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7話:その瞳の奥にあるもの。

 アリアナが口を開こうするよりも早く動いたのは、エミリィだった。



 誰もが魅了される笑顔を――アリアナからすれば明らかに“商売用の笑顔”と分かるのだが――を作り、「あなたがあの貿易商のベナーニさんね。ご高名は窺っているわ。一度お会いしたかったの」と右手を差し出した。



 ケネスは驚くほど丁寧にエミリィの手をとり、



「これは光栄です。エヴァンス次期女伯爵様」


「長い間、極東にいたと聞いていたけど、戻っていらしてたのね」


「はい。先日帰国いたしまして、しばらくはこの国に留まる予定です。エヴァンス伯爵には近々お目通りを申し込む予定でございますので、その折にはお嬢様も是非ご同席ください」


「お爺様の商談には同席しないことにしているのだけど。まぁ、直接お願いされると断れないわね。よろこんでお会いするわ。あなたの商品は品質がいいし、ウソがないと社交界の女性達の中では評判だから、実物を見てみたかったの」



 成人して間もなくとは思えない堂々とした態度は、さすが老獪なエヴァンス伯爵の孫娘。

 名目上は本日が社交界デビューの新人デビュタントではあるが、すでに社交界の女性陣の中で恐ろしいほどの人脈を作り上げている、とひそやかに囁かれるだけあった。



「なんと嬉しいお言葉でしょう。しっかりとした鑑定眼をお持ちのあなたと、そしてこの社交界の皆様方に高く評価していただけるなんて。商人冥利に尽きます」



 ケネスの“商人マニュアル”百点満点な応対に、エミリィは優美に整えられた右眉を上げた。



「……その見た目なうえに、なんて強かなことかしら。すばらしいほどに如才ないわね。嫌いじゃないわ、ベナーニさん」


「ありがとうございます」



 言葉とは裏腹な、何かが含まれたバチバチとした商人同士のやりとりに、アリアナは目をしばたかせるばかりだった。


 田舎のカントリーハウスの中での生活だけがすべてであるアリアナにとって、商人たちのしのぎを削るやり取りなどは、新鮮といえば新鮮だが、現実味のない遠い世界のことのように思えた。


 まぁ言うなれば、完全に蚊帳の外、だ。



(海千山千の業界で生きている人と、田舎でのんびり生活している私とでは違うのも当たり前だわ)



 何しろ根の部分が異なるのだから。


 だが、これはいい機会とアリアナは考え直すことにした。エミリィとダニエル、そしてケネスをじっくりと観察することができる。


 通常ならばあまり他人をじろじろ見るものではない。が、こうして時おり頷いたりしていれば、周囲からはデビュタントとパートナーが仲良く談笑しているかのように見えるだろう。



(だってこんなに輝いている人たちってそうはいないもの。勉強しなくちゃ)



 社交界の主だった人々が集まるこの中でも、一番注目と羨望を集めているのはこの三人であろう。周囲からちらりちらりと向けられる好奇心に溢れた眼差しから、経験値の少ないアリアナでも分かる。



(確かに、二大政商であるエヴァンスとスレイド商会の跡取り同士のカップルは衝撃的よね。それにベナーニさんも……)



 ケネス・ベナーニと名乗った男性は、エミリィが興味を持つくらいなのだから、社会的にそこそこ名の知られた商人であるのだろうと推測できた。

 着ている服の生地も仕立ても一流の手によるものに違いなさそうだった。


 アリアナはさらにしげしげと見つめた。



(男性なのに、なんて綺麗なのかしら。それに不思議な肌の色をしている)



 白人のように淡くも、黒人のように濃くもない肌色は、なんともエキゾチックで目を惹いた。

 ケネスのアリアナとも違う深くカラスのように艶やかな黒い髪は波打っているものの、まとまりが無いというほどでもない。


 整った顔立ちは色々な血統の結晶であるのだろう。


 さらにその独特な瞳だ。

 黒い、黒曜石のように艶やかで穏やかな夜の海を思わせる、怖いくらいの静寂と小さな煌きを宿している。



(なんて美しい瞳……)



