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7.セシルは付け込む

長い真っ直ぐな黒髪に、キャラメル色の気の強そうな瞳の女の子。昔から前髪は眉上で真っ直ぐに切り揃えていて、いつだったか理由を聞いたら「本を読むのに邪魔にならない様に切ってます」と言われた。


その言葉の通り本を読み知識を吸収するのが好きな様で、幼い頃から聡明だった彼女は今では王宮魔道士に混ざって魔具の研究に勤しんでいる。


そんな彼女の名前はルーチェ・フルール。僕の婚約者…候補だ。


僕の魅了の魔力を上回る魅了耐性の持ち主で、歪んでいた世界を元に、僕を普通の人間に戻してくれた大切な人。


そんな彼女が3日前から熱を出して寝込んでいるのだという。



「こんな姿で申し訳ありません、殿下…」

「いえ、むしろこんな時に来てしまってすみません」

「大丈夫です。もう3日も空いてしまっていますし、今日しておかないと皆が困りますので」


そう言いながらベッドから起き上がるルーチェ。熱が高いのか頬が赤く額は汗ばんでいる。いつもカッチリしたドレスを好む彼女が、ピンク色の柔らかな寝着を纏っているのを見ると少しだけ目のやり場に困った。


「ふむ……」

「…ええと、ルーチェ?手をじっと見つめてどうかしましたか?」

「…殿下。1つ提案なのですが、風邪をうつす前に殿下に速やかに帰って頂ける様、いつもの様に手を繋ぐのではなく更に密着させてみてはいかがでしょう」

「みっ、密着!?」

「距離と接触度合によって打ち消しの早さが違うという話で…」


言葉の途中で彼女の体がフラリと崩れる。慌てて体を支えると彼女が荒い呼吸をしながら謝罪の言葉を口にした。

触れている体はとても熱く、こうして僕がここにいるだけでも負担になっているのだろう。


「そうですね…ルーチェも辛そうですし、そうしましょう」

「ありがとうございます。では殿下、後ろ向きに座って頂いても宜しいでしょうか」

「え?こうですか?」

「はい、失礼します…」

「!?」


椅子に座り直した僕の両側からルーチェの腕が周り込み優しく包まれた。まさか抱きしめられる側だとは思わなかった。


背中に感じる温もりに意識を集中してしまいそうになり慌てて頭を振る。なんとか気を紛らわせようと部屋の中に視線を向け、目についた物を話題に出した。


「…あ、あれは先月の会合の時の物ですね」

「はい、陛下と殿下に市場で買って頂いた物を飾らせて頂いております」


僕がプレゼントした珊瑚のネックレスと、父上がプレゼントした…かの国の名産品のとても派手な色彩の織物で作られたカニの人形だ。そのカニのハサミ部分に僕の珊瑚ネックレスが飾られており、何故かレンズの代わりに貝殻がはめ込まれている用途不明な眼鏡も添えられている。

…正直…意味が分からないオブジェになっていた。


あれを買った父上の趣味は理解出来ないが、ルーチェの感性も僕には難し過ぎた。顔が見られないのを良い事に口を引きつらせていると、僕の反応に気づいたのかルーチェが言った。


「…あの貝殻マスクは父から誕生日に贈られたものです。貰ってすぐに父の書斎に投げ込んでいたのですが、あの並びなら貝殻もイケると思ったのかいつの間にか飾られていました」

「そ、そうですか…」

「さて、そろそろどうでしょうか?」

「え?あ……そうですね……」


成長してから自分の魅了の力を感じる事が出来るようになった。ルーチェに問われて魔力の様子を伺うと無事に打ち消しが完了しているようだった。早いものだ。もう大丈夫だと伝えると背中から温もりが離れていく。


