027 ちょっと朝の散歩をしようとしたらとんでもないことに巻き込まれました
「さーて、お腹もいっぱいになったし、昨日はやること多すぎたから、今日はニートしよっと」
ゲヘレス伯爵の別荘を出た私は散歩がてら朝の街をぶらぶらと歩くことにしました。
結局、あれからリーザさんからもすぐに連絡が来て、今回のコスプレ大会の参加はセフィアとシャーリーさんの二人に頼むことに決定。
私は明日の大会が終わるまでのんびりこの街でショッピングしたり美味しいものを食べて過ごすことに決めましたー。
「それにしても、シャーリーさん……。意外に乗り気なのが凄いよなぁ……」
一人目はセフィアで決定として、残り一枠を私かシャーリーさんのどちらが出場するのか、ジャンケンでもして決めようとか思っていたんだけど……。
もしかしてシャーリーさんって結構そっち方面にも詳しかったりして。
あの人、何でも知ってるから。
「おやおや。お早うございます。昨日はうちのセフィアがご迷惑をお掛けしてしまったようで」
「うわビックリした! モンスターかと思った!」
急に私の目の前に手と足だけの怪物が現れ、その場ですっ転びそうになりました……。
……いや、怪物じゃなくてゲヘレス伯爵なんだけどね。手長足長族の。
「……んん? ……んんんん~~~??」
「な、何でしょうか……。近いです……。めっちゃ近いです……」
長い腕を器用に折り曲げ、人差し指と親指で自身の眼鏡を吊り上げて私をガン見している伯爵。
「ほうほう。そうか、そういうことでしたか。一夜明けてあの子が急に明るい表情に戻ったのは、こういう理由があったからなのですねぇ。伯爵、納得」
「明るい表情になった……? あー、セフィアもコスプレ大会に出られるっていう――」
「ビューーーッテ、フォウ!!」
「うわびっくりした!? な、何なのよ、もう……!!」
再びすっ転びそうになった私はさすがに二度目なので伯爵に向かって怒鳴ります。
でも伯爵はニコニコと笑ってるだけで、全然怒られたことを気にしていません……。
「おっと、これは失礼致しました。私、こう見えて手長足長族の中でも稀有なユニークスキルを持っている使役者でして、はい」
「……え。使役者? ……誰が?」
「私です。使役者ですいません。モンスターではありません。一応」
まるで私の心を読み取ったかのようにそう言った伯爵。
……まあ思いっきり顔に出てたけど。どう見ても使役者には見えなかったし。
「ユウリさんのユニークスキルは【一夫多妻】だったのですね。そしてあの子――セフィアとも合体を果たした。それが彼女の心の闇を払ってくれたというわけです。実に美しい……。これはビューーーッテ、フォウ!! ……と言わざるを得ませんですなぁ」
伯爵が一瞬溜めたので、私は耳を押さえる準備が間に合いました。
叫ぶときは毎回それでお願いします……。
てか、どうして私のユニークスキルが『一夫多妻』だって分かったんだろう……?