 アリアナは目が離せなくなった。

 こんな瞳の主など、いままでのアリアナの人生の中でいただろうか。



「レディ・アリアナ? 私に何か?」



 アリアナの視線に気付いたケネスが微笑みかけた。



「あの、いいえ、その……。ベナーニさんの瞳が、まるで凪いだ海のようにあまりに綺麗だったので、思わず見入ってしまいました。失礼いたしました」



「私の瞳が? 海のようですか? そんな風に例えられることは初めてですよ」



 ケネスはためらいがちに自らの喉に触れた。



「少し驚いています。今まで……私の容姿はけなされることはあっても褒められることはありませんでしたから。私の瞳が独特の形をしているのは、東洋の血のせいだと思います。母方の祖母が東洋人なのです」


「東洋……。だからとても美しいのですね。納得しました。この国の人たちとは異なっていますけど、神秘的で普遍の理を感じます。東洋の神の彫刻を見たことがありますが、それに良く似ていて……。東洋の神の眼差しとはこういうものなのでしょうか」



 かつて見たこの国の神とは違いやわらかな微笑みを湛えた東洋の神像は、幼いアリアナにとって強い印象を与えた。

 世界は広く、そして何者も越えた存在はあるのだと。



「レディ・アリアナ。神とは、大げさですよ。でも、ありがとうございます。褒めていただくのは嬉しいものですね」


「あの……」



 アリアナは頬を赤らめながら、うつむいた。



「よろしければ私とダンスを踊っていただけませんか? 最後のワルツなんですが、その、まだパートナーが決まっていなくて。あなたもお相手が決まっていないようでしたら……」


「レディ・アリアナ。いいのですか? 私はこの見た目から分かるように、異国の血をついでいます。ラストダンスは大切なものですよ。そんな者とワルツを踊っては、これからの社交界での評判にかかわるかもしれません」


「ええ。おっしゃるとおりに、噂されるかもしれませんね。でも私はあなたと踊りたいのです。その、もう少しお話もしたいですし」



 何故だか分からなかった。

 けれどここで踊らないと後悔することになると直感していた。


 好機を逃すなとアリアナの体の奥底から本能が声をあげる。


 ケネスは降参したというふうに口元を緩め、



「女性に望まれて断るなんて不躾なまねはできませんね。よろこんでお受けいたします。レディ」というと、上着の内ポケットから名刺を差し出した。



 ダンスパートナーの予約カードには大抵肩書きや爵位、住所などが記されているものだが、お手本のように特徴の無い筆記体で書かれた名刺には、ただ「貿易商 ケネス・ベナーニ」とだけ記してあるだけだった。



(爵位がない? もしかしてこの方は平民なの?)



 このパーティに呼ばれているということは、平民の中でも上流、富裕層だ。


 けれども平民。

 越えられない身分差がある。



 ――でもどうでもいい。



 結婚よりも身分よりも大切なこと、それがこの男性にはあるような気がする。アリアナはこの気持ちを確かめたかった。



「では、このケネス・ベナーニとワルツを踊っていただけますか? レディ・アリアナ・ゴールディング」


「はい、よろしくおねがいいたします。ベナーニさん」



「ではワルツになりましたらお迎えに参ります。それまで舞踏会を」そこまで言うとケネスは少し間をおきアリアナに顔を寄せると「楽しんでくださいね」と掠れた声で囁き、男性専用の談話室に消えていった。


読んでいただきありがとうございます。

宮平です!


前回の更新の後、タイトルを少し変えてみました。

いかがでしょうか?


ジャンルも変更しようかなぁと悩み中です。

異世界の恋愛ですけど、なんとなく違うかなぁと思ってまして。

うーん、どうしましょう。



ブックマーク・PVありがとうございます!

読んでいただけるということ、とても幸せなことですね。


次回もお会いできることを祈って。


追伸:他にもいろいろ書いています。

よろしければこちらも!

https://mypage.syosetu.com/1722750/

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