現実に戻ってこれたのは
私はその夜から、眠ることも食べることもできなくなった。何日経ったのかわからないまま、ぼんやりと過ごしていた。
身を寄せる人間がいるものは村長の家から少しずつ出て行った。
私の唯一の親戚であった叔母は、当時お腹に従姉妹がおり、とても私を引き取れる状態ではなかったために、私は最も長く村長の家に預けられることとなった。
ずっと悪夢の中を漂う心地だった。いつになったら夢が覚めるのだろうと、目覚めれば父と母が抱きしめてくれるはずだと思っていた。
目の前で失ったというのに、心がどうしても現実を受け入れられず、夜中にふと気づけば裏口の扉に佇んでいるところを連れ戻されたこともあった。
食べも眠りもしないことで体も弱っていき、ある日高熱を出して倒れた。
熱で虚ろな意識の中で、父と母が私を見つめていた。悲しげな瞳だった。
ごめんなさい、と謝った。
悲しませてごめんなさい。
生き残ってしまって、ごめんなさい。
父と母の顔がますます悲しみに染まり、何かを告げようと唇が動いた。それでも何も聞き取れない。
少しずつ二人の姿が霞んで行き、慌てて手を伸ばしても届かない。追いかけようとするのに、足が動かない。焦って足元を見れば、あの夜と同じ真っ黒な泥が私の足を絡め取っていた。
ゾッとして身をすくませるうち、父と母は消えてしまった。
「おとうさんおかあさん、どこ?」
置いていかないで。
一人は怖い。
会いたいの。
慌てて両手を伸ばして彷徨わせると、そっと手に触れる温もりがあった。暖かな、同じくらい小さな手の温もりを辿るように瞳を開くと、目の前に誠一郎さんが座っていた。
私の手は、彼の手の中に包まれていた。布団の中に横たわりながら、目の前の瞳の優しさを見つめるうち、瞳の奥が燃えるように熱くなった。何を言われたわけでもない、ただその手の温もりが私を慰めてくれた。
そして私はようやく父母の死を認め、涙を流すことができた。




