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16.ルーチェは変わりたい

私がセシル様に惹かれていたなんて。いつからかなんて分からない。でも確かに兆候はあった。


彼に触れられた時の心のざわめきを思い出し、私はギュッと目を瞑る。


自覚したところで、まもなく私は婚約者候補でなくなるというのに。


「……気づかずに終わってしまいたかった…」


思わず呟くと、レティシア様の扇が良い音を立てて私の脳天に叩き込まれた。音の割に衝撃は少ないが、痛いと言えば痛い。


「なんて情けない姿ですの」

「……痛いです。レティシア様」

「わたくしは腑抜けたルーチェ様に、喝を入れたまでですわ」

「腑抜けてなど…」

「腑抜けてますわ。何も知らずに振られたいだなんて、敵前逃亡もいいところではありませんか!」


レティシア様の勢いが凄い。放たれる圧に、椅子からずり落ちそうになるのを、なんとか踏みとどまる。


「折角、候補者である内に自覚したというのに、このまま何もせずに振られるのを待つおつもりかしら?」

「何もせずとも結果は変わりません」


またしてもパシィと小気味良い音を立てて頭が弾かれる。先程よりは痛くないのが救いだが、私も一応子爵令嬢なので、そんなに何度も叩かないで欲しい。


「それはやってみなければ分からないでしょう。

それともセシル様の隣に別の方が立つのを、指を咥えてただ見ているだけなのかしら?それを心から祝福出来るのかしら?」

「それは…………モヤモヤします」

「ならば意地をお見せなさい」


そう言ってレティシア様は綺麗な顔で笑った。他の令嬢方も顔を見合わせて頷いている。


「例え結果が変わらずとも、やらずに後悔するくらいならやって後悔した方がいいと思います」

「最大の力で挑んだ結果がそれならば、諦めがつくというものですわ」

「不釣り合いだなんて言う輩に最後に一泡吹かせましょう」


それは素材的に無理だ!!


しかし、何もせずに諦めるくらいなら、最後くらい足掻いてみるべきかもしれない。

それが実を結ばなくとも、彼の側にいられるのは本当にこれで最後になるのだから……。


「しかし私が想っている事自体がご迷惑になるのでは…」

「何を仰ってますの?合法ですわ」

「合法…!?」

「実質はともかく、貴女はセシル様の婚約者候補という立ち位置。そして婚約者候補が自身をアピールするのは至極当然の事でしょう」


確かに肩書だけ見ればそうなのかもしれないが…。いや、この際細かい事は気にしないでおこう。


残された僅かな期間で、全力でセシル様と向き合わねばならないのだ。

少し着飾ったところで、少し積極的になったところで、セシル様を振り向かせられるなんて思っていない。


ただ少しでも彼の記憶に残ってくれたら、頑張ったのだという思い出があれば、もしかしたら吹っ切れて祝福出来る様になるかもしれない。


意地を見せよう。最高の自分で振られてやる。


「………やってみます」

「そう。…では早速」


レティシア様が指をパチリと鳴らすと、いつの間にか私の後ろに立っていた眼鏡の令嬢に肩を掴まれた。気づけば他の令嬢方も、あまり社交的でない怪しい笑顔を浮かべている。


一体何を…?

私の疑問を余所にレティシア様が言った。


「………やっておしまい!!」

「っ!!?」




………疲れた。帰りの馬車でガタガタ揺られながら、長いため息を吐く。


あの後、令嬢方によって様々な化粧が施されたり、ドレスを着替えさせられたり、要するに玩具にされたのだった。


普段、化粧は最低限にしてもらっていた。

そもそも私が好んで着るカッチリしたドレスに派手な化粧は似合わないし、しっかり化粧をしたところで隣に美の化身が立てば、何の意味も成さないからだ。


ちなみにドレスは「悪くはないけど家庭教師みたい」との評価を受けた。軽くショックだ。


「休日の聖職者、亡夫に操を立てる未亡人……」

「ウフフ、凄いものに例えられていましたね、お嬢様」

「家庭教師の方がまだ華やかだとまで言われたわ」

「それは否定出来ません。

お嬢様があの様な化粧が似合うと分かったので、私達も化粧の勉強をしなくてはいけませんね」


侍女はそう言うものの、本当は侍女達が私の見た目をもう少し良くしたいと、あれこれと勉強をしていた事を知っている。それを跳ね除けていたのは私なので、今更ながら申し訳なさが込み上げてくる。


「残された候補期間、私でもマシになれるかしら?」

「勿論です!殿下も惚れ直してしまうかもしれませんよ」

「惚れ直すというのは、元々惚れている事が前提であって、この場合には使用出来な………うん?」


ガタンと僅かに衝撃があり馬車が停車した。屋敷まではまだ距離がある。止まる様な場所でもないと思うのだが、何かあったのだろうか。


様子を見にいくと言う侍女について私も馬車を降りると、この馬車の進行方向を塞ぐ様に貸し馬車が止まっていた。


「あぁ、お嬢様。すみません、この貸し馬車が急に飛び出してきましてね」

「いやぁ申し訳ない。馬が興奮してしまった様で。すぐに避けますので」


相手方の御者が謝罪しながら説明をしてくる。


貸し馬車の馬が興奮…?

この貸し馬車は他国の重鎮達もよく利用する信頼の厚い馬車屋だ。見る限り最高ランクの馬車だと思うのだが、それを任された御者がこんなミスを仕出かすだろうか。


不思議に思っていると、馬車の扉が開き、従者に付き添われ女性が降りてきた。


「!」

「ご迷惑をおかけシテ、申し訳ありまセン」


片言の言葉で謝罪をする美女は見覚えがあった。

対応しようと口を開く侍女を手で制する。


「お嬢様?」

「…下がっていなさい。…この方は……」


そこまで言い掛けて、目の前の美女が唇の前に人差し指を立てた。秘密にしろと言うのだろうか。


「お詫びにご一緒に夕食デモいかがでしょうカ?」


そう言って赤毛の美女……隣国(エニシャ)の第二王女はニッコリと笑ったのだった。


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