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15.ルーチェに咲いた花

清らかな水に例えられていたシルバーの髪は、いつしか神聖さと妖しさを兼ね備えた月光と言われる様になり、最高級の大粒の宝石だった瞳は、輝きはそのままに人を(たぶら)かす甘さを含む様になった。


あぁ、手に負えない。神様が気まぐれで作ったこの美の化身に、一体どんな女性なら相応しいというのだろう。


それは例えば、誰もが振り返るグラマラス美人とか?

例えば、眼鏡の似合う知的なクール美女とか?

例えば、保護欲そそる可憐な美少女とか?

もしかしたら、不思議な力を持ったミステリアスな麗人とか?


少なくとも、黒い髪に茶色の目のパッとしない外見の私ではない。

煌びやかな装身具(アクセサリー)と共に机の上に置かれた鏡に映りこむ、自身の地味な顔に溜息を吐く。


「…ルーちゃ…ルーチェ、どうした?」


そう問いかけてくるのは、私の隣に座る地味な顔の父。私が地味なのはここからの遺伝か。白けた顔になりつつ、何でもないと首を振る。


「それでは魔具をお預かりいたします」


私がぼんやりしている間に打ち合わせが済んだのか、品の良いご婦人が机に広げた装身具や鏡を手際よく片付け、最後に魔具を丁寧にケースへとしまった。彼女は王家専属のジュエリーデザイナーだ。


いよいよ魔具(ノア)は最後の段階に入っていた。

もはや機能面は完成している。あとは王族が身に着けるにふさわしい装飾を施す事のみ。これは王宮魔導士は畑違いなので、専門家に依頼する事となった。


いつの間にかノアの責任者となっていた父に同席させてもらい、デザイナーと打ち合わせをして、ノア1号(仮)はブローチとして加工してもらう事になった。


本来ならば常に身に着けられる小さなピアスや指輪にしたかったのだが、5センチ程度で仕上がった1号(仮)ではブローチかペンダントくらいにしか出来ない。それでも違和感あるサイズだろう。


小型化及び軽量化が今後の課題のようだ。


10日程で仕上がると言ってデザイナーは帰っていった。



「よっしゃー!フルールがヘマせず無事にデザイナーに託せたし、前祝いしようじゃねぇか」

「やろうやろう!まだ昼前だけど今日くらい良いよな」

「ほらルーチェさんも入って入って。もはや王宮魔導士の一員みたいなもんなんだから」


「ありがとうございます。しかしこのあと用事がありますので、残念ですが私は退席させて頂きます」

「え?ルーちゃんお祝いしないの!?1番の功労者なのに!?」


既に酒瓶を持って浮かれている父には、事前に伝えていた筈なのだが。やはり肝心な所が抜けている様だ。


「今日はレティシア様のお茶会に招待されているのだと、昨晩も伝えたではありませんか」

「あ、公爵家のお嬢ちゃんか。生徒会の友達ね。悪ィ、忘れてた」

「父よ、一介の子爵がお嬢ちゃん等と呼べる方ではありません。いいですか、ノアの責任者になった事で気が大きくなっているのかもしれませんが、父は昔から調子に乗ると…」

「ちょ、ちょ、お茶会なら早く帰って準備した方が良いって!!」


言いたい事は山ほどあるが、確かにその通りだ。準備には時間がかかるし、このまま場の空気を悪くしてもいけない。


出しかけた説教を引っ込め、ホッとした顔の父の爪先を踏んだ後、周りに挨拶をして帰る事にした。




「まぁ、それではもうじきノアが完成しますのね」


レティシア様の公爵家に招かれたのは生徒会に属する令嬢方と私。授業の無い休日は各々が帰省しているが、たまにこうした集まりを開いており、有難いことに私も度々呼んで頂ける。


