1.ルーチェはクジ引きに行く
よろしくお願いします。
我がソレイユ王国の王子が5歳で初めて国民にお披露目がされた時、国中の女性達が歓喜した。
艶やかな青みを帯びたシルバーの髪は流れる水の様に清廉で、長い睫毛に縁取られた蒼玉の瞳は大粒の宝石の様に輝き、白く滑らかな肌は恥じらうように薄桃に染まっている。
血色の良い唇を開き、鈴の様な可憐な声で挨拶をすれば、令嬢は元より令息までもが頬を染め上げゴクリと喉を鳴らしてしまったのも無理ないだろう。
その日から王子の婚約者探しが開始され、貴族たちはこぞって自身の自慢の愛娘達を推して推して推しまくり、上位も下位も何なら派閥も関係なく争う様は正に婚活戦国時代であった。
入れ替わり立ち替わり挨拶に来る貴族の中には上位貴族の美しく聡い令嬢もおり、王子の婚約者に相応しい令嬢方は他にも数人程いたけれど、上位貴族の彼女が大本命ではないかと密かに囁かれていた。
すぐに婚約者が決まり事態は終息するかと思われた。しかし、ここで1つ大きな問題が婚約者候補達に圧し掛かったのである。
それは、王子が麗しすぎる事。
戯言などではなく事実、王子と対面した令嬢方は一様に顔を朱に染め上げ、その姿に見とれ固まったまま何も喋る事が出来ず、王子が笑顔でも浮かべ様ものなら鼻血を出し気を失ってしまう有様だったそうだ。
会う令嬢会う令嬢を気絶させたのでは婚約どころではない。
次第に娘を紹介する貴族の数も減っていき、王子の婚約者探しは暗礁に乗り上げたのだった。
それから1年後。我が娘こそはと名乗り上げる貴族もとんと居なくなった頃に、王子と同じ髪色の美しき王后様が言った。
「王子の婚約者はクジ引きで決めましょう」と。
そして作られた王家特製クジ引きボックス。中には10個の玉が入っているそうで、そこに手を入れ1つを取り出す。その玉が金色ならば婚約者に選ばれ、もし複数の女性が引き当てた場合には婚約者候補として更にクジ引きを行うそうだ。
対象者はこの国に住む0歳から10歳までの娘全員。身分問わず庶民であろうと赤子であろうと引く義務が有るらしい。
その話を聞き町娘たちは浮き立った。
雲の上の存在だった王子の婚約者になれるチャンスが有るなんて!しかも確率は1/10だ。きっと1回目のクジ引きでたくさんの娘が金色の玉を引き当てるだろう。そこから更にクジ引きを繰り返し自分はどこまで残れるだろうか…いや、残ってみせる!!例え運任せだろうと必ずこのチャンスを掴んでみせる!!
…なんて町娘だけでなく貴族令嬢までもが心を燃やし、クジ引きが行われる王城へと向かっていった。
その結果。
「なールーチェ、まだ行かねぇの~?」
「父よ、何度も申しておりますが、私は王族の婚約者には相応しくありません。こうして勉学に勤しむのに手一杯なのです」
「そうは言っても対象年齢の娘全員にクジ引きしろって王命だぞ?」
「では父が代わりに行ってくださいませ。勤務先でしょう?出勤ついでにちょちょっとクジ引きすればすぐに済むではありませんか」
「赤子であろうと自分の手で玉を掴むのがルールなの!横着しない!!」
そう言って父は私が持っていた本を取り上げる。半目になりながら取り返すと、いい年したオッサンは年頃の娘の様に唇を尖らせた。
「もう9割の娘が終わってんだぞ?そろそろ行かねぇと呼び出しくらっても知らねぇぞー」
「9割終わっても1人たりとも金色の玉を引き当ててはいないではありませんか。私が行っても同じでしょう。よって時間の無駄です」
「んな事言うなよぉ。なかなか当たらなくて陛下もげんなりしてるって噂だぞ」
「ふむ、確率は1/10の筈なのに…本当に金玉は入っているのですか?」
「やめて!省略しないで!!お父さん、娘の口から金玉とか聞きたくないから!!あとちゃんと入ってるから!!不正もしてないから!!」
仮にも王宮魔導士の端くれの父が言うならそうなのだろう。私がなかなか行かないので職場で変な目で見られているんだ、と文句を言う父を部屋から追い出して、椅子に座りなおす。
栞をはさんでいた魔術に関する書物を開き先ほどの続きから読み始めた。
親譲りの強い魔力を持つ私は、この力を誰かを助けるような事に活用していきたい思っている。父の様に城仕えで新しい魔法を研究するのも素敵だし、回復魔法を鍛えて人を癒す事も捨てがたい。
