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百年の恋  作者: あおい
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ただの幼なじみ

揉み合ったのは一瞬だった。誠一郎さんが焦れたように私の頬に手を添えた。

口付けされる、と思った瞬間、反射的にぎゅっとを目を閉じた。それは紛れもなく拒絶だったから、誠一郎さんは一瞬ためらうように動きを止めた。


そして気づけばその腕の中から解放されていた。目の前に見慣れない背中があった。

誰かに庇われていること、そしてその誰かが、先ほど薬屋で出会った行商人であることも、すぐに理解した。

ただわからないのは、どうして彼がそんなことをするのかだった。


「事情は知らないが、嫌がる女に無理に迫るのは良くない。」

確かに私は嫌がっていたし、側から見たら無理矢理女に迫る男だ、と気付いた。問題になったらどうしよう、今この場面に誰かが出くわせば、悪者は誠一郎さんになるかもしれない。


そう思えば血の気がスゥッと引く心地だった。私が、誘惑していたとか、そんな噂ならまだいい。私が縁遠くなるくらいなら、まだ耐えられる。


でも、私の存在がこの人の幸せを遠ざけるかもしれない。幸せを心の底から願えないと思ったのに、結局私は誠一郎さんが好きで。

愛してしまったから、足枷になることに耐えられなかった。


目の前の見慣れぬ衣にそっと触れた。

「あの、ちょっと喧嘩のようなものをしてしまっただけなのです。」

静かな声が出たことにほっとする。なんとか納得させる言い訳をと思いながら、喋り続けた。

「私たちは幼なじみだから遠慮がなくて。揉めているように見えたならすみません。大丈夫です。」


話しながら、それが真実であったらいいと思った。ただの幼なじみであったなら、どんなに良かっただろう。欲張って手を伸ばして、その結果がこんな終わりなら。

求めるべきでなかった。


こんな風に無残に終わるなら、初恋は思い出としておけば良かった。

そうすれば少なくとも今のように、傷つくことも傷つけることもなかった。

恋に浮かれて、何も見えなくなって、けれど避けられない現実が目の前に迫ってきてしまって、そうしてようやく過ちだったのだとわかった。


「誠一郎様、もうお帰りになった方がよろしいです。きっと皆さん探してらっしゃいます。」

誠一郎さんの顔が見える位置へずれてからそっと諭した。抜け出てきたことも、迫っている祝言への準備で慌ただしいだろうこともわかっていた。


突き放された幼子のような顔を見て、胸が痛んだ。でも、少しでも愛されていたのだと私の心が満たされるような気持ちもあった。そんなことを感じる自分への嫌悪感から逃げたくて、行商の男を促して歩き出す。


誠一郎さんが見えなくなる距離まで、振り返らないように気をつけて歩いた。振り返れば神話の神のように、何か大切なものを失う気がしたから。

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