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11.ルーチェは2人きりになりたい

ここはソレイユ王国にある魔術学園。その名のとおり魔術に特化した学び舎で、国内の中級以上の魔力を有する者全てが通う事となる教育機関である。

生徒は16歳になる年から3年間、魔力を制御する基本知識から応用魔術等の専門知識をここで学ぶ。


そして魔力を持つ私もセシル様と共に入学を果たしたのだが、困った点が1つ。

人目が有り過ぎて、打ち消しを行う時間が取りづらいという事だ。


セシル様とはクラスが離れているので授業の接点はほぼ無い。

そして全寮制なので夜に会いに行くわけにもいかず、授業の合間や休み時間に済ませなくてはならないのだが、セシル様は人に囲まれている事が多く、2人だけの時間を作ることが難しいのだ。


「人目なんて気にせず、会える時はずっと手を繋いでおいたらいいじゃないですか」

「いいえ。魅了の事を公にしていないですし、他の人が見たら可笑しいと思うでしょう」


手を繋いでいる姿を見られて、想い合っていると勘違いされてはいけない。私が学園に入学した事で進度が落ちてしまったが、あと少しで魔具(ノア)が完成出来そうなのだ。


ノアが完成すればセシル様は正式な婚約者を探される事になるので、その時にスムーズに私との縁が切れるよう、契約上の淡泊な関係だとアピールしておかなくてはいけないのだ。


その事を伝えると繋いでいたセシル様の手に僅かに力が入った。


「……そんな心配しなくて良いのに…」

「そういう訳にはいきません。正式な婚約者を選ばれる際に妨げにならないよう、立場をわきまえて行動しなくては」

「…………。…そういう理由で、ルーチェは外部に知られずに打ち消しを行いたい、と」

「ええ、そうです」


今日のように王族専用サロンに招かれると人目を気にしなくても良いのだが、あまりに頻繁だと周囲から親しいと思われかねないので、出来れば最終手段としたいと思っている。


無理を言っている事はわかるのだが、限られた時間の中で周りに見つからず、速やかに打ち消しを行うのが理想だ。


1回の時間が僅かでも3日の内に何度も手を繋げば魅了の力は抑えられないだろうか。お得意の希望的観測だ。


「母上曰く、粘膜接触(キス)が一番効果を発揮するそうですよ。試してみますか?」

「さて、そろそろ昼休みが終わりそうですね。打ち消し効果はいかがですか?」

「相変わらず話を逸らしますね。そして打ち消しは足りていません」


やはり昼休み中に手を繋ぐだけでは完全に打ち消す事は出来なかったか。


残った魅了の力を打ち消す為にセシル様が私を後ろから抱き締めてきた。足りない分を補う様にこのような行動をされる様になったのは1年ほど前からだ。


子供の頃ならまだしも、すでに年頃の私としては非常に恥ずかしい行為なのだが、平然とやってのけるセシル様は打ち消しだとしか認識していないのだろう。


「……ルーチェがそこまで言うのなら、今後は人目がある時の接触は行わない様にしましょうか」

「はい、分かりました」


意識してしまうのは私だけなのだ。腕ごと体を固定され身動きが出来ない私は、解放を待つ事しか出来なかった。



それから3日後。


「…………セシル様が1人にならない…!!」


どういう事だろう。

これまでは忙しくとも1日に数分は2人の時間を作ってくれていたのだが、この3日は常に傍らに誰かがいる。


セシル様を囲む令嬢方に紛れて私が視線で訴えても、彼はいつもの様に人払いをしたり1人で移動する事も無い。


何故だ、どういうつもりなんだ。このままでは魅了の力が暴走して学園が(はなぢ)の海になってしまう…!

