1話:結婚に愛は必要?
こんにちは。吉井あん(旧名・宮平なおき)と申します。
異世界恋愛物語が好きで何作か書いていまして、長編は5作目?になります。
このお話は18〜19世紀のイギリスをイメージした架空の世界が舞台です。
チートも魔法も転生もない貴族令嬢のラブストーリーになります。
ですのでジャンルを異世界恋愛としていますが、ヒストリカルファンタジーと言った方が良いかもしれません汗
ハッピーエンドな安心できるお話です。
ぜひお読みください。
大好きな人と結婚する……俗に言う恋愛結婚というもの……は、地位のある立場の者には望むべくもないものであり、あり得ないことだとアリアナは信じてきた。
だから一番の親友であるエミリィ・エヴァンスが婚約したと頬を赤らめながら伝えてきた時、相手はもちろん親や親戚がコーディネートした何処かの侯爵だか伯爵だかの次男だと疑わなかった。
「エミリィ、なんて素晴らしいことかしら。おめでたいわ」
アリアナやエミリィのような貴族、それも上級爵位保持家の令嬢が恋愛によって結婚相手を決めるというのは、堅苦しいマナーに縛られた貴族間では好まれることではない。
ゆえにアリアナはエミリィも慣例に従いお見合いでもしたのだろうと考えた。
むしろそれ以外の選択肢が貴族の二人にあるはずもない。否、あってはならないのだから。
「エミリィ、おめでたいとは言ったけど、実のところびっくりしたわ。結婚なんて大切な事が、こんなに急に決まるだなんて。前に会ったときはそんなこと一言も言わなかったじゃない」
前回こうして二人でお茶を飲んだのは、わずか五日前だ。その時は結婚のケの字も出なかった。
政略的な結婚にしても事前の準備が必要だ。高位の階級なればなるほど時間がかかるもの。それが突然の婚約とは……。
「ごめんね。でも先週会った時は何もなかったのよ。それがね、昨日の夜に突然プロポーズされたの」
晴々とした表情で照れ笑いするエミリィの輝くような金色の髪が、暖かい陽の光をうけ煌めく。
なんと美しい光景だろうとアリアナは目を細め、「幸せそうでよかったわ。とにかくおめでとう!」と事情を秘めた親友の慶事を祝福した。
アリアナ·ゴールディングは五月に誕生日を迎え十八になった。
この国では貴族や平民でも裕福な階級の者は、十八歳前後で子供時代と決別し、成人だけが許される社交界に参入する習慣がある。
アリアナもエミリィとともに今年の夏、社交界にお目見えする事が決まっていた。
適齢期を迎えた子息令嬢が社交界デビューする目的は、大きくは二つ。
大人の責任を負うことを表明しコネクションを作ることと、同じ階級で結婚相手を探すこと、だ。
貴い血を繋ぐことが古来からの使命である貴族にとって、最重要である結婚。
そのための結婚相手を捜し階級を支えるための場が社交界であり、デビュタントなのだ。
全ては代々続く爵位と身分と……富のために。
そうはいっても結婚よりも恋愛そのものを楽しみたい年頃でもある。
公にはされないが、貴族階級の令嬢たちも貞操を失わない限り多少の火遊びは黙認されている。
お遊びの恋愛と結婚は別なのだから問題もない。
例え現在恋人がいても、結婚になんの支障もきたさないのだ。
このアリアナの親友、可愛らしいエミリィにも秘密の恋人がいた。結婚までには後腐れなく清算されるだろうが。
「皆様のお眼鏡にかなう方が見つかったのね。本当におめでたいわ。エミリィのお相手を決めることは、簡単ではないと思ってたの。社交シーズンに入る前に結婚が決まってよかった。エヴァンス伯爵もさぞご安心なさったでしょう」
エミリィの家門エヴァンス家は伯爵位をもつ貴族である。さらにはこの国の経済を牛耳る富豪の一つでもあった。
王家よりも長い歴史と権力を持つ権勢家の跡取り娘。その結婚相手ともなれば、老伯爵や親戚一同で吟味に吟味を重ねて決めたに違いない。
アリアナは夢見るように綺麗な親友の花嫁姿を思い浮かべ、
「お相手の方は幸せね。エヴァンス家の加護と、こんなに美しい花嫁を手にすることができるんですもの」
「アリアナ……」
違うのよ、とエミリィは頭を振った。
「残念ながら、エヴァンスの祝福がもらえるかどうかは分からないわ」
「あら、どうして? エミリィのお相手、伯爵さまがお決めになったのでしょう? 喝采以外ないんじゃないの?」
「そうであれば良かったんでしょうけど。事は複雑なのよ。アリアナ……花婿はね、お爺さまではなくて、私自身で選んだのよ」
「選んだ? 花婿リストから選んだのでしょう? 違うの?」
