6話:ファーストダンス。
アリアナががっかりしたのもほんの一瞬だった。
舞踏会の始まりがアナウンスされ、侍従長により開会が宣言されたのだ。燕尾服と白いドレスのデビュタントたちが、パートナーと広間の中ほどに移動する。
とりあえずこの流れに乗り遅れてはいけない。
アリアナもエスコート役の末兄とともに壁から離れ、踊りの列についた。
デビュタントがそろったころあいに、楽隊が最初の舞踏曲メヌエットを奏で始める。
今日の舞踏会の主役である女王の孫娘メアリと、メアリの父であり女王の次男ウォールデン公爵が、広間の中心で軽やかにステップを踏んだ。
女王譲りの意志の強い凛々しい顔立ちの女王の孫娘の佳麗なダンスは、会場中から感嘆の声をさそう。
誰もが今年のデビュタントの女王はメアリだと思わざるを得ない、それはそれは見事なものであった。
「見とれてないで、さぁ踊ろう。アリアナ」
エスコートしてくれた末兄が差し出した手をとると、アリアナは可も無く不可もなくといった調子で踊り始めた。
「ダンスは得意じゃないから、ステップ間違えそうで気が気じゃないわ」
「何も心配は要らない。アリアナ、上手く踊れているよ。お前はデビュタントのなかで一番輝いている。堂々としていればいいんだ。誰もが認めるさ、シュロップの宝は天下一だと」
「お褒めいただきありがとう。でもね、ジョンお兄様の勘違いよ。美しい方なんて山ほどいらっしゃるわ。それにジョンお兄様に言われても、信用できない。お兄様方はいつもかわいいとしかいわないんですもの。本当かどうか疑わしいわ」
「おや、信用無いのか。心外だな。だけどまぁ、お前に目線が集まっているのは確かだ。今日の女王であることに腐心しただろうに。……メアリ姫はお気の毒だな。アリアナの引き立て役でしかない」
「まぁなんて事を。姫君様と私を比べるだなんて……」
「引けをとらないと思ってるよ、我が妹は」
末兄は自らの言葉を一寸も疑うこともないと頷き、曲にあわせてゆるやかに右足を出した。
その後しばらくアリアナは末兄とのダンスを楽しみ、数曲踊った後、アリアナは曲の終わりと同時にゆるやかに足を止めた。
「ねぇ、お兄様。私とはもう充分踊ったでしょう? お役目は果たしたと思うけど」と周囲に目をやった。
メヌエットも架橋に入り、次の演目に移ろうとしているのか、デビュタントたちもそれぞれ踊りの輪から外れつつあったのだ。
デビュタントの最初のダンスとはいえ、そろそろ兄を解放したほうがよさそうだとアリアナは考えた。見た目の悪くない末兄はそれなりに需要があるはずだ。ただの妹が逸材を独占してはいけない。
それにダンスを始めてからアリアナに送られる令嬢たちの冷たい目線はどうだ。デビュタントの身でこれ以上耐えられそうに無かった。
「お約束なさっている令嬢方がお待ちになっているわ。私は大丈夫だから、もう行った方がいいわよ」
「あぁ妹よ。感謝する。……だけどな、約束してくれ。知らない男と話すなよ。庭園の散歩に誘われても受けちゃいけない。お母様の側を離れるな。何かあったら俺を呼べ」
末兄は小さな女の子に接するようにアリアナの目を見つめ、きつく言い聞かせると、壁に設えられたイスに座した令嬢の下へ向った。
(本当に過保護だわ。こんなので恋愛なんてできるのかしら……)
面識の無い人に聞かれたら、どれだけ甘やかされ過保護なのだと呆れられるだろう。
アリアナは兄を見送りながら、元の場所にもどった。
壁際のイスに戻ると、付き添い役であるはずの母は他の保護者との会話に夢中で、最愛の娘が最初のダンスを終えたことに気がつかない様子だった。
アリアナは王宮の下僕から冷たいレモネードを受け取り、一気に飲み干す。レモンのさわやかな風味が体中に染み渡るようだ。
「アリアナ」
名を呼ぶ声に顔を上げると、エミリィが男性と腕を組み満面の笑みを浮かべ、アリアナの前にたっていた。
「紹介するわね。私の婚約者ダニエル・スレイドよ」
エミリィは品のいい笑顔を浮かべた男性の顔を惚れ惚れと見つめ、
「ダニエル、この方がアリアナ・ゴールディングよ。いつも話してる私の親友」
「あぁこの方が。初めまして、レディ・アリアナ・ゴールディング。エミリアからお噂はかねがね窺っております」
ダニエルはアリアナが差し出した手をとり、甲に口をつけた。
派手ではないが最高級の生地で仕立てられた燕尾服と幅広のタイ、ケチのつけようの無い隙の無い身のこなしは、侯爵といってもおかしくない品格がただよう。
この男性が貴族階級ではない卑しい平民だと誰が信じるだろう。
(品格というのは、決して階級だけではないのね)
アリアナは、親友の婚約者がとても好感の持てる人物であることに心から安堵した。
「お会いできて嬉しいです。スレイドさん。エミリィがスレイドさんに私のことをどう伝えているのか気になりますわ」
「ご安心ください。とても美しく聡いと、訊いていますよ。あながち間違いでもないようですね。シュロップの姫君は想像以上に美しい」
「まぁありがとう」
偽りのない言葉にアリアナは素直に喜んだ。
「ところでスレイドさん、後ろに控えているお友達を紹介していただけますか?」
「ああ、忘れるところだった」とダニエルは、後ろを振り向き、黒髪の男性を呼び寄せた。
「見た目はこうですがね、不審な人物ではありません。私の商売仲間の……」
「ケネス・ベナーニです。是非お見知りおきを、レディ」
恭しく頭を下げ、不敵に微笑むその男性は、ついさっきアリアナの心を揺るがした、あの男性だった。
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