なので今はたくさんの事を学び知識を増やす事が最優先なのだ。王子妃なんて興味が無いし、どうせ当たりもしないクジを引きに行く時間も勿体ない。
父には悪いけれど職場で変な目で見られるのは我慢してくれ。
そんな話をした2週間後。
「ルーちゃんごめん」
「ルーちゃんと呼ばないでください。…父よ、どうしましたか。まだ勤務時間ではありませんか。何故…泣きながら帰ってきたのでしょう…??」
「うぅ…ルーちゃん…父と、お城に行こう」
「…クジ引きなら行きません。私が行ったところで無駄です」
「う、ううぅ…ぐすん…ルーちゃんが…娘がクジ引きに来ないならお前も城来んなって…」
「……父は虐められているのですか?」
「違うよぉ!でもこの国でクジ引きをしてないのがルーチェだけになったから、周りの目がも~痛くて痛くて!!連れて来いって鬼上司に追い出された…」
「もう最後の一人になってしまったのですか?では金玉が当たった方は…」
「まだいない…。そして金玉って言わないで!!」
鼻をすすりながら泣くオッサンにハンカチを渡すと全力で鼻をかまれた。あれは捨てよう。
城に行くのは面倒だが父の仕事に影響が出てしまうならば仕方ない。読んでいた本に栞を挟み本棚に戻した。
「…クジを引いたらさっさと帰りますよ」
「ルーちゃぁぁぁん!!」
「父、汚い」
涙と鼻水で汚れた父の顔を綺麗に洗わせて外に出ると、城から父を乗せてきた王家の馬車が屋敷の前で待っていた。最後の希望という事で逃がさない様に確保しにきたのだろうか。期待させて悪いのだが外れクジを引いてさっさと帰宅する事になるだろう。
「…父よ。全員が外れた場合はどうするのですか?」
「んー、数値の再設定は出来ねぇしなぁ…」
「再設定?」
「あぁいや、人数増やしてもう一回クジをやり直しだろうなぁ」
それは手間だなと思いながら馬車で揺られる。小一時間して豪華な門をくぐり王城へとたどり着いた。
案内された部屋には数人の魔導士と共に、最後の1人という事で陛下がいらしていた。数百人がクジ引きをして誰も当たらなかったのだから期待をしないでほしい。最後の1人が当たる確率はほぼ無い。
「ほう、最後の希望はフルール家の娘であったか」
「はい、娘のルーチェです」
「お初にお目にかかります陛下。フルール子爵家のルーチェ・フルールと申します。参上が遅くなりました事、深くお詫び申し上げます」
「良い。では、早速クジを引いてくれるな?」
「畏まりました」
魔導士が差し出す箱に手を入れる。手のひらサイズの玉が触れ、箱の中でゴロリと音を立てている。
手の差し込み口からは箱の中が見えない作りになっているが、手の感覚的に確かに玉は10個くらいはありそうだ。
どれでも良いかと1つを掴み、落とさない様にゆっくりと箱から取り出…
ピカー
「「「……」」」
手を抜こうとした差し込み口から何やら光が漏れている。嫌な予感がしたので持っていた玉から手を離した。
「い、今、光が…!?」
「おや、私としたことが誤って落としてしまった様です。ノーカンですね」
「ノーカン!?今のノーカンなの!?ルーちゃん!?」
煩い父を放って箱の中の玉をガラガラとかき混ぜる。これだけかき混ぜれば問題無いだろう。むしろ一度選んだ玉を離したという事で失格にしてもらえないだろうかと、箱を持つ魔術師の顔を見ると早く取り出せと顎で指示された。
溜息一つ、今度こそ玉を引っ張り出す。
ピカー
私の手には輝く黄金の玉。
「………ウワァ…」
「金色の玉だ!ついに金色の玉が出ました!!陛下!ついにぃ!!」
「よくやった!!フルール子爵、別室で話がある」
「え?え?ルーちゃん??ルーちゃんが!??嘘ぉぉ!!?」
「父、父…なぜ私に金玉…金玉が…っ!?」
「ルーちゃん、女の子が金玉って言っちゃダメェェェ!!!」
狼狽えまくり陛下の御前で見苦しい姿を晒してしまった私たち父娘は混乱のまま、その後やってきた執事に案内され別室に通された。
ルーチェ・フルールは牛乳と混ぜて作る某スイーツの名前から取っています。
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