「ええ。半月後には献上出来るかと」

「では貴女もいよいよお役目御免ですのね。折角、使い勝手の良い下っ端が出来たと思いましたのに」


ツンとして言うものの、彼女の声には寂しさが滲み出ている。2ヶ月ほど生徒会に通って知ったが、レティシア様は言葉は厳しいが本当は心優しい方なのだ。


「私も…この様に皆様に関わる事が出来なくなるのは残念です」

「え?ルーチェさんはもう生徒会室に来ないんですか?」

「打ち消しを行う必要が無くなりますので、生徒会室に行く理由がありませんね」


そう言うと、お茶を飲んでいたレティシア様が僅かに表情を曇らせた。拗ねた様に唇を尖らせる姿を見るに、きっと惜しんでくれているのだろうと自惚れる。


「殿下はどうされるんでしょう?」

「婚約者候補が解消されますので……………………正式な婚約者を探されるのだと思います」


不自然に言葉を空けてしまい、一同がこちらに注目している。気まずい。言葉が詰まった事に他意など無い筈なのに、何故か視線が泳いでしまう。


「………今のはどういう間ですの?」

「……いえ、父が前祝いをしているので、酔い潰れていないかと、ふと不安に感じただけです」

「この場面でそんな事を考える筈が…」

「まぁまぁレティシア様。それ以上言っても認めないでしょうし、ここは色々と突いてみましょう」


なにやら不吉な事を言われた気がする。1人の令嬢の提案に、周りが目を輝かせながら頷いていた。

え、何をされるのですか…?


私の不安を余所に、他の令嬢が真っ直ぐに手を挙げ、私を見つめる。お茶会とは挙手制だっただろうか。


「はい!セシル様の婚約者様はどの様な方が選ばれると思いますか?」

「それは…家柄も器量も良くセシル様に相応しい方が…」

「はい!相応しい方が殿下の隣に立つ時、ルーチェさんはどうするんです?」

「それは勿論、お二人の幸せを願い…」

「はい!フルールさんにしたように、セシル様が婚約者様にキスをしたら?」

「そ、それは当人同士で好きにして頂いたら……」


人を変え内容を変え次々と放たれる質問の嵐に、段々と私の視線が下がってくる。

セシル様に相応しい方が彼の隣に立って愛を語り合っていたら?私は…私は………。


「はい」


次は何を言われるのだろう。他の方より落ち着いた声に顔を上げると、それはレティシア様だった。

彼女は私の顔をじっと見つめた後、口を開いた。


「………貴女は、セシル様をお慕いしていますの?」

「な…………………なにを……仰っているのですか?」


何に対してなのか、周りから「あー」という声が聞こえてくる。私にはその声の意味も、レティシア様の言葉も、理解出来なかった。


「レティシア様、まだルーチェさん本人が…」

「本人が自覚するまで待つなんて、まどろっこしい真似は嫌いですの」


そう言ってレティシア様は椅子から立ち上がり、呆然とする私の横に来た。そして扇を突きつける。


「自分の気持ちを認められるのは自分しかいませんのよ。

心に問い掛けなさい、ルーチェ・フルール様。貴女はセシル様の事がお好きですの?」


………好き?私がセシル様を、好き?そんな筈はない。だって考える迄もなく釣り合わない。彼にはもっと、もっと相応しい方が……。


心に波紋が広がる。


………………でも、あの優しい手が他の方へ伸ばされるのは嫌だ。抱き締めるのもキスを強請るのも、他の方へされるのは見たくない。


なんて自己中心的で愚かな考えだ。私にはセシル様の行動を制限する権利なんてないのに。


それなのに止まる事のない独占欲。

切なくてつらくて甘い。

この気持ちの正体は………


「…………っ…」


心の奥底で小さな蕾が花開く。


私は、セシル様の事が………


「……………はい。…お慕い、しています」


知ってしまえばもう引き返せない。


あれだけ私が気づけなかった感情は、言葉にするととても呆気なく姿を見せてくれたのだった。



ブックマーク100越ありがとうございます!

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