18.ルーチェの危機
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喉が渇いた。目が覚めて真っ先に思った事はそれだ。
続いて、ここは何処だろうという疑問。
やけに重たい頭を押さえながら、体を起こし周りを見渡す。……知らない部屋だ。
自身の部屋よりもずっと狭いここは、装飾などは一切なく、実用的なデザインのベッドや机といった最低限の物が置かれていた。
硬めのベッドから抜け出し、机の上の水差しを取る。
誰かの屋敷…というよりは宿泊施設だろうか。それも庶民向けの。
今纏っている白いワンピースに着替えた覚えもない。何があっただろうか。
水を飲みカーテンを開ける。眩しさに目を細めながら外を見ると、そこは見覚えのある町だった。
船に乗るために何度か陛下に連れてこられた事がある、ソレイユ王国で1番大きな港町だ。
「どうしてここに…」
そう呟いて昨日の出来事を思い出した。
―――偶然、隣国の第二王女の乗った馬車とトラブルになり、お詫びにと招かれた王都の有名レストランでの食事。1人として味方を連れてくる事も許されず、孤立無援での食事はどんな味がしたかも覚えていない。
その食事の途中から今までの記憶がない。飲酒の覚えもないので何か盛られたのだろうか。不愉快な頭の重みはそのせいなのかもしれない。
『あなたはもう用済みよ』
始めこそこちらの言葉で他愛ない話をしていた第二王女だったが、魚料理が運ばれる頃にエニシャの公用語で切り出されたのは、そんな言葉だった。
やはり偶然等ではなかった。嵌められたのだ。
1年前の態度からして好かれているとは思ってはいなかったが、まさかここまでだったとは。
他には何を言われていただろう、グラグラする頭を押さえながら記憶を探る。
そう確か…
『もうあなたが魅了を消す必要はないわ。だって私がいるのだから』
…彼女は私とセシル様の関係を知っている様だった。その上で、婚約者候補の立場を降りろと迫ってきたのだ。
『フフン、驚いた?私も魅了耐性があるのよ。それもセシル様の力を上回るほどの。
だからあなたは要らない。同じ力を持っている美しい王女と地味な下位令嬢じゃ、どちらが相応しいかなんて比較するまでもないでしょ?』
彼女の自信満々な笑みと、嘲笑した声が蘇る。
記憶の中とはいえ僅かに苛立つ。気持ちを落ち着かせる為にもう1杯水を飲んだ。
…それにしても、第二王女にセシル様の力を上回るほどの魅了耐性があるのだと?そんな事があり得るだろうか。確かに魅了耐性自体はそこまで珍しい能力ではない。50人いれば1人は持っているとされている。
しかしセシル様の魅了に対抗するには、彼以上の魔力を有していなければならない筈だ。
そして彼は上級の魔力保有者。その魔力量は、魔術学園に在籍している生徒の中でもトップに近い。それをギリギリ上回っているのが私だ。
「私以外の魅了耐性者……」
エニシャの第三王女は魔力が高いと噂されていたが、第二王女にはその様な話は無かった。隠していたのだろうか。
もし本当ならば、6歳の頃に考えた様に、他国の魅了耐性が強い女性が現れたという事だ。セシル様に惹かれる前ならば、両手をあげて喜んだだろう。
しかし今は…。
「………ん?あぁ、起きてたのか」
「!?」
ノックも無しに扉が開かれ、見知らぬ男性がトレーを片手に部屋に入ってきた。
咄嗟に身近にあった枕を手に取ると、男性は片手を上げて敵意が無い事をアピールしながら、トレーを机の上に置いた。そこに乗っていたのはパン2つとチーズと湯気のたつスープだった。
「朝飯持ってきたぜ、腹減ったろ」
「………貴方は誰?」
「俺はオリバー。君の友達に君のことを任されたんだ」
「……友達?」
「あぁ、名前は知らないけど赤毛の美人の子。君が傷ついているから助けてくれって」
やはり第二王女か。自分で連れてきたくせに何が助けてくれ、だ。
港町に連れてこられたという事は、これから船で遠くに連れて行かれるのかと警戒していたが、それにしては動きは遅いし監視されてもいない。
第二王女は私をどうするつもりなのだろう?そして何を考えてこの男を用意したのだろうか?