「ほっほっほ。その顔は『どうして?』と言っている顔ですねぇ。簡単な話です。私の持つユニークスキルは【能力特定】なのですから」
「能力特定……?」
「ええ。このスキルを発動すると対象の使役者や行使者、モンスターなどの、ありとあらゆる情報を得ることができるのですよ。日に一度しか使用できないという制限付きではありますが」
「へぇー、そういうユニークスキルもあるんだね」
私は腕を組みうんうんと唸ります。
こちとらニート生活が長かったから人様ともあまり触れ合って来なかったし、そもそも他人にそんな興味が無かったから、使役者のユニークスキルにどういったものがあるのかも全然知らないんだよね。
……だって自分のユニークスキルすら知らなかったくらいなんだから。
「はい。ですので、今の私はユウリさんのことならなーんでも知っていますよ。シャーリーさんやセフィアとどうやって合体したのかはもちろんのこと、ユウリさんが幼少期に同年代の男の子を二人同時に好きになってしまい、どちらかを選ぶことが出来ずに両方に告白した経験があったりとか」
「……はい?」
「ご両親と喧嘩をなさって実家を出たはいいけれど、行く当てもなく昔の男友達の家を訪ね、色気を使ってあわよくばそのまま養ってもらおうとか考えていたけれど、既にその男友達には彼女いて修羅場になり、訴えられそうになったので慌てて家を飛び出したこととか」
「…………はい?」
「今履いているおパンツの色が水色とか。ユウリさんのことなら何でも知っております、伯爵。はい」
「…………」
私は俯き拳を握り、自身に大いなる闇の力が集約するのをひしひしと感じた。
そして呼吸を整え構えをとり、目の前のモンスターを滅すべく闇の力を発動する――。
「――この、変態がああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
◇
「……はぁ。朝から一気に疲れた……」
サーマリー・ゲヘレスという名のモンスターを討伐した(殴って気絶させた)私は、そのままハインドラルの街をゆっくりと歩きます。
まだ朝も早い時間なので道行く人々もまばらでお店もほとんど開いていません。
お店が開く時間になるまで、セフィア達が参加するっていうコスプレ大会の会場の下見にでも行こうかしら……。
「……ん?」
私は中央通りのど真ん中で耳を澄まします。
なんかあっちの裏路地付近で猫の鳴き声みたいなのが聞こえた気がしたんだけど……。
「野良猫……かな」
とりあえず鳴き声のした方に進んでみます。
あ、ちなみに私、猫大好きなんですよ。
実家で二匹飼ってたんですけど、両親も猫が好きだから家を出るときに連れていけなかったのが悔やまれるんだけど……。
人の居ない飲み屋街通りを素通りして裏路地まで到着し、もう一度耳を澄まします。
うーん、何も聞こえない……。気のせいかな……。
「! ちっ、誰か来やがった……!」
「へ?」
「おい、お前【潜伏隠遁】の効果、切れてるじゃねぇか……!」
「マジ? メンドクセェな……。おい、さっさとこの猫を袋に詰めて――いや、この女、意外といけねぇか?」
私は恐怖のあまり足が竦んで声も出せないまま、ただぼうっと突っ立っていることしかできません。
何故なら目の前にいるのは刺青をした男二人が、猫耳の少女を誘拐しようとしているから――。
「に、ニヤァン……!」
「ウルセェな。お前は大人しく袋に入ってろや」
「ニャン!?」
「ち、ちょっと……。止めなさいよ……」
どうにか擦れる声で二人の男を止めようとします。
でも足がガクガクで思うように前に進めません。
――いや、逃げなきゃ。
でも、この猫が――。
「一人連れ去ろうが二人連れ去ろうが一緒だろ。見られちまったモンは仕方ねぇ。おい、そいつも連れて行け」
「へーい」
「や、やめて……。来ないで……」
小柄の男の命令で大柄な男が私に向かって来ます。
そして大きな腕を振り上げて、その手は私の首を絞め――。
――そこで私の記憶は途絶えてしまったのでした。
【能力特定】
対象の使役者や行使者、モンスターなどのありとあらゆる情報を得られる使役者専用のユニークスキル。
使用回数は日に一度限りだが、全ての情報を開示可能なのでスキルの重要度は高い。
日に二回、能力を発動してしまうと使用者は昏睡状態に陥るが、一年後に目覚めることが可能。
昏睡状態に陥る前に三回目を発動すると即座に死に至る。
【潜伏隠遁】
一定時間、他者の目を欺き行動することが可能となる使役者専用のユニークスキル。
発動時間は使役者の体調や心身状態に左右されるため、正確な時間を把握することは不可能。
使用回数は日に三度までだが、相手の気を逸らす程度の効果時間であればそれ以上の回数の使用が可能。




