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14.ルーチェは意識する

大きな窓から夕陽が差し込み本棚や机に赤みを落とした。

夕方になると無性に寂しさがこみ上げてくるのは、陽が沈めば遊びはおしまいと教えられていた子供の頃の記憶があるからだろうか。

大人になり仕事や夜会に参加するようになれば、また違って感じるのだろうか。


目の前の人物に視線を移す。普段は青みがかって見えるシルバーの髪も夕陽に染まり不思議な色合いだ。

何が面白いのか長いこと私の髪を梳いていた手がとまり、左頬に添えられた。


「ルーチェ」


宝石の様な瞳は甘く細められ、親指が私の唇に触れる。彼の妖しい色気を含む声に、耳の奥が僅かに痺れるのを感じた。


「…キスしても良いですか?」

「いいえ。良い要素が見当たりません。

悪戯が過ぎると()()陛下からお叱りを受けますよ」


そう言うとセシル様は魅了が暴走した日を思い出したのか、視線を逸らしながらすぐに手を離してくれた。


…なにより、生徒会メンバーが息を潜めてこちらを窺っているのを無視できる胆力は私にはない。



生徒会室を貸してもらえる様になって早2か月。噂にならないよう外では彼に近づかず、3日に1度だけ放課後に生徒会手伝いとしてここへ来ている。


「今日もキス無しか…。あの日以降ないな」

「あ、当たり前ですわ!未婚の男女がみだりにキスだなんて…っ」

「でも効率的ではありますよね」

「下手なロマンス小説よりドキドキしますぅ」


勝手な事を言って盛り上がる一同。魅了の事情を話してからは友好的になったのだが、打ち消しは恰好の見世物と化していた。

令嬢方は頬を押さえたり恥じらったりしているが、子息方の視線は観察に近い。そのうち賭け事でも始まるのではないだろうか。


「…キスが駄目だと言うなら、仕方ないですね」


その言葉に反してセシル様は良い笑顔で両手を広げる。釈然としないものの、渋々とその胸の中に納まった。


手を繋いで打ち消しを行ってもいいのだが、片手では生徒会の仕事が出来ないというので、より短時間で行えるよう接触面積を増やした次第だ。


彼は人前だろうと平然と抱き締めてくるのだが、恥じらいが捨てきれない私の心中は穏やかでない。1人だけ意識しているのだと周りに知られない様、頭の中で今日の授業の復習をして意識を逸らすのだった。



「…さて、今日は仕事も終わりましたので僕達は先に失礼しますね」

「ええ、お疲れ様です」

「ではまた休み明けに」

「お先に失礼します」


「…………皆様、帰られましたね」

「今日はやる事が少なかったのでルーチェが来る前に終わらせていたんです」


生徒会室に2人だけが残されてしまった。他人の視線を気にせずに打ち消しが行えるのは有難いのだが、久しぶりの2人きりの空間……これはこれで緊張してしまう。


「…うん?セシル様も仕事はお済ですか?」

「ええ、勿論」

「…では手を繋ぎましょうか」

「…………」


仕事をしないのであれば多少時間は増えるものの手を繋げば良い。その事に気づき提案するもセシル様は抱き締める腕を緩めてくれない。


「セシル様?」

「…このまま抱き締めていたいです」

「…?このあと何かご用事がありましたか?」

「そういう訳ではありませんが…」


打ち消しをすぐに終わらせたいのだろうかと思ったが、どうやら違う様だ。では何故?

不思議に思い顔を見上げると、珍しく拗ねた様な表情のセシル様が見えた。


「…ルーチェは嫌ですか?僕とこうして抱き合うのは…」

「……いえ、嫌な訳では………」

「なら…!」

「あ、いえ。やはり嫌です」

「えっ」


慌てて言い直すとセシル様がショックを受けた顔をしていた。久しぶりにウルウル王子の出番だろうか。

そんな事を呑気に考えていると、腰に回っていた手が解かれ、代わりに両腕を掴まれた。


「何故、嫌なのですか?」

「それは…………」

「…時間はあります。じっくりと、お聞かせください」


いつになく真面目な表情をするセシル様。美形の真剣な顔は迫力があるなと場違いな事を思っていると、ソファに座るよう促された。


あ、これ本当にじっくり聞かれるやつだ。追及をされるのであれば嫌だなんて言わなければ良かった…。


「さて、どうしてでしょう?」


私の隣に腰を下ろし問い掛けてくる。適当な誤魔化しでは許して貰えそうにない空気に、言うしかないかと後悔しながら小さく息を吐いた。


「……………恥ずかしいから嫌なのです…」

「………恥ずかしい?」

「…はい」


色恋に興味が無いとは言え、私だってお年頃なのだ。異性に抱きしめられたら恥ずかしくなることくらい誰でもある…と思うのだが、彼的にはペットを抱っこする感覚なのかもしれない。

