017 いくら私でもヘドロと結婚する気はありません
ゲヘレス伯爵家を出発した私は来た道をそのまま戻って、街の正門まで向かいます。
……いや、ホント今日一日どれだけ働かされるんだろう、私。
早起きして職業紹介所に行ってクエストを紹介してもらって。
馬車の出発までは草原でオルビススライム相手にストレス発散&熟練度上げ&素材集め。
要らない素材を全部売ってラロッカ村を出発して三時間も掛けてハインドラルの街に到着して、到着早々盗難に遭って、そこから警備保障会社、魔導教育会、ゲヘレス伯爵の屋敷をハシゴして――今、時刻は夕方の六時くらいでしょうか。
「あと一時間ほどで日が落ちますわね。ウガン渓谷はここから西に8ULほどにありますから、徒歩でもそう時間は掛かりませんが、夜はモンスターが活発に動き回りますから多少危険と言えますわ」
「そうだよねぇ……。でもあの中二病の子、魔除けの藁人形を持ってるから大丈夫だって伯爵は言ってたけど、私から財布を盗んで逃亡してるんだとしたら、そのまま夜を渓谷で過ごそうとか考えてるかもしれないよね」
盗難に遭ってからそろそろ三時間が経過しようとしています。
もしも彼女が警備保障会社の追跡をかわすために街から離れた渓谷に身を顰めているんだとしたら、結構危ない気もするし……。
「ええ。万が一ということも考えられますから、やはり我々もこのまま渓谷に向かった方が良いでしょうね。……ユウリ」
「う、うん……」
シャーリーさんが目を閉じたので、私は人気の少なくなった大通りに視線を戻し、誰もこっちを見ていないことを確認します。
そして彼女に近付いて、そっと口づけを交わしました。
いつものように脳内に鮮やかな数式の曲線が描かれ、それらが螺旋状に複雑に絡み合います。
そして自身の胸に手を当てて彼女のステータスを表示させます。
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【Rare】 LR 【Name】 シャーリーレイド・オルタナティヴ(グラムハート) 【AB】 闇 【SL】 7/100
【AT】 全技能型 【CH】 深淵にて覗き見る黒き龍
【ADT】 二刀魔神剣 【DDT】 暗黒魔装
【HP】 136/99999 【SP】 61/9999 【MP】 39/9999
【ATK】 50/9999 【DEF】 36/9999 【MAT】 30/9999 【MDE】 33/9999
【DEX】 13/999 【AGI】 14/999 【HIT】 13/999 【LUC】 11/999
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「あ、熟練度がもう7になってる」
『はい。今日一日、かなり密に愛を育みましたからね。思っていたよりも早く熟練度が10に届きそうですわ』
私の脳内にシャーリーさんの嬉しそうな声が響き渡ります。
各数値の上昇率は微妙なんだけど、超大器晩成型なんだから仕方ないんだし、でもこれである程度のモンスターでも戦えるようになったんじゃないかしら。
『熟練度が10に到達すれば、ドレスタイプごとのスキルを一つずつ習得できますわ。私は【二刀魔神剣】と【暗黒魔装】ですから――』
「う、うん……。なんか聞いたらおしっこちびっちゃいそうだから今はいいや……。熟練度が10になった時の楽しみにとっておきます……」
そう答えた私は軽い足取りで正門へと向かいます。
やっぱ熟練度が上がる度に確実に身体が軽くなっていきますね。
これ、100になっちゃったらどうなるんだろう……。
もしかして空とか飛べちゃうんじゃないの?
『鋭いですね、ユウリ。習得するスキルの中には空を滑空するものもありますので』
「飛べるの!? 空!? 今ちょっと冗談で頭の中で言ってみただけなんだけど!!」
『はい。私、レジェンドレアの全技能型行使者ですので』
「……そうでした。すいませんでした……」
シャーリーさんに謝った私は、今更ながら恐怖に慄いております……。
もうすでにおしっこちびっちゃってるかもしれない……。
正門に到着し、そこで門番に事情を説明します。
現在の私とシャーリーさんの合体状況や熟練度、それらが周辺モンスターの強さと比較して問題ないと判断されればそのまま街の外に出ることを許可してもらえます。
あとは中二病少女のようにモンスター除けのアイテムを所持しているか、護衛を付けているかなど審査基準は様々です。
「――【使役者】、ユウリ・グラムハート。【行使者】、シャーリー・グラムハート。二人の自由探索を許可する。制限時間は今から夜の八時までだが、夜間は渓谷のモンスターが狂暴化する傾向がある。十分注意するように」
そう注意喚起した門番は私に砂時計を渡してくれました。
制限時間は約二時間。
日中よりも若干、自由探索の時間が短いみたいですね。
『渓谷まで最短で向かえば、今の熟練度でしたら片道十五分ほどでしょうか。探索時間も考慮して、道中で出会うモンスターは一旦全てやり過ごしましょう』
「往復三十分として、余裕を持って帰還するとしたら……探索時間はせいぜい一時間ちょっとくらいかぁ。見つかるかな、中二病少女」
『相手もまさかウガン渓谷まで警備保障会社の人間が捜査を広げるとは思っていないでしょうからね。鵜飼怪鳥の卵の採取に集中しているでしょうから、案外楽に見つかるかと』
シャーリーさんの自信に溢れた声に勇気づけられた私は門を潜り、荒野へと一歩を踏み出します。
もうだいぶ日が傾いてきているので、西日がめっちゃ眩しいです……。
『……ヌボーン……』
「うわ! さっそくモンスター出てきた!」
西日に目が奪われている最中、地面からボコボコと這い出てきた泥みたいなモンスター。
危うく足を取られそうだったけど、直前で跳躍してそれを避けることができました。
『【へドローンマン】という自然型に分類されるモンスターですわ。一度足を掬われると一定時間行動が不可となりますので要注意です』
シャーリーさんがそう言ったのと当時にボコ、ボコ、と一気に三体のモンスターが私の周りを取り囲んできました。
「うげぇ……。やっぱ日が落ちてくる時間帯からモンスターって活発化するんだね……。……」
『? どうかされましたか?』
「……いや、この【へドローンマン】っていう汚物……みたいなモンスターとも、その、結婚とかできるのかなーって、一瞬……」
『はい。出来ます。モンスターコインがドロップするタイプですので』
「ひいぃぃ……!!!」
奇怪な悲鳴を上げた私はそのままダッシュして西へと駆け抜けていきます。
想像したら駄目よ、ユウリ……!
そういう特殊な人だってこの世にはいっぱいいるんだから、考えては駄目……!!
『もちろん、ユウリは【一夫多妻】持ちですから、お望みであれば【へドローンマン】とも結婚――』
「するわけないでしょうがあああぁぁぁぁぁぁ!!! 想像させないでえええぇぇぇぇ!!!!」
――私の雄叫びが荒野に響き渡ったのは言うまでも無く。
〇行使者のスキルについて
熟練度が10上がるごとにADT、DDTに応じたスキルを一つずつ習得可能。
ADTスキル九種、DDTスキル九種、全十八種。
※ただし熟練度が100に到達した際の報酬はCHのみ
例:【ADT】 重機剛剣 10/100 → 【電動力鋸斬】 0/10 習得
【DDT】 陸騎士鎧 10/100 → 【騎士の咆哮】 0/10 習得
各スキルにも熟練度があり、使用頻度により上昇。
※MAXに到達すると上位スキルに変化する場合あり。
例:【電動力鋸斬】 10/10 → 【超電動力鋸絶斬】 0/10 習得




