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オオムラサキ ー山頂の少女ー  作者: 鬼ごろ氏
5/7

さなぎは颪を目指す 南入

「それでは第一回戦を始めます。選手は対局室に移動してください」


 説明が終わると一斉に周りの学生達は自分の腕に着いたリングに反映された文字の書かれた扉の先へ向かう。


「スゥ――よし」


 僕の腕輪にはAと映し出されており中には既に場決めを終えた対戦相手3人が席に座っていた、残った牌をめくる 南 だ。


「よろしくお願いします」


 全自動麻雀卓のボタンを押し配牌と挨拶を手短に終わらせる、ここからは脳みそを切り替えていく


 東一局

 南 八巻 25000

 西 金川 25000

 北 藤木 25000

 東 斉藤 25000


 ――開始


「ツモ タンヤオドラドラ 3翻60符は3900オール トビです」


「あっ……」


「ッッッ……!!」


「ハコ……」


「「「「ありがとうございました」」」」


 一回戦を足早に終わらせ挨拶を済ませる。下家へ二局連続で直撃を取り三局目のツモアガリで点数がマイナスを振り切り試合終了。 時間にして二〇分ほどのことだ、他の3人は何が起こったのかもわからず1人は空けた口が閉まらず、また1人は上を向いたまま硬直、また1人はそこまで気にもとめず、表情も「こんなものか」といったところだ。


「二回戦までかなり時間空いちゃったな」


「あれ?ガッツちゃんだ!もう終わったの?」


 対局室をあとにすると待ち伏せでもしていたかのように少女――土門 柚遊はいた、廊下を見渡すが他に誰もいないためガッツちゃんとは私のことだろう。


「ガッツちゃん?」


「うん、名前知らないし」


「珈琲です」


「名前で呼べばいいの?」


「はい、土門さんは―」


「私も名前でいいよ!」


「……柚遊さんは何をしていたんですか?」


「散歩だよ!休憩室に居てもくそつまんないし」


「自分が当たる選手の対局戦は見ないんですか」


「ザコばっかじゃん、それに私は嫌いなんだよね弱い奴珈琲ちゃんもそうでしょ?」


「そんなこと」


「あるよね?」


 一瞬のうちに柚遊の声色がかわる。正確には言葉に重みが加わったような感覚だ、理由は私の発言だとすぐに分かったが訂正する暇も貰えず即座に彼女はこちらに背中を向けたままで言い放つ、それはまるで眼中に入れる人間を選別しているかのようで―

 ―とても怒りを感じた。


          

「そんなもんなんだよ、私達なんて」


 振り向いた彼女は笑っていた。


「ザコばっかりさ」


「でも」


「でもじゃないよ」


 完全に理解した。この子には分かるのだ、彼女と僕は違い、この会場にいるみんなと自分が同じということを


「これ以上の否定は誰かを惨めにするだけだよ、」


「……」


 ようやく、ようやく彼女の言葉の意味を汲み取ったのにそれでも珈琲はどうすればいいか分からなかった。始終笑顔で接してくれた彼女の伝えたい言葉を、意味を、理解したのに、それは端から見れば小学生二人が会話していただけのこと……ただそれだけなのに今はその二人しかいない空間がおぞましい、早く抜け出したい、そんな状況で柚遊はただ一言だけを残してその場を去った。


「準決勝で会おうね!」




 返事はしない――その答えは、牌で示すものだから










 この世の全てを否定するのはこれで二度目だと思う。


『ツモっ、タンヤオドラドラ 3翻60符は3900オール トビです』


 こんな人口のしょぼい小規模な大会には新顔でも期待の新人でも良成績を残した選手でも、ちょっと差を見せつけてやればみんな諦めて半端な麻雀を打つ、その後はいつも二位抜けを狙ってみんなでどんぐりの背比べしてはしゃいでた。それを見て私はいつも滑稽だなと思った。そしてそれに混ざって麻雀を打つ私自身も、努力しても周りは雑魚、どうせまたつまらない麻雀を打って私が優勝して全国で紙屑のように負かされてここに帰ってくることになる……そう思っていた。


「八巻……珈琲」


 1人残された待合室で分割されたモニター越しに映された彼女の目はくすんでいた。一番最初に出会った時に見下していた自分に苛立ちすら覚える。一目見て力量も測れない時点で他の雑魚と同じレベルなんだと再認識させられてしまい胸が苦しくなる。私がどれだけ最強の小学生なんて記事や学校で謳われても所詮半端な差で優劣を付けているだけに過ぎない、地元の奴らが取っかえ引っ変えチヤホヤしてるだけ、代わりはいくらでもいるが八巻珈琲。あの子は本物だ、たった三局で認めてしまった自分がいる。対局するまでもない、全てにおいて勝るものなし、雲泥の差だ。このまま順調に勝ち進めば準決勝で当たり私は負ける。


「今年は全国にすらいけないんだな」


 戦う前からそんなこと口に出してしまう自分に何も感じないのはあの時もだったな――









「なんで……なんでだめなんですか風子さん!!」


「……」


「私じゃ、私じゃだめなんですか?沢山頑張って大会も優勝して……全国では日野と酒井のせいで一回戦で負けちゃったけど、それでも私沢山、これからもっともっと」


「柚遊ちゃん」


「風子さ―」


「ごめんね、」


 その一言を最後に私は二度と花ノ宮に顔を出さなくなった。


 花ノ宮には二つの名がある。それは岡山を代表する選ばれた学生に前代が名を襲名させ語り継いできた名だ。花ノ宮候補として選ばれるだけでも周りからはチヤホヤされ中学高校では推薦が送られてくるなんてざらだ、それ程までに花ノ宮の名はすごい、それを背負い全国で対局をするということは今まで築き上げられてきた歴史を背負うということになる。


