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5話:ワルツは特別な人と踊るもの。

アリアナ側のお話にもどります。

 謁見が終われば、あとは舞踏会だけ。

 というのに。


 アリアナは精神的につかれきり、謁見の間の隣、舞踏会の会場である王宮の大広間でため息をついた。



(はぁ……謁見だけだというのに、疲れちゃったわ)



 生まれて初めて面と向った女王。


 もう七十の坂にたどり着こうとする年である。が、さすがこの大国を長年支配していただけあり、強烈な存在感の前に、デビュタントの小娘は萎縮するほか無かった。


 お辞儀(カーテシー)と一言二言、言葉を交わすだけで――しかも「お前がシュロップのいばらの君か」なんて告げられたのだ――それがこんなに疲れるだなんて。



(女王陛下はさすが国家元首でいらっしゃった。その陛下のいらっしゃる社交界せかいにデビューしたなんて、恐ろしいことだわ。私、生きていけるかしら)



 アリアナは周囲を見渡し、他のデビュタントも疲れきっている姿を確認すると、自分だけが例外ではなかったのだと胸をなでおろした。

 初めてはこんなものなのだろう。



「アリアナ、顔色悪いわよ。大丈夫?」



 アリアナの隣から暢気な声がする。


 いや、例外がいた。

 ただ一人、女王の前でですら平然としていた親友。エミリィだ。


 長い付き合いの親友はアリアナの気持ちをほぐすように、明るい声色で話しかけた。



「これからがメインでしょう? これからの人生、壁の花になるか社交界の花になるのか、運命の舞踏会よ。気合い入れなくちゃだめよ?」



 エミリィは手鏡を覗き込み前髪を直しながら、



「エスコートと一緒に踊るファーストダンス以外は、自分でダンスの相手は確保しなくちゃいけないというのに、アリアナがぼーっとしてるから、ほら、お母様がんばっていらっしゃるわよ」



 といたずらっこのような目でアリアナの母を追った。


 アリアナの母は、同じお目付け役(シャペロン)や、吊り合いのとれそうな男性の間を、あちらこちらとミツバチのように動き回っている。


 自分の娘がいかに清楚で賞賛されるべき存在なのか吹聴しているのだろう。まったくなんて恥知らずなことをしているのか。


 アリアナは羞恥で赤らんだ頬を手で覆った。



「お母様……もぅ。あんなにしなくてもいいのに。ウェザリー伯爵家が花婿さがしに必死だと思われちゃうわ」


「間違ってはいないでしょ。どこのご令嬢も似たようなものだと思うけど、アリアナは特別なんだし、張り切っちゃうのも仕方ないと思うわ」


「特別?」


「だってデビュー前から”頑なな伯爵と6人の兄が決して下界と交わらせない秘蔵の娘”だと有名だったんだから。……まぁそんな顔しないで、お母様も心配なのよ。許してあげなさいな。それでダンスのカードはもらえたの?」


