3話:社交界シーズンの幕開け。
社交シーズンは、王家主催の舞踏会で幕を開ける。
最初の舞踏会でその年に社交界にデビューする貴族・富豪や名門平民の子息・子女(もちろん厳選された者だけだ)が招待され、女王や有力貴族達に披露されるのだ。
最高権力者である女王がホステス役の舞踏会で社交界にデビューできることは、大変な名誉であり、デビュタントたちにとってもこの後の人生で、とくに結婚する上で箔がつく。
結婚に夢みる少女たちにとっては招聘を願う憧れの舞踏会でもあった。
当然、上位貴族である伯爵家出身のアリアナの元には、王家の印璽が押された招待状が届けられていた。
王室からの使者から手紙を受け取ったアリアナの母は、使者が帰途につき屋敷の門をくぐるかくぐらないかのうちに、
「いいこと、アリアナ。あなた、絶対に王族の方とダンスをなさい。王族といっても別に王太子殿下の子息でなくともいいの。女王陛下の第二王子、第三王子の血筋の方で充分よ。そうね、今年デビューされるウォールデン公爵様のご長女メアリ様は絶対にいらっしゃるだろうから、メアリ様のエスコート役に兄君様のどなたかも参加なさっているでしょう。その方とお知りあいになるのよ。まだ独身であるはずだから」
と振り返ると反論を許さない笑顔で言い放った。
母の勢いに圧倒されたアリアナは視線を泳がせ、
「でもお母様。……努力はしますが、公子様どころか、どなたからも誘われずに壁の花になるってこともあるでしょう? あまりプレッシャーを……」
(社交界は結婚相手を見つけに行くところだし、王族に嫁ぐことは貴族にとってよろこばしいことだけど……気が乗らないわ)
こんな田舎住まいしかしらない自分が、この国を支配する一族に縁付くなんて、あまりに恐れ多い。
「なんですって? アリアナ。あなたはこのシュロップで一番の家柄のうえに美人なのよ。そんなあなたが壁の花ですって? そんなこと、このお母様がさせるもんですか」
「ちょっとお母様。この州一番とか、言いすぎよ。私程度はいくらでもいるわ。片田舎のシュロップで目立っていても、都会ではその他大勢の一人に過ぎないわ」
「……と……とにかくよ、アリアナ」
アリアナの母は図星をつかれたのが、慌てて話をそらし、ゴホンと咳払いをした。
「世の中の殿方には温室で育てられた艶やかなバラが好きな方もいれば、清楚な瑠璃菊が好きな方もいるのよ。公子様の好みがあなたであればいいとお母様は思うのよ」
都会育ちの公爵家の子息が、大して財産の無い伯爵家の田舎臭い小娘を、結婚相手に選ぶわけが無いだろう。
常識で考えれば分かるのに、とアリアナはあきれ果てた。
先走りがちな母親の姿に先が思いやられる。
舞い上がった母が無作法をしでかして、社交界からつまはじきにされるなんてことも可能性が無いわけではない。
アリアナは、身の程にあった相手と、できれば領地同士が近い相手と縁がありますように、そして家族が侮蔑されることなく初めての社交シーズンを終えることが出来ますように、とそっと神に祈った。
時が流れるのは早いもので。
ひそやかな祈りの日からデビューの日まであっという間に過ぎていった。
今日は王家の舞踏会の当日。
デビュタントは舞踏会の最初に一人ずつ女王と謁見することになっていた。
「アリアナ、顔色悪いわよ? 大丈夫?」
デビュタントの証である白いドレスをまとったエミリィが、女王謁見の儀の控え室である広間の片隅でうな垂れたアリアナに声をかけた。
「エミリィ……。大丈夫といいがたいかも。ものすごく緊張して胃が痛いわ。生まれて初めて女王陛下とお会いするんだもの。私、伯爵家の娘だけど、いつも田舎の領にいるでしょう? こんなに華やかな場所なんて初めてでどうしたらいいのか。緊張で死にそう。……エミリィは?」
「私はそうでもないわ。陛下にはほんの小さい時からお会いしてるし」
天下の政商エヴァンス家である。