「大外れ。私は私の意思で結婚相手を見つけたのよ。……まだお爺さまの許可はいただいてないの。というか話しすらしてないわ。お互いだけで決めたことなのだけど、あなたにだけは話したくて」
「ちょっとよく分からないわ。エミリィ。あなたなんて事を……。お相手はどなたなの?」
「ダニエル・スレイド」
「え? スレイド商会の?」アリアナはソーサーにカップを置くと、意外そうにエミリィを見つめる。
スレイドの姓を持つ者はこの国には多くない。当てはまるのはとある一門だけだった。
そう、この国の経済を支えるエヴァンス伯爵家と双璧をなすスレイド商会。
(その経営一族……)
ライバル同士ではあるが、アリアナから見てもビジネスという面からは悪くない縁談に思えた。
ただ一つの懸念を除いて。
「富豪だけど、スレイドは平民だわ」
「ええ、そうね。でもダニエルは誠実だし、ハンサムよ。優しいし、なによりも商才があるわ。付き合っていてよくわかったの」
「恋人って、ダニエル·スレイドだったの? 名を教えてくれなかったのはそういうことなのね」
敵対する家柄の恋人。しかもこの国に名を轟かす富豪。
――けれど平民だ。
この国において階級の異なる結婚、貴賎結婚は好まれないというのに。
「なんて事……。エミリィ、社交界で評判が落ちてしまうわ。あなたは伯爵家を継いで女伯爵になるのに、そんなこと……」
「許されない?」エミリィはカラリと笑った。
「結婚相手も自分で決められない女伯爵だなんて、おかしいと思わない? そうでしょ? 自分の人生は自分で選ぶの。社交界なんてどうでもいい。私はダニエルを愛してる。結婚するなら彼以外考えられないわ」
「彼を愛してる?」
「そうよ。愛してる」
「恋愛結婚なのね。ロマンティックね。現実主義のあなたが、なんだか不思議」
「……理解できないんでしょう? 微妙な顔してるわ」
両親や兄弟たちから溺愛されて辺鄙な自領から出ることもなく育てられた世間知らずのアリアナにとって、エミリィの結婚は理解の範疇外のことだった。
結婚は家同士、親が決めるもの。
それ以外に何があるのだろう?
「ねぇアリアナ」
エミリィはアリアナの柔らかな濃い黒髪を撫で、次いで白く嫋やかな手のひらを両手で握りしめた。
「あなたは自分がどれほど綺麗か知ってる? 見かけだけじゃないわ。内面は外見よりもより美しく純粋よ。だけどただ一つの欠点は――無知だということね」
エミリィはいつもと同じ穏やかな口調で、けれどキッパリと言い捨てた。
「王ではなく女王陛下が治めるこの時代なのよ。もっと進歩的な考えを持つべきだわ。違う価値観に触れること必要よ」
「多様な価値観に触れるっていうのは賛成するわ。でも好きな相手と結婚することは正しいってことなの?」
「自然なことでしょう? 愛してる相手と共に生きていたいと思うのは」
「よく……分からないわ。だって家ではお見合いが当たり前だし、愛情は結婚してから育つものでしょう?」
アリアナの父と母も政略的結婚だ。
だがお互いに支え合い労わりあっている。それが愛情というものではないか。
「かわいそうなアリアナ。身を焦がすほどの思いがどれだけ幸せをくれるのか、知らないのね。人生の大部分を失ってしまっているということに、気付いた方がいいわ」
「その言い方、嫌だわ。恋愛しないっていけないことなの? 不幸せなの? それに結婚は別のことでしょう? だって結婚は……」
全く理解できないとアリアナはため息をついた。
「家のためにするものだわ。貴族の義務よ」
「ほんと頑なね、アリアナは」
いや、理解というよりは洗脳に近い状態であっただろう。
伯爵家娘として生を受け十八年。
毎日のように「親と兄弟が納得する相手と結婚することが幸せなのだ」と諭され続けたのだから。
「ね、アリアナ。人生に一度でも誰かを好きになってみたらいいわ。結婚は仕方ないとしても、愛を知るのは大切だと思うのよ」
「そんなに簡単にいくものでもないでしょう?」
「ためしてみればいいわ。最高のタイミングで社交シーズンが始まるし。アリアナの運命の相手を見つけましょう」
エミリィは悪戯好きの子供のように隠しきれない好奇心を口元に浮かべた。
読んでいただきありがとうございます。
1話がとても長くなりましたが、いかがだったでしょうか。
WEBらしからぬ地の文が続きますが、是非最後までお付き合いいただけたらなとおもいます。
宮平自身ハッピーエンドが好きなので、このお話もハッピーエンドになることは確定しています。
疲れたときにさらりと読めるお話めざしてがんばります。
次回もお会いできることを祈って。