「うーん、うん……。何人かは」


「そう! 良かったわね」



 ちやほやされるデビュタントでありながら誰にも誘われない壁の花は、惨めでしかない。

 やりすぎ感満載の母の努力により、耐え難い屈辱は避けられたようだ。


 アリアナは母の集めてきたダンスパートナーの予約カードを、エミリィに差し出した。



「へぇ、バルトン卿にリーランド子爵、悪くないんじゃない? それで最後のワルツ(ラストダンス)は誰と踊るの?」


「未だ決まってないの。エミリィはスレイドさん?」


「当然。最後のワルツは特別な人と踊るものでしょ。たった一度のデビューのラストダンスだもの。世界で一番愛しい人と踊らなきゃ、一生()()が残るわ」


「……婚約者がいるエミリィがうらやましいわ。相手に悩まなくてもいいんだから」



 でも現実問題、特別な相手の居ないものはどうしたらいいのだろう。


 婚約者をもたないデビュタントも沢山居るはずだ。お目付け役(シャペロン)や身内の誰かが連れてきてくれたりするものだろうか。


 けれどそこまで母に世話されるのも何となく癪に障る。



「ラストダンス、婚約者も恋人もいない私はどうしたらいいと思う?」


「そんなの簡単よ。会場の中で一番気になる人と踊ればいいんじゃない?」



「一番気になる人……?」アリアナは談笑に勤しむ会場の男性陣を見つめた。



 皆が皆、上等の燕尾服に丁寧に調えられた髪をし、上品な笑顔を浮かべている。


 貴族に平民の富裕層。

 この国の上流に属する者――。



(このなかの誰かが私の夫になる……かもしれない)



 恋愛もしたことが無いのに、この中の一人を無条件に愛することなんて、あの燕尾服の集団の中の誰かに全てを捧げて尽くすことが出来るのだろうか。


 アリアナは心の中で小さく「いいえ」と応えた。



(え、私、今なんて思ったの)



 愛とは家門の条件の下、努力して得るものなのだ。

 そういうものなのに、何故「いいえ」と思うのか。



「気になる人だなんて、そんな人は……」



 いないわ、と言いかけてアリアナは言葉をとめた。


 金や茶の多いなか、黒髪をした男性が目に入る。背はそれほど高い方ではないが、無駄の無いがっちりとした体躯と整った容姿をしているのが遠目からも分かる。



(黒髪だわ。珍しい)



 アリアナは出会ったことも話したことも無い男性に興味を抱いた。


 黒髪はこの国では珍しいが、ないわけではない。

 貴族同士は国を越えて婚姻関係を結ぶことも多く、南方の国(アストゥリアス)に縁がある者は暗い髪色をしている。


 アリアナもそうだ。

 艶やかな黒髪はアストゥリアス出の祖母から受け継いだものだ。

 だからといって黒髪であることだけで、こんな気持ちを抱くことは無かったというのに……。



(ラストダンスはあの方と踊りたい)



 ふっと胸の奥に思いがわく。



(どうしてだかわからないけど、あの方とワルツを踊りたいわ)



 アリアナは戸惑いながら、「でもその人が私にダンスを申し込んでくれるかしら」と小首をかしげた。



「簡単なことよ。アリアナから申し込んだらいいんじゃない? 違う大陸まで旅行が出来る今の世の中で、男性からの申し出が無ければダンスできないとかおかしなことよ。声をかけてみればいいと思う」



 女性から申し込むなんて!


 両親からも女家庭教師からも聞いたことが無い。ダンスは男性から申し込み、女性が決めることがマナーだ。

 叛くだなんて、下品なことできるはずが無いではないか。



「そんなことできないわ」


「アリアナ、あなたのだめなところはそこよ。最初からできないと否定するのではなくて、試してみればいいじゃない。あなたのことだもの、きっと分別のある人を選ぶでしょう? そんな男性なら例え雑談でも、あなたに不利になることを広めることは無いと思うわ。試してみることね」



 エミリィはきっぱりと言い切った。

 貴族の令嬢というよりも商人として生きるエミリィの思考は、時に辛らつで先進的である。



「そうかな……。でもそうね。エミリィが言うとおりだわ」



 アリアナはもう一度、黒髪の男性のいた方向を見つめた。

 が、いつの間にかその姿はなかった。



(あら、もういないわ)



 どこにいったのだろう?

 何故だか分からなかったが、アリアナはほんの少しばかり落胆したのだった。

読んでいただきありがとうございます。

宮平です!


5話目の更新です。

平日の更新がなかなかできなかったのですが(遅筆なだけです汗)、今回はやっと平日更新できました。よかったです。


アリアナ、堅物なわりにちょろいかもしれません。

すぐにケネスに恋しちゃいそうです。


ブックマーク・PVありがとうございます!

とても励みにしています。


では次回もお会いできることを祈って。


追伸:他にもいろいろ書いています。

よろしければこちらも!

https://mypage.syosetu.com/1722750/

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