21.セシルも怒っている
「――姉は微弱ながら魅了の力を持っています」
ルーチェが攫われたという報告を受けてすぐの来訪者、それはエニシャの第3王女だった。従者を1人だけ連れてやって来た彼女は、白い顔で拳を握りしめ小さく震えていた。
王女の肩を支える従者は彼女の懐刀で、第2王女の元で動きを見張っていたらしい。それにより今回の誘拐を知り、急ぎ伝えに来たのだった。
可哀想なくらいに青ざめた彼女は、愚かな姉の仕出かした事が二国間の争いの種となる事を恐れていた。
洗いざらい話す事を条件に、穏便に事を済ませると約束をすると、王女は涙を流しながら感謝の言葉を口にした。
勿論、穏便に済ます事項に第2王女の処罰は含まれない。その事を伝えると彼女も姉の厳正な処分を望んだ。
「姉の微弱な魅了は人に可愛がられる程度の効果しかなく、周囲に魅了だとは認知されていません。本人にも何度も伝えましたが、聞く耳を持たない姉は自身の魅力なのだと慢心しています」
魅了耐性を持つ二人は、人知れず打ち消しや尻拭いを行っていたそうだ。どちらも随分と疲れた表情をしているので、余程振り回されたのだろう。
「……そうですか。では、すぐに港町へ騎士団を向かわせます。全てが終わるまであなた方はこの部屋でお待ち下さい」
二人の情報を信じきったわけではない。しかし人質という立場を素直に受け入れる姿を見ると、信用しても良い気はする。
その後、無事にルーチェを保護したと急使の報告を受け、待たせていた第2王女の部屋へと向かった。
『嘘…私が魅了体質……なんで、だって……え…??』
何度も妹が伝えていただろうに、全く信じていなかった様だ。
ショックで床に崩れ落ちた第2王女に冷ややかな視線を向ける。
『…ですので、貴女が僕の婚約者になる事は有り得ません』
『……嘘…嘘よ…!…だって私は王女よ!?あの女より、美しくて…気品もあって、みんなに愛されて……だからっ、貴方に相応しいのは私なのよッ!?』
『……盛大に勘違いをされている様ですが…』
短い術式を編むと右手に青い雷が宿った。僅かな時間で呼び出せるのは、相性の良い雷属性の小さな魔術だ。
バチバチと音をたてるそれを、青ざめた第2王女に向かって振り下ろした。
『ッ!!?』
「……ルーチェはとても魅力的な女性ですよ。貴女と比べようが無い程にね」
魔術で人を傷つけるのは御法度だ。予定通り雷は第2王女を避けて手前に落ちたのだが、彼女は叫び声を上げる事なく気を失ってしまった。
「……………ふぅ…」
意識がハッキリしている者が自分しか居なくなった部屋で、1人溜息を吐く。
魔力を消費しない通常の魅了と違い、魅了が暴走している時は魔力も放出され続けているらしく、その状態での魔術は流石に疲れてしまった。
第2王女には敢えて違う説明をしたが、魅了の暴走は何らかのトリガーで魔力自体が暴走をする事で発生するようだ。自分にとってのトリガーは怒りの感情なのだろう。
つまり体内の魔力を全て消費すれば暴走は収まるという事になる。その場合は意識を失う上、数日は寝込んでしまうのだが。
もちろん悠長にそんな事をしている暇はない。
「ルーチェは…どうなったんだ…」
無事に帰って来れただろうか。怪我等はしていないだろうか。
本当なら自分が迎えに行きたかった。彼女が危険に晒されている間、城に居るしか出来ないなんて…。
魅了の力が暴走している今、部屋を出る訳にはいかない。核となる自分が動く事で被害が拡がる事が容易に想像出来るからだ。
しかし、このまま大人しく待っているなんて…
「――炎よ!!」
「!?」
聞き慣れた声と共に、部屋の扉が炎の渦に吹き飛ばされた。一瞬にして廃材と化した扉から視線を戻す。
ただの開口となった入り口から、ゆっくりと姿を見せたのは、求めていた愛しい姿だった。