オリバーと名乗る20半ばの男性は、町人が着るようなシャツを緩く着崩していた。彼女の手の者が演じている可能性も考えたが、それにしては隙が多い。もしかしたら本当にこの街の住人なのかもしれない。
「まずは君の名前を教えてくれないか?」
「嫌です」
「つれないねぇ。まぁいいか、出会ったばかりの男なんて信用出来ないよな」
そう言いながら男は椅子に腰掛ける。私は枕で口元で隠しながらこっそりと術式を展開した。
「…お友達に聞いたよ、辛かっただろうに」
「……何の話でしょうか?」
「何年も想ってた相手に振ら……酷い事を言われたんだろ?こんな可愛い子相手に最低な奴だ…!」
「……?」
「……悲しかっただろうに。俺で良かったら愚痴でも何でも聞くよ。君が楽になる為の手助けをさせてくれないか?あぁ、けして君の友達に頼まれたからなんかじゃないさ。君を見ていると何だか無性にそうしたいって思ったんだ」
「…………」
すでに振られた事になっているのか。なんと失礼な。
いやに馴れ馴れしいこの男は、私を誘惑してセシル様を諦めさせろ、とでも言われているのかもしれない。
「それとも俺がいたら迷惑かな?」
「迷惑です」
ハッキリ拒絶すると男の頬が僅かに引き立った。よほど自分の顔に自信があったのだろう。確かに垂れ目がちな甘い顔立ちは女受けしそうだが、それより遥かに芸術的な顔に慣れている私には何の感情も生まれない。
「あー…そうか。そうだよな。突然こんな事言われても戸惑うよな。
そうだ、まず俺の事を知ってもらおうか!俺は…」
「必要ありません」
「そっ、そんな頑なにならなくても良いんじゃない?君はまだその男の事しか見えないだろうけど、もう叶わない恋なんだし、そういう傷を癒すのは新しい出会いだと思うんだよね」
何を言っても私の表情が変わらない事に焦りを感じたのか、男が立ち上がり少しずつこちらへ歩み寄る。
手にしていた枕を威嚇がわりに男の方へ向けると、男は一瞬だけ顔を顰めた。
「…君ってなかなか警戒心が強いんだね。いや、うん。女性としてそれが正しいよ。男の前で隙なんて作っちゃいけない。
でももしかしたら、隙のなさ過ぎるところが彼には嫌だったのかもしれないね。なんにせよ見る目のない奴だ」
「貴方には関係ありません」
「関係あるさ!だって……君の事が気になるんだ。出会ったばっかなのに、おかしいだろ?でもこんな気持ち初めてなんだ」
いや、どう見ても慣れてるだろ。
本格的に口説きにかかった男がこちらに手を伸ばしてくる。頬に触れそうだったので枕で叩き落とすと、男は驚いた表情をした後に顔を歪ませた。
「………ガキの癖に舐めやがって…」
痺れを切らしたのか、低く唸る様な声で睨みつけてくる男。もう少し情報を引き出したかったが、これ以上は難しそうだ。
ドアは男の背後。上手く逃げ出せるだろうか?
枕を男へぶつけ、わずかな隙をついてドアへと走り出したが、到達する前に腕を掴まれ強い力で引っ張られた。
「逃げんじゃねぇ!とっとと済ませるか」
「離して…っ!」
「お前が素直に惚れときゃ優しくしてやったっつーのに」
そう言って勢いよく私をベッドへ放り投げる。体を起こす前に男がのし掛かってきた。
「なにをっ…!」
「恨むんなら変な依頼をしたお友達を恨むんだな」
抵抗しようとした両手は簡単に捕まって、男の片手で押さえつけられる。反対側の手がワンピースの前ボタンに触れた。
「好みでもなんでもねぇ地味くせぇガキだけど、仕事だから仕方ねぇな。ま、せいぜい無駄な抵抗してろよ」
「……ッ!!」
部屋に悲鳴が響き渡った。