「負けないからね!」


「上等だよ」


 六代目の名をかけて私と葛茂 梨李は風子さんに認めてもらう為に沢山の試験をこなした。その2か月後のことだったか、葛茂は自ら候補を降りた、全国大会から帰ってきてすぐの事だ。


「なんでだよ梨李!あともう少しで最終試験じゃないか」


「上には上がいたんだよ少なくとも私じゃダメなことはよく分かったから」


「そんな……」


 皆が騒いでいるなか、私は葛茂が降りたことを誰よりも安堵……いや喜んでいた。周りの連中はみんな葛茂が六代目になると豪語していた、私の事なんて見向きしないで、だがやっとこれで見返してやれるんだ、みんなが私のことを見てくれる。その一心で残りの試験も頑張ってこれた。


「必ずみんなに認めてもらう為に」


 予選大会で優勝し県代表になったことで同年代の子から大人までみんな手のひらを返して私に釘付けだった。一部の人間には『葛茂が中学生になったから?』『葛茂以外どうってことない奴らばかりだろ』『たまたまだろ?たまたま』なんて言われたがその頃の私はとても高揚していて、視界や耳に入っても頭の中には入ってこなかった。そうして私は全国大会を前に最終試験の内容を聞いた。


「全国大会終了後、五代目花ノ宮 科戸 風子を超えること」


 花ノ宮にいた全員が驚きを隠せないでいた。元々花ノ宮は一度四代目で潰えたのを初代花ノ宮が復権させ、娘を五代目としてこの令和の世に甦ったのだ。それゆえに誰一人花ノ宮の襲名方法を発表当日まで知らなかった。相手は元岡山最強、強豪集まる全国大会で初の三連覇という快挙を成し遂げた存在、嵐吹かせる卓上の支配者、それが五代目、伝説を越えなければ名は継ぐことは出来ないということだ。小学生にはとてもじゃないが、その場の全ての人間は不可能とすら思った。私自身ですら……

 それでも私はその日の為に研究と数万以上の対局をしてきたんだ。それなのに試験をすることなく、私は落ちた。その後は泣いて泣いて、ずっと布団から出られない生活が2ヶ月続いた。私がまともに外の景色を見られるようになったのは葛茂が見舞いにきてからのことだ。


「私何がだめだったのかな」


「……なんでだろうね」


「梨李ちゃん」


「ん?」


「お願い」


「……」


 その一言で葛茂は重い口を開いた。


「――才能がなかったからだと思う」


「……うん」


「柚遊も全国に行って分かっただろ、私たちと同じような平凡に強いやつもいたけどそれを遥かに凌ぐのが才能だ。私達みたいに努力を実らせていつか周りに才能と認められるような偽物とは違う。本物の才能だよ、今の花ノ宮にはそれがいなかった」


「……」


 分かっていた。でも、何も言えなかった。


「きっと風子さんはあの中で一番可能性のある私と柚遊を選んだんだと思う。全国の本物達と戦えば、風子さんと同じ場所に一歩踏み込めたかもしれないってね」


「でも……」


「ダメだった。少なくとも今の私たちではあの山の頂に足を踏み込むことすらできない、ひと風吹けば簡単に折れちゃうほどにね」


「悔しいなあ」


「うん、悔しい」


「私ね、何もできなかったんだ。風子さんに報告に行く時も真っ先に言い訳してさ、相手が優勝候補だったからとか準備ができてなかったとかさ」


「柚遊……」


「私なんかじゃ風子さんの隣には一生立てないや」


 その日、私はほんとの偽物に成り下がった。才能なんかない、未練たらしくもこの岡山の中では最強で居られるなら……笑顔で演じてやる。偽物を












「準決勝開始5分前です選手の皆さんは対局室にて場決めを済ませ――


「――間に合った!」


 駆け込むように部屋に入ってきた珈琲はまたもや四着だった。既に二人は席に座り一人は立ち上がりこちらを見下げる。


「遅かったね!何してたの?」


「少し、殻を破ってきました」


 あれ以上強くなるなんてことがあるのだろうか、凡人の自分には心底不思議に思う。しかし彼女――珈琲の目はあの時と違い遥かな輝きを放っていた。


「土門さん」


「なんだいガッツちゃん」


「――負けないから」


「うん!上等だよ!」


 わざわざ全力宣言をしてくれた珈琲に心の中で敬意を示す。もし例えるならこの対局はサナギと蝶。

 美しい才能の前で進化することを諦めサナギでいることを選んだ私がどこまで通用するのか、たとえ目の前の彼女の本物が私の偽物を完膚なきまでに叩き潰そうとも


「今ここにいる私自身は本物だから」


「対局30秒前皆さん、席に着いてください」


 担当者が各部屋に繋がるスピーカーで告げる。


 卓上には私含め凡人三人と山頂に足を踏み込んだ

 天才が一人、結果なんて既に分かっている。

 それでも――


「二度と諦めないがモットーなんでね!」



 六代目花ノ宮候補 八巻 珈琲


 前年度県予選優勝者 土門 柚遊



 対局 開始


レビュー感想頂けると今後の執筆の励みになります。

読了誠にありがとうございます次話も楽しんで頂けると幸いです。

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