13.生徒会一同は知ってしまう
凄いものを見てしまった。
麗し王子と称される、この学園1番の人気者であるセシル殿下が、婚約者候補のフルール嬢に唇を奪われる瞬間だ。
これだけなら、殿下に付き纏い恋慕するフルール嬢の不埒で大胆な行動に見えるのだが、問題はここから。
キスをした事で何故か殿下の暴走していた不思議な魔力が消え去った。
そしてフルール嬢はあっさり離れたが、今度は殿下がフルール嬢を抱きかかえキスをした。
更にはそれに対しフルール嬢が怒りの拳を殿下のお腹にぶつけていた。
あれ…?あれ…??
この一連の流れを見ていた生徒会メンバーは、先程の魔力で頭が多少フラつきながらも、事の違和感に気づいてしまった。
よく耳にする噂では、フルール嬢は父親に頼み込みクジに細工をし、まんまと婚約者の座を手に入れた。しかし殿下はこの婚約に気が乗らず、かと言って不正を暴く事も出来なかったので、婚約者候補という立場で飼い殺しを選んだのだと。
そして学園に入学してからは、2人きりになりたいと強請るフルール嬢にうんざりする殿下、という関係性だと聞いていたのだが。
「え、違わないか…?」
俺の呟きに周りから同意の声が漏れ聞こえる。
婚約者候補を解消された暁には、正式な婚約者になるのではないかと噂されている公爵令嬢も、口を閉める事も忘れて2人を見ていた。
「ね、ねぇ!この子、まだ目が覚めないの!!」
慌てた声にハッと皆が顔を向けた。1番最初に倒れた小柄な令嬢が未だに気を失ったままの様だ。
体を揺すったり軽く刺激を与えても目は開かない。
「わ、わたくし校医を呼んで…」
「お待ち下さい」
フルール嬢が令嬢の体に触れる。容態を確かめた後、額に手を当て小さく長い息を吐いた。
手が淡く輝き、触れている額から体全体へと光が移っていく。全ての光が移り手を離すと、令嬢の瞼がぴくりと動いた。
「……う、……あ、あれ…?私……」
「起きた!あぁ、良かった!!」
「貴女、一体何をしましたの?」
「……私の魔力には毒を打ち消す能力がありますので、魔力を少しお渡ししたのです。
他人の魔力が馴染まず違和感があるかと思いますが、その内消えて無くなりますのでご安心ください」
「あ、え…はい」
「………それでは私は部外者ですので失礼します」
そう言って足早に退室しようとするフルール嬢を殿下が引き止めた。
「ルーチェ、こうなってしまっては皆に説明をしなければなりません」
「説明でしたらセシル様が適任かと」
「ルーチェも当事者ですよ。恥ずかしい姿も見られていますし、ね」
「…………分かりました」
恥ずかしい姿…といえばあのキスシーンの事なのだろう。声色からして殿下は怒っていない様だ。むしろ…少し楽しそう?
