4.ルーチェは頷かない
「こんにちはルーチェ。今日こそ僕と婚約してください」
「ごきげんよう殿下。今日も良い天気ですね。洗濯物が良く乾くとメイド達が喜んでおりました」
「話を逸らさないでください」
「申し訳ありません。いつもの挨拶の定型文なのかと勘違いをしておりました」
「挨拶ではありません!本気で僕との婚約を考えてください」
「おや、先ほど飛び立ったのはヒバリではありませんか?のどかですね」
「誤魔化さないでください!!」
クジ引きをしてから半月が経った。その間何度か呼び出しを受け参上しており、その度に行われる王子からの求婚がすでに定例イベントとなっている。
テラス席で庭を眺める私と、その傍らで半べそな王子。そして室内のソファでは毎回付き添いで付いてくる私の父が青い顔で生まれたての小鹿になっている。
父の周りだけ地震でも起こっているのだろうか、持ち上げたカップから零れていく紅茶を傍らでせっせと拭いてくれる執事には是非とも介護手当をさしあげてほしい。
そして父が震える原因となっている陛下は父の向かいに悠然とした態度で座っていた。
陛下が私達の前に姿を現したのはこれで2度目だ。1度目は私がクジ引きをした日なので、こうして「呼び出しお茶会」に参加されるのは初めてである。
2人で何の話しをしているのだろう。時折様子を伺うがガラスを挟んでいるため会話内容までは聞こえない。ただ頻りに父が頷いているのが見えた。生まれたての小鹿はまだ立ち上がれそうにない。
「……父…、大丈夫なのでしょうか」
「父上も僕も無理強いはしませんよ」
「その割に距離の詰め方がただ事ではないのですが」
「無理強いはしませんが、逃がすつもりもありません」
「腑に落ちない…」
会う毎に少しずつ表情が豊かになっていく王子。それと同時に魅了打ち消しの為と称してのスキンシップも増えてきていた。
どうやら魅了の打ち消しは距離間と接触度合によって持続効果を変えるらしい。そして打ち消しの効果は最長で3日。なので3日と空けず呼び出しを受ける事になっている。
そんな魅了対策の事は初日に説明されていたので、不本意ながら手を繋ぐと、王子はその神がかった輝かんばかりの笑顔を惜しげもなく私に向けてくるのだった。
「ルーチェは僕の事は嫌いですか?」
「嫌ってなどおりません。普通です」
「普通…」
「普通です」
「では抱きしめてもいいですか?」
「かなり唐突では?」
「嫌いではなく普通ならば抱きしめても問題無い筈です」
「おっしゃってる意味がわかりません」
「では何故抱きしめてはいけないのですか?」
「その様な間柄ではない、から、です!」
強調して言うと王子は再びくしゃりと顔を歪める。これでは巷で呼ばれる「麗し王子」ではなく「ウルウル王子」だなと思いながらも抱きしめる事はしない。
お互い6歳の子供とはいえれっきとした男女なのだ。知り合ったばかりの異性をホイホイ抱きしめたりはしない。
「うぅ…何故、婚約者になってくれないのですか?」
今にも涙が溢れそうな王子を前に、どう誤魔化すかなと考えを巡らせていると、背後から威厳たっぷりの声を掛けられた。
「その話、儂にも聞かせてもらおうか」
「!陛下!?」
「ごめんルーちゃん…ほんとごめん…」
いつの間に外に出たのだろう。陛下と謝罪のポースをする父がテラス席で出てきていた。
父…?その謝罪の意味はなんなのですか…?嫌な予感しかしないのですが。
「フルール子爵から娘には婚約が受けれない理由が有ると聞いてな。是非それを本人の口から聞かせて貰おうかと思ったのだ」
「父…」
「ごめんってー!!」
陛下の御前で怖気づいて娘に丸投げしてきたな。まぁ勝手に婚約を結ばれるよりは良いかと思い直し、陛下の前で姿勢を正す。
「では、恐れながら私の口から…」
「申せ」
「もし…殿下が私自身の人柄を買いお選びになられたのでしたら、…喜んで、お受けいたしました」
本当に?みたいな視線を寄越すな、父よ。喜んだかどうかは別として渋々でも婚約を受け入れていたのは事実だ。
それに陛下から「婚約者になれ」と命令されれば断る事は出来ないのだが、私の気持ちを尊重してくれるあたり民の声が聞ける陛下なのかもしれない。
説得出来るのかという不安と、少しでも響いてくれればという期待で口を開いた。
「しかし求められているのは魅了の耐性。それは私で無くても良い、つまり代替が効く物だと考えています」
「ほう、代替とは?」
もし今回のクジ引きで誰も当たらなかった場合、王家は最悪の事態を想定して次の手を考えていた筈だ。その為、私が言わんとする事の見当はついているだろう。陛下は試す様な視線を返してきた。
怖気付いてなるものか。私は手を硬く握った。