」
何故か頭を抱えているコウジロウさんは、手元にある分厚いマニュアル本をペラペラと捲っては唸っている。
「お前さん、履歴書も見ずに結婚を申し込んだだろう?」
「うん」
「相手の【行使者】は女性だぞ」
「……はい?」
その言葉を聞き絶句する私。
相手は女性……? え? 女性に結婚を申し込んじゃったってこと?
いやいやいや。そんな趣味はこれっぽっちも無いのですが。
「まあ申請が許可されちまったからなぁ。普通、同性は認められないんだが……まあこれも時代か」
「いやいやいや! おかしいでしょう! キャンセルキャンセル!!」
慌てて画面に喰いついた私は、取り消しボタンを探す。
……無い。どこにも、無い。
「一度【結婚】をしたら、後は双方の合意の元で【離婚】をするしか方法は無いぞ。最初にさんざん説明しただろう」
「え……いや、だって……そんな……」
「お相手は『シャーリーレイド・オルタナティヴ』。離婚歴が過去に100回もある世界最強の【行使者】だな。男癖が悪すぎていつも長続きしないっつう噂だが……まあ、頑張りな」
「頑張りな!? ちょっとコウジロウさん!? どうにかしてくれないの!!」
「無理だ。相手がお前の申請を許可したんだから、後は二人の問題だろう。それと、一応ルールだから最後に一言、お前さんに言っておくな」
そう言ったコウジロウさんはカウンターの席を立ち、私の前に立った。
そして肩を優しく叩き、作り笑顔でこう言ったのだ。
「……ご結婚、おめでとう」
「い――」
予想していたのか。
コウジロウさんは両耳を手で塞ぎました。
「嫌ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
――その叫びが私の新婚生活の始まりの合図となりました。
【使役者】行使者と合体することにより驚異的な能力を発揮する種族。
【行使者】使役者と合体することによりその者に熟練度に応じた能力を授ける種族。