それだと1人で意識して恥じらう私はなんと滑稽な…。


「……………何も、感じていないのかと思っていました」


暫し考えるように俯いていたセシル様が、やっと呟いた言葉。そんな訳ないだろうと眉をひそめる。


「そんな事はありません。……私にも恥じらいくらいあります」

「僕が抱き締めると恥ずかしいのですか…」

「…普通は異性と触れあえば恥ずかしくなるかと」

「僕を異性だと意識してくれているんですね」

「それは………女性には見えませんし…」


心の奥底を暴かれそうで返答に困る。差し障りない事を言いながらも、段々と頬が熱くなってくるのを感じた。

あぁダメだ。今すぐ逃げ出してしまいたい。


しかし私の願いとは裏腹に、逃がすまいと繋がれた手は指までもしっかりと絡めとられている。

何故未だに手を繋いでいるのだろうか。そろそろ打ち消しも終わっているだろうに。


「ルーチェ」


赤くなってしまった顔を隠す様に手を見つめていると、反対側の手によって彼の方を向かされた。

機嫌が良いのか、笑みを浮かべた麗しい(かんばせ)はいつもより輝きを増している。


「フフ、赤くなってる。滅多に見られない貴重な表情ですね」

「……ご用件は以上でしょうか」

「いいえ、まだあります」


顔が近い。心臓に悪いので早く言ってくれ。そして顔に添える手を増やさないでくれ。


そんな事を思いながら視線を逸らしていると、顔の前に影が掛かり……額に彼の唇が触れた。


「………………は?」

「良いですね、その反応」


ニッコリ笑って再び顔が近づく。思わず目を瞑ると、今度は目尻と頬に柔らかな感触。


………セシル様、ご乱心!?

婚約者候補へのサービスにしては度を越している。むしろこんな事は義務感でするべきではない。


混乱のまま片手で彼の胸を押すと、その手は簡単に取られてしまった。


「せ、セシル様…。羽目を外すと陛下にお叱りを受けますよ」

「それは困りますね」


全く困っていない声色。魅了を暴走させた後に陛下からガッツリと叱られて凹んでいた筈なのに、この余裕の態度は何だろう。


蒼玉の瞳が艶っぽく細められ、長い指で私の唇をなぞる。ついピクリと反応してしまい視線を逸らした。


「…ここにもキスをしていいですか?」

「…ダメです。緊急事態でもないのにキスなんてしません」

「なるほど。また魅了が暴走すれば、ルーチェはキスしてくれるんですね」

「不穏な事をおっしゃらないでください。そういう事は正式な婚約者の方と愛を育む際にどうぞ。

そして額や頬にも挨拶代わりだろうと、私にはして頂かなくて結構です!」


焦りから早口になってしまう。今度は両手で思い切り胸を押すと、やっとセシル様が離れてくれた。


「正式な婚約者、ですか」

「そうです。私の様な中途半端な立場の者ではいけません」

「ルーチェは………。いえ……早く魔具が完成すれば良いですね」


そう言って立ち上がり、私に手を差し出すセシル様。


「そろそろ帰りましょうか」


いつも私を気遣う優しい手。この手はあと何回私に向けられるのだろうか。

この歪な関係の解消をセシル様も望んでいるのだ。魔具が完成すれば二度と触れる事はないかもしれない。もしかしたら…今日が最後かもしれない。


「…あ……………ありがとうございます」


胸に生まれた感情に気づかない振りをしながら、私はその手を取った。


ブックマーク&評価ありがとうございます!!

物語は次から後半戦に移ります(多分)

週2~3くらいで更新出来たらいいなぁ。

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