名残惜しくもあったがルーチェの顔色も優れないのでお礼を言ってすぐに退室した。



屋敷を出て馬車に乗り込む。ガタガタと揺れる車体に身を委ねながら、ぼんやりと思い浮かぶのは先ほどの温もり………ではなくカニと貝殻。


「何故そっち…っ!!」

「ど、どうされましたか殿下!?」


こうして初めての抱擁は、カニと貝殻の特大インパクトと共に記憶に刻まれてしまったのだった。



それから3日後。


「失礼します、殿下」


案内されてきたルーチェが部屋に入ってくる。僕がベッドから出ようとすると止められてしまった。


「私の熱がうつってしまったのですね…すみませんでした」

「いえ、違いますよ。…少し夜風に当たりすぎて体を冷やしてしまっただけです。貴女のせいではありません」


これは落ち込むルーチェを慰める為に言った嘘ではなく、すごく恥ずかしいのだが紛れもなく事実であった。


あの日以来、寝ようと目を瞑る度に背中の温もりをふわっと思い出し…かけて頭の中でカニと貝殻の襲撃に合う。

夜風に当たればスッキリして忘れられるだろうかと連夜バルコニーで涼んでいたら、情けない事に風邪をひいてしまったのだった。


「しかし…」

「僕が他所で勝手に風邪をひいただけです。責任を感じないでください」


むしろこれでルーチェの表情を曇らせるのは逆に苦しい。必死に誤解を解こうとするもルーチェは肩を落とし椅子に座っていた。困らせたい訳では無いのに、これは良くない状況だ。

熱のせいでぼんやりとする頭でどうするかなと考える。


「……気に病むのなら、1つお願いを聞いて貰えますか?」

「…何でしょうか?」

「セシルと、呼んでもらえませんか…?」

「………」

「………」


……この口は今何を言った…!?キョトンとしたルーチェを前に、風邪ではない理由で顔に熱が集まる。こんな事を頼んでも「そういう間柄ではないので」と断られるのは分かっているのに、熱のせいで変な事を言ってしまった。


「あの、違…っ」

「セシル様…?」

「!!」


戸惑いがちに呼ばれた名前。今度はこちらが目を丸くしていると「セシル様」と再び名前が呼ばれた。


「…はい」

「あの、これで良いのですか?」

「…これで良いです」


彼女の罪悪感に付け込むなんて我ながら酷いと思うが、ルーチェの声で自身の名を聞くと無性に心が温かくなってしまった。顔が更に熱くなるのを感じる。


もっともルーチェは僕の弟妹の事は名前で呼んでいるので、その延長の僕の名前呼びなんて抵抗ないのかも知れないのだが。


「でん…セシル様。顔が真っ赤になっていますが、熱が上がっているのではないですか?」

「い、いえ。大丈夫です。そ、それより打ち消しを始めましょうか」

「…分かりました。では悪化してもいけませんので、早く終わらせる為に前回の様に密着させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「う、うん…」


前回の、と聞いて思い浮かぶのはカニと貝殻。このままではルーチェに抱き締められる度に条件反射で思い出してしまうのではないだろうか。それは非常に嫌だ。どうにかして新しい記憶を上書きしなくては。


「…ルーチェ、今日は貴女が後ろ向きに座って貰えますか?」

「え?はい、わかりました」


僕の言葉に素直に座り直すルーチェ。緊張で震えそうな手に力を入れ直して彼女の体に手をまわした。


黒い柔らかな髪が顔に触れて少しだけくすぐったい。優しい匂いにぼんやりしてしまいそうになり慌てて意識を逸らし…いや、前回は無理に気を紛らわして変な思い出になってしまったのだった。

ならば今回は全力でルーチェの事を感じればいいのではないだろうか。そうだ、ルーチェの事をもっと感じよう。抱きしめた体は細くて柔らかくて、良い匂いがして、それから……。


「………」

「………」

「………」

「……セシル様?」

「………」

「セシル様?セシ…殿下!?殿下、しっかり!!誰か、誰か来て下さい!!殿下が意識を…っ!!」


どうやら集中しすぎて逆上せてしまったらしい。顔を真っ赤にして意識を失った僕はあまりの恥ずかしさに、風邪が悪化したのだという周りの声に反論する事が出来ず後3日は絶対安静を言い渡されてしまったのだった。


そして今回も情けなさ過ぎて思い出したくない記憶となってしまった。


次から15歳になります。

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