対するフルール嬢の方が気まずそうに視線を落としている。逃げたい、と思い切り顔に書いてあるのだが、殿下に勧められ渋々と椅子に腰かけた。
「…さて、どこから話しましょうか…」
こうして気乗りしないフルール嬢を加えて始まった説明は、………まぁ、噂は当てにならないなと思った。
王族が魅了の力を持っているという事は、秘密にしている訳ではないらしいのだが、全員が初耳で驚いていた。
しかし幼少期に殿下に会い、魅了に掛かってしまった令嬢達は納得している。「あの醜態は自身のせいではなかったのだ」と長年のわだかまりが解消したようだった。
そしてフルール嬢は彼女が望んで婚約者候補になった訳ではなく、人なり物なり代わりが出来るまでとの契約で、魅了の打ち消しを行なっているのだと。
「そんな…わたくし……そんな事知らずに…貴女に酷い事を…」
「私がセシル様に相応しくないのは事実です。どうぞお気になさらず」
気に病む公爵令嬢に淡々と告げるフルール嬢。それが彼女の本心なのだろうが、殿下が少し寂しげな瞳で見ていたのが印象的だった。
「……そういう訳で魅了の力が溢れ出し、皆に迷惑を掛けました。申し訳ない…」
「あ、謝らないでください!!」
「そうです、何ともありませんから!!」
頭を下げようとする殿下を皆が慌てて止める。その隣で居心地悪そうに座っていたフルール嬢も口を開いた。
「打ち消しの為とはいえ、私とセシル様が双方同意の上で接触をしている事を周囲には知られたくないので、この事はどうぞ他言無用でお願いします」
「それは勿論!…ですが仲が良い婚約者同士なら、手を繋ぐくらい不思議では無いと思いますが…」
「仲睦まじい訳でも婚約者でもないので」
「本当に貴女は容赦がありませんね…」
辛辣な態度に慣れているのだろう。我々が目を見張る様な言葉にもセシル様は苦笑するだけだった。
「僕は仲が良いと思われても構わないのですよ」
「…周囲にその様に思われているのは困ります。セシル様が正式な婚約者を選ばれた際に、婚約者様も嫌な気持ちになるでしょう」
フルール嬢は強制的に婚約者候補にされたとの事だが、これを好機と婚約者の座に納まるつもりはないのだろうか。
噂の様に何もかもが釣り合わないと本人も口にしているが、曲がりなりにも貴族令嬢だし、顔も地味なだけで別に醜女な訳でもない。
その事については後日、生徒会メンバーの眼鏡令嬢が「あれは男顔なだけ。愛らしく可憐にはなれないけど、化粧次第でちゃんと変わる」と熱弁していた。俺は男なので化粧の事はよくは分からないが。
「…なので今までの様に人目を避けて打ち消しを行うつもりです」
「しかし、それだとフルールさんが誤解されたままなのでは…」
「構いません。セシル様に恋慕して我儘を振りまき、挙句振られる浅ましい女だと思って頂いても問題ありません」
そうは言うものの表情は死んでいる。
噂を知っているんだな…。数分前までその噂を鵜吞みにして悪口を言っていた我々はどことなく気まずい。
何と声を掛けたら良いのか悩んでいると、殿下が口を開いた。
「それはダメです。ルーチェの悪い噂は消してしまいたい」
「お気になさらず。候補を外れた後に良縁を求める訳でもありませんから、なんと思われようと良いのです」
「良縁って……」
「それより候補を外れた暁には、王宮魔導士への推薦をしていただければ幸いです」
「…そ、そうですか」
あ、今度は殿下の表情が死んだ。今まで隙の無い完璧王子の姿しか見た事が無かったが、こんな顔もするのだな。他のメンバーもそれに気づき互いに顔を見合わせている。
……薄々気づいてはいたが、これはやはり…。
「あの…殿下はもしかして……」
ちらりと視線だけフルール嬢へ向けると、それだけで気づいたのだろう。殿下は人差し指を立てて口の前に持っていき、小さく呟いた。
「まだ秘密です」
「……まだ、と言うと…」
「今は伝えても本気で受け取ってくれませんからね」
そう言って艶っぽく笑う殿下。
……魅了使ってますか?え、使ってない?生身でこの威力とは恐ろしい…!同性なのに不覚にもときめいてしまった。
その美の暴力の隣でフルール嬢は欠片も気にせず本棚を面白そうに眺めていたので、見た目に寄らず鈍いのだろうと察した。殿下がとても不憫だと皆の気持ちが一つになった瞬間だった。
この後、少し話し合いをして、打ち消しには生徒会室を利用してもらう事に落ち着いた。
生徒会の一員でないフルール嬢は難色を示したが、そもそも生徒会は家柄を考慮しつつ成績優秀者が選ばれるものなので、常に学年5位以内の成績を誇る彼女ならば生徒会の手伝いとして通っていても不思議ではないだろう。
「婚約者“候補”に、生徒会”手伝い”……また微妙な立ち位置が増えてしまった…」
そうは呟きながらも、他の女性メンバーに話しかけられ柔らかな表情を見せるフルール嬢であった。