12話:これは恋かしら?
父と母からは拒否とまではいかないまでも、いい顔をされなかったアリアナは、ケネスのことが禁忌であると悟ると、二度と話題にすることなく過ごした。
両親には何かしら、ケネスに対して引っかかるところがあるのだろう。
自分よりも長く生きている分、アリアナよりも見識は深い。成人になったとはいえ新人のアリアナだ。娘としても成人としても、年配者の気持ちは尊重しなくてはならない。
(エミリィの婚約式までは黙っておこう)
エミリィの婚約者ダニエル・スレイドとケネスは親友であるという。
(きっと招待されているはずだわ)
人生の一大行事であり、貴族相手の商売をしているのならば、何をもおいて参加するはずだ。
(婚約式で会える。そのときに確かめればいいのよ)
ケネスのこと。
……そして自分の気持ちを。
今、アリアナがケネスに抱くこの想いは、ただの気の迷いかもしれない。
なにせ異性を特別に想うのは初めてのことだ。
これは本物ではないのかもしれない。
ひとかけらの経験のないアリアナには正誤の判断もつかない。
(会えば分かるかしら。ベナーニさんに会いたいわ。これは恋というのではないのかしら)
本にもあったではないか。
全てを捨ててまで一緒にいたい。いつも相手のことを考えずにはいられない。人を愛することは神を愛することとは違い、利己的に自己中心的になること。そういうことだと。
(ベナーニさんのことはもっと知りたい。食事は何が好きなのか、お仕事をなさっていない日は何をなさっているのか。どんな些細なことでも知りたいわ)
ほんの数日みかけないだけで、アリアナの思いは募っている。
誰かに会いたくてたまらないということは、生まれて初めてだ。
でもケネスのためにウェザリー伯爵家門を棄てることができるのかと問われれば躊躇してしまう。
昨今では経済状態の悪い貴族が多いと聞くが、ウェザリー伯爵家は資産運用に成功し、裕福な生活を続けることが出来ている。
そんな家の庇護を放棄することが出来るのか。
(無理だわ。考えられない)
そうであるならば。
これは恋……ではないのかもしれない。
ということをアリアナは婚約式の開式を一時間後に控えたエミリィにぼやき、「ほんっと頭でっかちねぇ」と仕度部屋に響き渡るほど大爆笑されることになった。
あまりの大声に、婚約式の仕度でせわしなく廊下を行き来する侍女たちが、何事かと開きっぱなしのドアから顔を覗かせたほどだ。
「何にも無いのよ。ごめんなさいね。仕事に戻ってちょうだい」
エミリィは笑いを堪えようともせずに、エヴァンス家の使用人にドアを閉めるように伝えると、「おかしいわね、ほんと」と心底愉快そうな眼差しを親友に向けた。
「エミリィ、そんなに笑うことないんじゃないの?」
「だっておかしいじゃないの。どうしてそうなるのか、どうしてそう考えるのか。さっぱりわかんないわ。面白い子と思っていたけれど、想像以上ね。笑いすぎて涙出ちゃう」
エミリィは専属の侍女に渡されたハンカチで目元をそっと押さえながら、遠慮なく笑い飛ばす。
「真面目なのか、愚かなのか。どうなのか。女王陛下が治める世の中なのに中世の修道女みたいだわ。アリアナ、あなた堅すぎるわよ」
「でも……」
「アリアナ、そもそもね。恋ってそういうものではないわ。あなたは頭で考えすぎ」
「じゃあどういうものなの?」
「教えられて分かるものではないわ。うーん、しいていうならば……」
エミリィは芳香の立ち上がる茶をティーポットから碗に移し、一口すすった。
「自然とわき上がるものだといえばいいかしらね。愛を感じるのは心でしょう? 自分では制御できなくなって、相手が欲しくなるものよ」
「欲しくなる??」
「そう。彼のことを全部ね」
「全部って?!」
「心も体も、全部よ」
「エ……エミリィ。私、ベナーニさんとお話したいと思うし、ダンスしたいとも思うわ。でもそれ以上は分からないの」
心の底ではケネスの黒い瞳に見つめて欲しい……と思っていることは言わなかった。淑女がきっと口に出すには適さない言葉であるはずだから。
「まったくあなたって。それは恋の始まりだからじゃない? そのうちそうなるわよ」
「そうかしら」
「私もそうだったもの。ダニエルも最初はいけすかない男だったのよ。でもいつの間にか、ね? 確かめてみたらいいじゃない。丁度いいわ。今日はベナーニさんも招待してるの。会場に居るはずよ」
「でも……」
「あぁもう」
アリアナの煮え切らない様子にこのままでは埒が明かないとエミリィは鏡台の前に座しなおし、
「ほら、空気読みなさいな。主役は支度が在るのよ? アリアナのせいで泣いちゃったからお化粧も直さないといけないし」
苦笑しながら、アリアナを送り出した。
読んでいただきありがとうございます。
久しぶりの更新となりました。
次回はエミリアの婚約式になります。
ケネス出てきますよ~。
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では
次回もお会いできることを祈って。
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