23.ルーチェは着飾る
「ちょうど良かったわ。貴女に渡したい物がありましたの」
そう言って王后様が扇で指示すると、後ろで控えていた従者が綺麗に包装された箱を私の前に差し出した。
見たところ贈り物の様だが何だろうか?もしや、もうすぐここの関係者ではなくなる私に、少し早めの餞別をくださったのだろうか。
「こちらは?」
「このところの貴女の様子を耳にしましたので、ほんの後押しです」
「後押し、ですか?」
「ええ。貴女に渡してもらう様クソ男に託そうとしたのだけど、クソ男の顔を見たら怒りが込み上げてしまって…。ちょうど貴女が通りかかってくれて良かったわ」
マナーに厳しく上品な王后様の口からクソ男が連呼されてるのだが。
私の護衛の後ろに隠れる父は、一体何をやらかしたんだろうか。いや、欠片も聞きたくない。
いろいろと飲み込んで御礼の言葉を返すと、王后様は少し眩しそうに目を細めた。
「…ドレスの系統とお化粧の仕方を変えたのですね。前髪も伸びているわ」
「はい。友人と相談をして少し印象を変えようかと思いまして」
「良いですね。似合っていますよ」
「ありがとうございます」
ドレスも化粧もまだ研究中なので劇的に変わっている訳ではないが、第三者に褒められると嬉しくなる。
私が頬を緩ませていると「ドレスと言えば…」と王后様が続けた。
「今度の夜会ではセシルからのドレスを断ったのだと聞いたのだけど、何故かしら?」
王后様のおっしゃる夜会とは、来週行われる魔具の完成を祝う会である。普段の夜会と違い、主要貴族の他に王宮魔導士が多く招待されており、夜会に出る年齢に達していない私も参加する。
そしてその場でノアを王家に献上し、婚約者候補という立場が解消されるのだ。その為、空いた婚約者の座を狙うべく、私以外にも18歳に達していない令嬢方も数多く参加するのだと聞いた。
詳しくは伺っていないのだが、きっと夜会の最中に正式な婚約者を探されるのだろう。
「…今までは婚約者候補としてセシル様に良くして頂いておりましたが、それもこの夜会で解消となります。正式な婚約者探しが始まろうとする場で、元候補者がいつまでもセシル様のご厚意に甘える訳にはいきません」
もしかすると、すでに婚約者は決まっているのかもしれない。頂いたドレスを纏ってその様子を祝福するなんて惨めな事はしたくない。
私は自分の足で立って、胸を張って振られにいくんだ。
「頑ななのですね。10年も王家に尽くしてきたのです。少しくらい甘えても誰も文句は言いませんよ」
「いえ。周りの意見というより私の意地です」
「…そう、女の意地なのね。分かりました」
口を隠していた扇を畳み王后様は優雅に、しかしどこか悪戯っぽく笑った。
「では、そちらはセシルとは関係無いから使ってもらえるわね」
「え?あの、これは…」
「きっと貴女の力になるわ。夜会を楽しみにしていますよ」
そう言って王后様は去っていった。
…開けるタイミングが無く確認する事が出来なかったが、結局この箱は…?
―――いつもの倍以上の時間を掛けて磨き上げられ、髪を編み化粧を施しドレスを纏う。仕上げに装身具を付けるという段階になって初めて鏡を見る事が出来た。
普段は上がり気味の目を優しく見せる化粧をしていたが、今日は目に沿ってしっかりと引かれた線と赤く色付けられた瞼が、少し異国の風を感じる気の強そうな目元を演出していた。それに合わせて唇にも色と艶を付けられる。
悩みに悩んだ勝負服、鮮やかな赤のドレスも腰下まで体のラインに沿ったデザインだ。いつもセシル様から頂くドレスはスカートが広がった可愛らしく清楚な物ばかりなので、それと比較するとかなり大胆に攻めている。
…これ、大丈夫だろうか?入口で摘まみ出されない??