「……ルーチェ!!大丈夫でしたか!?怪我は?何もされていませ…」
「セシル様…まずは打ち消しをさせてください…!」
前回と同じ様に寒気がするのか、過激な登場をした割に彼女の顔色は悪く、どこか足元がおぼつかない。
手を添え支えると寒気が増したのか、苦い顔をされた。自分のせいとは言え、流石にその顔は傷つく。早いところ打ち消しをして暴走を止めてもらおう。
「………いいですか?」
きっと密着するだけでは前回同様、暴走は止められないだろう。頬に手を添えて訊ねるとルーチェは僅かに目を見開いた後、視線を落としながら了承した。
以前と違う反応に疑問を感じながら唇を合わせる。今度は自分から彼女の中へ潜り込ませた。
すぐさま弾けた音がして魅了の力が消え去ったのを感じ取ったが、彼女が抵抗しないのをいい事に、頬に添えていた手を後頭に回す。
そのまま深く舌を絡ませると、彼女から甘い吐息が漏れ……
「〜ッもう大丈夫ですね!!!」
真っ赤な顔のルーチェに思い切り突き飛ばされた。
この反応は何だろうか。前回の仕事をこなした感と大きく異なるのだが。
こちらから顔を背けて、扉を魔術で壊した理由を早口で捲し立てている。これは…もしや照れ隠しではないだろうか。
「…なので扉前に人が倒れていて開ける事が出来なかったので…」
「ルーチェ」
「はい」
名前を呼べば見上げてくる顔。その柔らかな唇にもう一度キスをした。
「……なにを、するのですか」
止められなかった。嫌がらなかった。
林檎の様に真っ赤になった顔で睨まれても、可愛いとしか思えない。
――あぁ、本能のままに愛を囁きたい。
魅了の暴走が収拾した今、危うく他の感情が暴走しそうだ。タイミングよく廊下から複数人の足音が聞こえてこなければ、理性は負けていたかもしれない。そんな事を考えながら、部屋に流れ込んできた騎士団に向き直った。
「セシル殿下!フルール様!ご無事でしょうか?」
「…あぁ、問題ないよ」
「副団長様も寒気は無くなりましたか?」
「はい、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました…」
騎士団を引き連れてやってきた副団長とルーチェが和やかに話をしている。副団長が港町まで迎えに行き、この部屋に来る途中まで案内をしてくれたそうだ。
お陰でルーチェに怪我1つないのだが、助けに行きたかった身としては面白くない。ルーチェが笑い掛けるのも気に食わない。
「……ルーチェは僕が連れて行く。副団長はここの指揮を任せられているだろう?」
「…はい!畏まりました。ではこちらだけフルール様にお渡しさせて頂きます」
そう言って部下が持っていた白い布をルーチェに手渡す。
「ありがとうございます」
「…それは?」
「冷たい水に浸した濡れタオルです」
「痛くはなかったので、ここまでしてもらわなくても平気でしたが…」
「後々腫れる可能性が無いこともないので、念のためにお使い下さい」
「………誰かに叩かれたのですか?」
会話の内容を理解して、つい低い声が出てしまった。ルーチェが左頬にタオルを当てながら、少し考えた後に頷く。
「誰がそんな…っ!?」
許せない。ルーチェに暴力を振るうなんて。
誰がそんな事を…第2王女か?それに雇われた男か?
怒りで震えてしまった声で問い掛けると、2人は顔を見合わせた後、声を揃えて言った。
「「王后様です」」
………身内の犯行だった。
王城へついてすぐに駆けつけた母上に軽く叩かれ、抱き締められながら軽率な行動を叱られたのだと。
その事を嬉しそうにルーチェが言うものだから、僕は複雑な表情をするしかなかった。
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