6.ルーチェは膝の上
私が城に通い始めて4年後。
10歳になった私は変わらず王子の婚約者候補のままで…
『〜〜』『〜〜〜』『〜〜?』『〜〜〜』
「………」
「どうした?疲れたのか」
「いえ、陛下。なんでも御座いません」
異国の言葉が飛び交う会合の中、陛下の膝に乗せられている。場違い感が半端ない。
陛下曰く会合のついでに膝に乗せてサクッと魅了の打ち消しをする方が合理的なのだと。ついでに王子も勉強として連れてこれるし王妃様と来るより便利なのだと評価を頂いた。
始めこそ周りからは奇異の目で見られていたが、4年の間でソレイユの国王はこれが普通なのだと受け入れられてしまった。順応性とは恐ろしいものだ。
「ご、ご機嫌麗しゅう、国王陛下。あの、そちらのご令嬢は…?」
「これか?これは王家の常備薬だ」
「えっ」
「何か問題でもあるのか?」
「い、いえ!滅相も御座いません!!」
たまに他国の新顔が訪れるとギョッとした表情をするので、麻痺しかけた異常性を再認識出来る。
うむ、やはりこれは可笑しい事なのだ。
「……あの日より4年経ったが、新たに強い耐性を持つ者は現れなかったようだな」
「その様ですね」
陛下は約束通り、私たちよりも10歳上の女性から今年生まれた子までを対象に魅了耐性の有無を調べてくれた。結果は陛下の言葉の通りで、敢えて5歳上ではなく10歳上までにしたのは親切心ではなく私の逃げ道を塞ぐ為だろう。
「魔具の研究はどうだ」
「少しずつ進んでおります」
魔具の開発にあたり、まずは一つ目の問題点として上がっていた術式についての改良から始まった。
私は術式についてはあまり知識が無いので父達大人に任せていたが、1年も2年も成果が出ない事に業を煮やして無理やり研究に加えてもらったのだった。
「父よ、違います。術式はもっとロマンティックに!」
「なんだよロマンティックって!?」
「マモン・スティルガー博士の本に書いてあったのです」
「誰だよそれ!?知らねぇ!!」
「あぁ、精霊ポエム論の方ですね」
「殿下ご存知なの!?ていうかなにそれ!?」
「魔力を術に変換してくれる精霊は美しい物が好き。よって美しい言葉で語りかければより強く反応をしてくれる。
スティルガー博士はその様な研究結果をだしているのです」
「マジなの!?」
「ほら父、亡き母を口説く様に術式を作ってください!」
「ええええーー!!?」
精霊ポエム論に基づきロマンティックな術式を作り出すのに1年。数多くの魔術師がポエム術式を提案したが、最も効果を生み出したのは何と父の術式だった。
あの適当な男が亡き妻を想って作ったポエムに精霊が感動したのだと王宮魔術師の間で感動が広まり、こうして作られた魔具は亡き母エレノアの名前を使い「ノア」と名づけられた。
父曰く完全な黒歴史だと。
「…紆余曲折ありましたが安定した出力が可能となりました。残すところ私の力を乗せるだけなのですが…」
「上手くいってはいない様だな」
「……はい…」
「…后が王妃教育を始めたいと息巻いておったぞ」
「期限までまだ8年あります」
「レオルドもフィオナも気に入っている様子だ。あれも逃すつもりはないのであろうな」
4歳の第二王子レオルド様と、2歳の王女フィオナ様。例に漏れず魅了の力を持って生まれたお二方は王子の弟妹だ。幸い魔力自体は王后様でも抑えられる程度だったが、有事の際には私が呼ばれお世話を頼まれているので関わる事が多い。
フィオナ様は辿々しい言葉で可愛らしく「ねぇね」と呼んでくださるし、レオルド様は「兄上に振られたらオレがもらってやる」と仰るので懐かれてはいる様だ。婚約を白紙にする事が目標なので余計な事をしないよう擦り込みしていこうと思う。
「ルーチェ」
陛下の声に顔をあげる。
「はい、陛下。何でしょうか」
「午後の予定は無い。観光に行くぞ」
「畏まりました」
「畏まらないで下さい。父上、会議が終わればルーチェを自由にしてくださる約束ですよ」
会合が終わるのを別室で待っていたのか王子が駆け寄ってくる。その顔立ちは10歳になった今でも麗しく、通り過ぎる人が思わず後ろを振り返るほどだが、4年間欠かさずに魅了を打ち消しているので以前の様に周りの人を歪ませてしまう事はもうない。
私の手を取り陛下の膝から下ろす王子。数ヶ月前まで私の方が視線が上だった筈だが、いつの間にか同じくらいになっていた。
「ルーチェ、僕と市場に行きませんか?」
「市場、ですか」
「はい。この国はピンク珊瑚が有名なので何か装飾品をプレゼントさせてください」
「殿下からプレゼントを頂く理由がありません」
「こ、婚約者に贈り物をするのに理由はいりません」
「そうですか。しかし私は婚約者ではありませんので」
「……候補だって別に良いじゃないですか」
拗ねた様な声を出すが私は首を横に振る。
お互い想いあって婚約者候補になったわけではないので、義務感や罪悪感で気を遣って貰わなくて結構だ。そんな事をしなくとも約束した仕事はちゃんとするので心配しなくて良い。
その事をやんわりと伝えると王子は切なそうに顔をしかめ、様子を見ていた陛下がゆったりと腕組みをした。
「アピールはなにも響いていない様だな」
「…父上がルーチェを連れて行ってしまうから、2人の時間がなかなか取れないんじゃないですか」
「男の嫉妬は醜いぞ。限られた時間で成果を出せ」
「嫉妬…?」
「い、いえ!何でもないんです!!ルーチェは気にしないでください!!」
慌てた様に王子が手を振って誤魔化そうとするが、さすがに気づいてしまった。
私と陛下が一緒にいる事によって王子は嫉妬をしていた。つまり…
「陛下、少々お耳を宜しいでしょうか?」
「…なんだ?」
「…その、殿下は陛下と触れ合いたいのではないでしょうか。私の様な他人ばかりが構われているのを見て寂しくなったのだと思われます。
しっかりされているとは言えまだまだ子供です。私は退室致しますので、二人っきりで膝に乗せて差し上げては如何でしょうか?」
「……セシルよ、ルーチェはここまで抜けてるのか」
「…父上の表情で内容を察しました。残念ながらその通りです」
遠い目をする王子と額を押さえる陛下。何故だろう、とても馬鹿にされている気がする。
その後、私の発言など無かったかの様に3人で市場を巡り、固辞した筈の装飾品を与えられまくるのであった。