鏡の向こうの見慣れない自身の姿に、急に不安に駆られる。
「………今更だけど派手じゃないかしら。無事に会場に入れる?」
「何を仰りますか!やっとお嬢様に合った装いに出会えたというのに…!間違いなくお嬢様史上最も美しく仕上がっております!!」
「でも、こんなに体のラインが…」
「さあ四の五の言わず仕上げしますよ。座りなおしてください!」
私の不安など吹き飛ばす勢いで侍女が仕上げに取り掛かる。手際よく装身具を付けていき、最後に例の箱を手にした。
「何度見ても素敵な髪飾りですね。さすが王后様の贈り物…!!」
「本当、とても素敵。我が家の財政ではお目に掛かれない代物だわ。最後だからと手切れ金代わりにくださったのかしら??」
「そんな悲しい事言わないでくださいよ。後押しだと仰ってたんでしょう?きっと変わろうとしているお嬢様に気づいて応援してくださっているんですよ」
侍女が髪留めをそっと持ち上げると、銀の留め具から伸びる真珠の連なりがじゃらりと音を立てた。左肩から緩く垂らした編み込みに飾り付ければ完成だ。なるほど、一気に豪華さが増す。
この姿なら最後に相応しいだろうか。全力を尽くしたのだと、ちゃんと諦める事が出来るだろうか。
暫く鏡の前で確認をして覚悟を決める。準備を手伝ってくれた侍女たちに見送られ部屋を出た。
「お、ルーチェ、準備でき…うわぁお、父ビックリ!!」
「変ではないですか?」
「嘘、ルーちゃんもうレディなの?いつまでも子供でいてくれないの?子供の成長って早いんだなぁ。切ないけど感動だわ、エリーちゃん…」
「私の話聞いてますか?」
よく分からないけれど父が涙ぐみ従者になだめられている。随分と情緒不安定だ。今日は晴れ舞台だというのに大丈夫だろうか、このオッサン。
代わりに執事長が私の姿を絶賛してくれた。
父が落ち着いてから、迎えにきた王家の馬車に乗り込む。迎えが来ること自体もはや珍しくもないのだが、こうしていると10年前にクジ引きに行った日の事を思い出す。
まさかあの時は自分が婚約者候補に選ばれるなんて露程も思っていなかった。
「…10年間、長いようであっという間でしたね」
「本当だな。最初の頃は何度、陛下の眼力で漏らすかと思った事か…。今では王后様に捻り飛ばされそうだけどな。あっはっは」
「いや、父。笑っていう言葉じゃありません。貴方一体何をしでかしたんですか!?」
「まぁまぁ、父はこう見えてスーパーエリートだから、問題無い…ちょ、ルーちゃん。女の子がそんな顔しちゃダメ!父、傷つくからやめて!!」
ガタゴトと揺れる馬車の中で他愛のない話を続ける。
「今日はエスコートお願いしますね」
「それは良いんだけど、最後なんだし殿下に頼めばよかったんじゃねぇの?」
「最後だから、頼めないんです。会の途中で関係が解消されたら、私は誰のエスコートで帰ればよいのですか?正式な婚約者探しに勤しむセシル様の手を煩わせる訳にはいきません」
「………ルーチェは、殿下の事……。
いや、そういう事なら行きも帰りもこの父に任せなさい!!なんたってルーちゃんの父は今日の主役なんだから!」
「主役というのは言い過ぎですが……はい。私の骨はちゃんと拾ってくださいね」
「戦場なの!?これからそんなドレス着て戦場いくの!?俺そんな場で主役になりたくない!!」
そう言って泣き真似をする父の様子に少しだけ気持ちが軽くなる。
大丈夫、王家との繋がりが解消されても私は一人じゃない。少なくとも父がいてくれる。多くの嘲笑を浴びても胸を張って立っていられる筈だ。
そう腹を括り頷くと、馬車が止まった。どうやら目的の王城に辿り着いた様だ。
父の手を借りて馬車を降りる。夜の王城は灯に照らされて、昼とはまた違った表情を見せていた。
…怖気づくな。背筋をのばせ。最後の悪あがきの始まりだ…!!
あと数話で終わる筈!