将来の当主であるエミリィは子供ながらも商売の場に呼ばれることもあるらしいと聞いたことがある。王族と面識があるのもおかしな事ではなかった。
「それにエヴァンスのパーティには何度も顔をだしていたから、招待客も見覚えのある顔ぶればかりだし。新鮮味はないわね。でも今日は……ダニエルもいるから」
エミリィは謁見の間の片隅で談笑しているであろう婚約者との逢瀬を期待しているのだろう。
頬をほんのり赤らめ、「謁見なんて二の次だわ」と声を顰めて微笑んだ。
「スレイド家も招待されているのね。それは心強いわね。うらやましい。エスコートも?」
「まさか。ダニエルとの婚約はまだ内々での話でしかないから、当然お爺様よ。アリアナは……」
エミリィは顔見知りでも見つけたのか娘をそっちのけにして話し込んでいるアリアナの母親をちらりと見て、
「ウェザリー伯爵家にとって一人娘のデビューだから、えらく気合いがはいっているわね、アリアナのお母様。あの胸元のレース、ナミュール産でしょう?」
「そうなの。ちょっとやりすぎよね? お母様がデビューなさるわけではないのに」
ナミュール産のレースは隣国から輸入された最高級品だ。
職人の手作業で作られた繊細な網目はアリアナに仕える侍女の一年分の給料に値するほどの価値があり、貴族女性達のあこがれの品である。
一人娘の社交界デビュー――本音のところは花婿さがし――に、アリアナの母も目いっぱいのオシャレをしてデビュタントのお目付け役を勤めているようだ。
当たり障りの無い雑談をしつつ娘を監視し、人脈作りに精を出すのはお目付け役のお手本といったところだ。
だが、デビュタントよりも目立ちすぎているのはいただけない。
「まぁ、アリアナのドレスのついでに見繕われたのよって思われてるわよ。きっと。言うまでも無く、あなたが主役よ。今日もとても綺麗だわ」
「そんな、エミリィまで。私はそんなんじゃ……」
「謙遜もほどほどにしときなさいな? 過ぎるとみっともないわ」
エミリィは扇子を広げ口元を隠しながら、頭からつま先まで親友の姿をゆっくりと眺めた。
「今年のデビュタントではアリアナがダントツで一番だわ」
実際に、都会の洗練された令嬢と比べてもアリアナは美しい。
南方出身の祖母譲りの、この国では珍しい黒髪を高く結い上げ、背筋を伸ばして佇む姿は、月の女神のように楚々として可憐だ。
大きく胸元の開いた袖の短い流行りのドレスからのぞく肌は、日々の田舎暮らしで多少焼けてはいるものの、健康的で明るい雰囲気のアリアナに良く似合ってる。
これほどの素材をもちながら田舎に埋もれて、愛を知らずに誰かに嫁ぐだなんてもったいない。
自分の価値を知らないなんて残念でしかないわ、アリアナならば望めば手に入らないものは無いのに、とエミリィは胸の内で呟いた。
「あまりに綺麗だから、王孫殿下に見初められるかもね」
「冗談はよして」アリアナはエミリィを制止すると、「王宮の侍従が呼んでいるわ。そろそろ謁見の間に移動みたいよ」と入口の方へ目を向けた。
開かれた豪奢な装飾の施された扉の中へ、白いドレスの集団が静々と歩み入っている。
「エミリィ、行こう」
「新たな戦場へデビューね?」
二人は顔を合わせるとニヤリと笑って、デビュタントの列に合流した。
読んでいただきありがとうございます。
宮平です。
今回の話は書いていてとても長くなり、分割することにしました。
残りは次話で公開したいと思います。
貴族の女性にとって結婚は生きていくための術でした。
財産をもてない女性は男性に頼っていくしかなかったのです。
アリアナの母が必死なのも下地にその考えがあるからです。
商品価値が高い時(若いとき)に何とか縁付いてもらいたいんですね。
ブックマークありがとうございます!
とても励みにしています。
では次回もお会いできることを祈って。
追伸:他にもいろいろ書いています。
よろしければこちらも!
https://mypage.syosetu.com/1722750/