打ち消しの限界と言われている3日目、つまり今日こそは無理やりにでも接触を図らなければ。


そう思い朝からセシル様の周りをウロウロしているのだが今日は特に忙しい様で、休憩そっちのけで一般生徒の立ち入りが禁止されている生徒会室への出入りを繰り返している。


数分でも時間を作って出てくるかと期待して、待ち伏せをしてみたりもしたが、今だにセシル様は中にこもっている様子。


「どうしよう…」

「…………あら?」


悩んでいると扉が開き1人の令嬢が出てきた。

金髪の緩やかなウエーブが美しい彼女は見覚えがある。公爵家の令嬢で、その昔セシル様の婚約者選びの際に最も相応しいと言われていた方だ。


生徒会室から出てきたという事は生徒会メンバーなのだろう。彼女の落ち着いた様子からして、魅了の力が暴走している様には見えない。


しげしげと様子を観察していると、その視線に気づいたのか彼女は訝しげな表情をした。


「貴女はセシル様の婚約者候補の方ですわね。…この様な所で何をなさっているのかしら?」

「……セシル様にお会いしたいのですが、生徒会室にいらっしゃいますか?」

「…何の御用かしら?今セシル様は重要な仕事をされていらっしゃるの。邪魔をなさらないでくださる?」


ビシビシ感じる嫌悪感。ただちょっと手を繋ぎたいだけですとは、とても言い出せない。間違っても言わないが。


どうしようかと沈黙した私に、公爵令嬢が言葉を続ける。


「この際なので言っておきますが、貴女、セシル様に馴れ馴れしくし過ぎですわ」

「え?」

「噂によれば、2人きりになる時間を強要しているそうではありませんか。いくら婚約者候補とはいえ、恥じらいはございませんの?」


2人の時間を強要……確かにしている…!?


何という事だ。恥じらいがあり人目を避けているというのに、むしろ逆の事を言われてしまった。

しかもそれが噂になっているとは…。


言葉が出ずに唇を真一文字に結ぶ私に、彼女は続ける。


「わたくし、貴女がセシル様に相応しいと全く思っていませんの。たかがクジに当たったというだけで、セシル様の隣に立つことを恥ずかしいと思わないのかしら?」


否定も肯定もせずにいると、彼女は小馬鹿にした様に片眉を上げた。


「まぁこの数日は避けられている様ですし、その候補という肩書もいつまで有るかは知りませんが」


そこまで言って気が済んだのか、公爵令嬢はツンと顔を背けて生徒会室へと戻っていった。



「…………………何という事…」


周囲に誰もいない事を確認して、震える声が溢れる口を押さえる。


この様に「相応しくない」「たかが候補のくせに」と言われるのは初めての事ではない。婚約者候補になってから度々言われてきているし、自分でもそうだと思っているので、今更傷つく事もない。


…だが、彼女は重要な事実を残していった。


「セシル様に馴れ馴れしくしている様に見えるなんて……!」


婚約者候補という立場を盾に付き纏い、図々しくもセシル様に恋慕の情を抱いていると思われているのだろう。

しかも予定では数ヶ月後には候補でもなくなる。付き纏った挙句振られた女として扱われるのだろうか。


それは流石にショックだ。これでも誤解が無いよう頑張ってきたつもりなのだが、現実は世知辛い。


「……はぁ…」


思わず溜息が出る。

相変わらずセシル様は出てこないし……何だか魅了とか打ち消しとか、どうでも良くなってきた。さっさと寮に戻って不貞寝しようかしら。


投げやりな気持ちになり、そんな事を考えていると…


「…………!!」

「っ!?」


生徒会室から小さく女性の悲鳴が聞こえた。この声は先程の令嬢の……まさか…!?

慌てて扉に駆け寄りドアノブに手を掛けるとゾワリと背中が粟立った。突然の寒気に一瞬怯んだものの「失礼します!」と扉を開け放ち…


「セ、シル様…!?」

「ルーチェ…!」


白い壁には真っ赤な血飛沫が散り、緑の絨毯には血溜まりと倒れ込む人々。

その中央で戸惑った様子のセシル様が魔力を放出しながら立ち尽くしていた。


………え、これもしかして鼻血…!?


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